第73話 モントリオール(2)
激しい音を立てながら、複数の車が荒野を疾走する。
砂塵を撒き散らしながら。アクセルを全開に、ひたすら前へと向かう。
迫りくる、敵から逃れるために。
「ちっ」
ドライバーの男は、サイドミラーを見て舌打ちをする。
そこには、凄まじい勢いで迫る巨影が。
大型魔獣。俗に言うクモが、背後より迫っていた。
無論、それだけではない。クモが存在するのなら、その手足である個体も存在する。
後方全体を包囲するように、ヒト型の魔獣が展開しており。
前にひたすら逃げる以外、すでに道は存在しない。
どうやらこの集団に、戦闘可能な者、魔法少女の姿は無いようで。
無理だと知りつつも、ひたすら逃げることしか出来なかった。
ドライバーは懸命に車を操作するも。後部座席に座っている者は、すでに諦めているのか。ただ頭を抱えて、怯えることしか出来ない。
しかし、そんな逃亡劇も、永遠には続かない。
このような茶番。どう終わるのかは、魔獣たちのさじ加減なのだから。
クモ型魔獣によって、ビームが放たれ。
それによって、地面が爆発。
衝撃によって、車両たちは横転してしまう。
ひっくり返った車。それは亀よりも無様なもの。
運転席にいたドライバーは、衝撃で怪我をしたのか、上手く動けないようで。
その他にも、車から投げ出された者や、車両に挟まれてしまった者など。
まさに、一巻の終わりである。
魔獣たちに情けはない。とどめを刺すために、ゆっくりと近づいてくる。
これは文字通り、狩りである。
ただの人間では、魔獣には敵わない。
だがしかし、
鋭い閃光が、空より放たれ。
魔獣の心臓が、美しく貫かれる。
一体、何が怒ったのか。
生存者たちは、理解する暇もなく。
空を見上げると、そこには見たことのない飛行機が存在していた。
飛行機の後方が開いており、そこに立つ1人の少女が、地上に向けて銃を構えていた。
クロバラと、ハンドガン型の魔導デバイス。
彼女には、それだけで十分である。
正確な狙いで、次々と魔力弾を放っていき。
一体一体、魔獣たちが地面へと沈んでいく。
「……おぉ」
そぐそばで、それを見つめるシリカ。
鮮やかすぎる手際に、言葉が見つからない。
見たことのない銃が凄いのか、それとも彼女が凄いのか。
今まで見た魔法少女とは、一線を画す戦いぶりである。
ヒト型魔獣は、クロバラの正確な狙撃によって容易く討ち取られる。
しかし、クモは違う。
巨体に似合わない高速移動と、ステルス能力を駆使して射撃を回避する。
「くそっ。昼間だからが、活きが良いな」
魔獣は、太陽光からエネルギーを得ている。クモの腹に存在する全ての花が光合成をしているのなら、この昼間は絶好調ということだろう。
有り余るエネルギーを見せつけるかのように。
クモは、強力なビームでホープを攻撃する。
シリカにとって、ビームはトラウマに等しいものである。
だがしかし、クロバラにとっては違う。
手をかざすと、強力な魔力が発生。
ホープを包み込むように、花の形をした防御魔法が展開される。
どれだけビームが当たろうと、その強靭な力は破れない。
「ふぅ、少し待ってろ」
残る敵は、クモ一匹のみ。
クロバラはホープから飛び降りると、そのまま凄まじい速度で飛翔する。
ビームでは捉えきれない、超加速。
瞬く間に、クロバラはクモのもとへと接近し。
「ッ」
鋭い蹴りを、クモの胴体に。
即死点である花ごと、敵の体を貫いた。
「すごい」
その力を間近で見て、シリカは納得する。
小さな見た目は関係ない。
クロバラは、とても強い魔法少女であると。
◆
攻撃を受けた車両たちのそばに、ホープは着陸し。
クロバラとシリカは手分けして、怪我人の救助へとあたる。
横転した車両も、魔法少女ならなんのその。
どうやら、シリカは治療の心得もあるようで。怪我人に対し、魔法による治療を施していた。
幸いにも、死者はおらず。
グループのリーダーらしき男と、クロバラは話をする。
「モントリオール?」
「ああ。俺達はそっから逃げてきた」
モントリオールという街から逃げてきたと、男たちは言うものの。
クロバラからすると、それは知らない名前であった。
「お前たち、イギリス人か?」
「そうだが。そういうあんたらは、まさか違うのか?」
「ああ。わたし達は、アジア連合の魔法少女だ」
アジア連合の魔法少女と告げると、生存者たちは驚いたような表情をする。
それもそうであろう。こんな北米大陸で、仲間のイギリス人ではなく、遠く離れたアジアの魔法少女に助けられたのだから。
「いや、すまない。てっきり、本国から来た、精鋭部隊か何かかと」
「本国というと、グレートブリテンか。そっちの現状は? 情報を共有したい」
「いいや。知っての通り、通信手段は全ておじゃん。モントリオールは何とか持ちこたえていたが、まぁ限界ってやつだな。俺達は何とか逃げようとしたんだが、奴らに捕捉されちまった」
「なるほど」
話によると、モントリオールという街は一ヶ月近く魔獣による攻撃に耐え続けていたらしい。
しかし、何事にも限界は存在する。
「魔法少女は、1人もいないのか?」
「いや。戦える連中は、まだモントリオールに残ってる。とはいえ、地下のシェルターも限界で、民間人が隠れる場所も少なくてな。でもって、俺達は逃げてきた」
「つまり、街にはまだ魔法少女が? 民間人の生き残りも?」
「ああ、まだ残ってるだろうな。なにせ、逃げるのだって命がけだ」
魔獣の脅威に怯えつつ、助けが来ると信じて隠れ続けるか。
あるいは、リスクを承知で逃げ出すか。
ここにいる彼らは、後者を選択した。
「わたし達は、西にある島に、居住地を建設している最中だ。そこなら、魔獣の危険もない。もしもよければ、諸君らも合流するか?」
「なっ、いいのか?」
「ああ。こんなご時世だ、国やら何やらは関係ないだろう? そっちが気にしないのなら、こちらも受け入れる」
「……あんたら、救いの女神かよ」
魔獣のいない土地を目指して、彼らも街を飛び出した。
同じ人間である以上、協力し合うことに理由はいらない。
それほど人数も多くないため、このままホープに乗せて、ハイダ島へ連れて行くことに。
同時に、新たなる目的が誕生した。
(モントリオール、か)
イギリスの都市。彼らの言葉が確かなら、まだ生き残りがいるはず。
ならば、急いで向かわなければ。
クロバラの頭には、次なる戦いが迫っていた。
◆
探索中に偶然助けた、モントリオールからの避難民。
彼らを連れて、ホープはハイダ島へと帰還。
生存者たちが、新しい仲間に色々とここのルールなどを説明するも。
クロバラを初めとした魔法少女たちは、次の作戦のために会議を開いていた。
「モントリオール、ですか」
「ああ。生き残りがいる以上、助けに行くべきだ。生存者をノーリスクで輸送できるのは、このホープだけだからな」
魔獣に攻め込まれた街。そこから脱出するのは、リスクの高い行為である。
しかし、ステルス機能を有するホープならば、話は別。
「こっちは、メンバー全員で向かう。その間、ここを任せていいか?」
「ええ、もちろんですわ。わたくし達にとっても、ここは守るべき土地ですから」
島には、ミコトとシリカが残ってくれる。
仮に何かが起こったとしても、彼女たちなら冷静に対処できるだろう。
作戦が決まったなら、グズグズしている暇はない。
「よし、急いで出発するぞ」
モントリオール、イギリス側の都市。
未知なる場所だが、わずかでも可能性がある以上、救助に向かう義務がある。
そうして、アンラベルの任務が始まった。