第58話 静かな夜に
飛行訓練という名の、無計画なスピード対決を終えて。なぜ自分が勝てたのかも分からないまま、クロバラは医務室を後にする。
時刻は、すでに夕暮れ時。本来ならメンバー相手に飛行魔法を教えているはずだったのだが、結果として時間を無駄にしてしまった。
そう反省しつつ、ホープから降りて、メンバーの集う簡易キャンプに向かうと。
「夕食だ! 野郎ども!」
凛々しい、ティファニーの声が聞こえてくる。ここに居るのは全員魔法少女。野郎どもという単語は全くもって間違いなのだが、もはやそれを訂正する者は居ない。
およそ一ヶ月もの間、アンラベルのメンバーはこの地で共同生活を送ってきた。初めて会った時は、問題児ばかりでどうなることかと心配になったが。翌日には逃亡生活に入ったため、そんな些細なことは問題ではなくなった。
「今夜のメニューは、新鮮なシカ肉のシチューだぞ。あたしの力作だからな、残したら殺す」
「わーい! あったまるぅ」
「完食必至」
ルーシィやゼノビア。未だに戦いを知らない魔法少女だが、少なくとも部隊としての結束力は出来上がってきた。
仮にこれが一ヶ月前なら、ティファニーの乱暴さに恐怖していたことだろう。
他にも、レベッカやメイリンなど、メンバーたちが続々とキャンプに集まってきて、焚き火を囲むようにして夕食を開始する。
その様子を見て、クロバラは安堵の表情を。
「隊長? 早く混ざらなければ、我々の分も食べられますよ?」
「あぁ、そうだな」
アイリにそう言われて、クロバラも夕食に混ざることに。
◆
美しい星空の下、少女たちは温かなシチューを口にする。
普通の人間とは違う魔法少女とはいえ、寒いものは寒い。こうやって温かな食事を取ることは、この過酷なシベリアの大地にて、幸福を得られる数少ない手段であった。
ここへ来たばかりの時は、とても人間の生活できる環境ではないと、多くのメンバーが絶望していた。
しかし、クロバラによる徹底的な基礎訓練によって、少女たちはたくましく生きる術を獲得した。
訓練も終わり、夕食以降の時間は癒やしの時間。
メンバーたちは他愛のない話に花を咲かせ、
「このやろ!」
「っとっと、危ないデスね〜」
時折、軽い暴力行為が行われる。
とはいえ、これもこの部隊の当たり前。最初は怯えていた少女たちも、今はむしろ面白そうに眺めているほど。
メンバーたちが、そんな憩いの時間を過ごしていると。
「みんな、今日はわたしからも手料理があるぞ」
クロバラが笑顔で、何かの乗ったお皿を持ってくる。
なんだなんだと、メンバーが集まる。
「クロバラちゃん? なにこれ」
「ふむ。見ての通り、サーモンの刺し身だ」
さらに盛り付けられていたのは、美しいオレンジ色のお刺身。
非常に繊細な盛り付けであり、クロバラの包丁さばきが垣間見える。
「おぉ、刺し身! ニッポンの伝統料理デスね。教官はニッポン料理に詳しいんデスか?」
「あー、うん。わたしの暮らしていた教会には、日本生まれの人が多くてな」
「はっ、なかなか綺麗じゃねぇか」
クロバラの持ってきた刺し身に、目を輝かせるメンバーたちだが。
1人、ゼノビアだけは冷静な目を。
「ちょっと待って。そのサーモン、入手したのはいつ?」
真っ先に食べようとしたティファニーの腕を掴み、それを止める。
「……今日の午前中。メイリンが狩りをしている時に、ちょうど川で見かけてな」
「こういった生魚には、寄生虫がいる可能性が高い。綺麗に盛り付けていても、それは変わらない」
「大丈夫だ、ゼノビア。わたしがそんなことを知らないとでも思ったか?」
問題ないと、クロバラは微笑む。
「魔法少女の胃袋は頑丈だから、アニサキスも心配ない!」
そう、力強く言い放ち。
クロバラは刺し身を頬張った。
「「……」」
それって結局、寄生虫ごと食べているのでは?
メンバーたちの脳裏には、そんな考えが浮かび上がり。
結局、刺し身を口にしたのは、食べれると豪語するクロバラと。
彼女を信頼する、アイリのみであった。
◇
「見て、綺麗なオーロラ!」
メイリンが指を差し、少女たちの視線は空へと。
そこに広がっていたのは、美しくも圧倒される大自然のカーテン。
この大地において目にできる、数多の自然の顔。その中でも、このオーロラの美しさは格別であった。
「いい夢でも、見れるといいですね」
「そうだな」
アイリとクロバラは、落ち着いた様子でオーロラを眺めている。
他のメンバーと比べて、多くの経験を積んでいるおかげか。
ハスカップやブルーベリーなど、手頃な材料で作った自家製ジュースを飲みながら、この静かな夜を堪能する。
この穏やかな光景が、いつまでも続けばいい。だがしかし、それが叶わぬ願いだということは、2人もよく分かっていた。
「アイリ。後で少し、今後についての話がしたい」
「……はい、隊長」
北京を離脱して、28日。
人類のため、そして自分たちのためにも。
アンラベルは、新しい一歩を踏み出す必要があった。