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第59話 読めない未来

第59話 読めない未来





「では、改めて今後の方針を考えるとしよう」




 アンラベルの専用機、ホープの操縦席にて。

 クロバラとアイリは地図を広げる。


 この星、地球の全てを記した世界地図。人類が踏破した軌跡の結晶。

 けれども、地図に記された多くの地点が、今は赤く塗り潰されていた。




「大英帝国、アジアの都市部は大打撃。日本列島は、ほぼ壊滅状態。少佐の予想では、そうなっているはずですが」


「わたしもそれに異論はない。敵の攻撃に戦略性があるとして、初手の奇襲で大都市を落とすのは納得できる。問題は、その奇襲の結果がどうなったのか、情報が1つもないことだな」




 あの運命の夜、世界中の都市が魔獣による侵攻を受けた。あの流れ星の全てが魔獣だったのなら、そのはずである。

 北京のような惨劇、あるいはそれ以上の事が起きた。だとすれば、地球上の多くの都市が壊滅したことになる。

 おそらく、歴史上で類を見ないほどの大量絶滅が発生しただろう。


 魔法少女でも抑えきれない、圧倒的物量、圧倒的性能の魔獣たち。どれだけの命が失われたのか、もはや考えることも出来ない。




「日本列島は、世界で最もアベレージの高い土地のはず。それでも、壊滅していると」


「少なくとも、ガラテアはそう予想していた。彼女と関わった時間は僅かだが。とにかく、頭が良いということだけは確かだ」


「……ですね」




 そう言って、アイリは、くしゃくしゃの書類を手にする。




「いくら急いでいたとはいえ。もっと、綺麗な字で書いてほしかったです」


「ああ」




 それは、ガラテアの残した無数のメモ。

 あの夜。降り注ぐ流星群、魔獣たちの姿を見て、彼女が気づいたこと、予想したことを記した殴り書きのメモである。

 魔獣たちの降下軌道、大都市への被害予想。それらを僅かな時間で算出し、こうしてメモとして残してくれた。


 だがしかし、問題が1つ。急いで書いたせいか、あるいはもともと字が汚いのか。おおよそ文字とは予想できない、暗号のような文字列となっていた。

 この一ヶ月、クロバラとアイリ、情報に強いゼノビアによって解読が行われているものの、未だに読めない部分が多かった。


 とはいえ、この情報のおかげで助かっていることも多い。

 一番はやはり、魔獣の侵攻予想と、それによって生じる安全地帯の情報である。


 200年以上の戦争によって、人類が放棄した土地。新たなる未開拓領域。そこには人の暮らす土地が存在せず、それゆえに魔獣の侵攻も行われなかった。

 人も、魔獣も存在しない土地。それが安全地帯であり、この極寒の地であるシベリアも、数少ない安全地帯の1つであった。




 18世紀の初頭。突如として姿を現した人類の敵、魔獣。

 それは当時、大英帝国の植民地であった北アメリカ大陸から発生したと考えられており、その恐ろしい力によって人類を追い詰め、魔法少女との一進一退の戦いを繰り広げてきた。


 人類を滅ぼさんと、変異と進化を繰り返す魔獣と。

 人類の中から突如として現れた、魔法少女という異端者たち。


 激しい動乱の時代の果てに、人類は一度は一つになり、魔獣との戦争に打ち勝った。


 しかし戦後、200年近く生きる魔法少女、アレクサンドリナ・ヴィクトリアが大英帝国の再建を宣言。

 ヴィクトリア女王を中心とする多くの西洋人が、失われた土地であるグレート・ブリテンへと向かった。




「アイリ。イギリスについて、どの程度の知識がある? すまないが、わたしはゼロに近くてな」


「そう、ですね」




 地図を前に、アイリは少々記憶を探る。




「なにぶん、離れた土地ですので。一介の軍人であるわたしに、それほど情報は回ってきません。ですが、前に仲間の1人が言っていました」




――今の英国には、七星剣に並ぶほどの戦力が存在する。




「……なるほど」




 七星剣、つまりはアイリと同クラスの実力者が、イギリスに存在する。

 しかし、それが個人なのか、あるいは集団としての話なのか。アイリはそれ以上のことを知らなかった。




「とはいえ、少佐もそれくらいの情報は有していたはず。そのうえで、魔獣に負けると判断したのでしょう」




 ガラテアが残したメモと、それによって算出された人類の生存領域。

 多くの人々が暮らしていた大都市、アジア、イギリス、日本列島は地図上で真っ赤に表示されている。


 情報が1つも入ってこない以上、あくまでも全て推測だが。




「……」




 地図を見ながら、クロバラとアイリは考える。

 これから、自分たちはどう進むべきなのかを。




「仮に、君の所属する七星剣が全員揃っていたとして。あの北京を守り抜くことは出来たか?」


「そうですね。確証はありませんが。本当に全員が集まっていたとしたら、北京の防衛も可能だったでしょう。それがわたし達の、いいえ、剣の力です」


「君以外のメンバーは、あの時どこに?」


「……すみません。あの時、七星剣のメンバーは休暇を取っていまして。どこへ行っていたのか、わたしにも分かりません」


「君の予想として、七星剣のメンバーは生きていると思うか?」


「はい、間違いなく」




 アイリは、何よりも強く肯定する。




「あなたは知らないと思いますが。わたしの実力は、七星剣の中では下の部類です。特にリーダーの彼女は、わたしとは比べ物にならないほどの怪物です」




 七星剣、最上位の魔法少女。

 そんなアイリから見ても、怪物と呼べるほどの存在。


 それほどの人間が、この世界には居る。




「リーダーなら、仮に1人でも北京を守り通せたでしょう」


「そんな馬鹿な」


「ふふっ。本当に、冗談みたいに強い人なんです」




 アイリがそこまで言うのなら、本当にそうなのだろう。




「彼女が居る土地は、絶対に安全でしょう。まぁ問題は、その七星剣のメンバーの所在が、全くもって不明なことですが」




 あの運命の夜から、一ヶ月。このシベリアの地に閉じこもっているせいもあるが、外からの情報が一切入ってこない。

 ホープには通信機が備わっているものの、一度も起動したことがない。


 北京は結局陥落したのか、避難した人々はどうなったのか。他の都市、英国や日本列島の状況はどうなのか。

 果たして、人類にまだ戦う力が残っているのか。


 それが一切分からないため、アンラベルも迂闊に動くことが出来なかった。




「本来なら、北京の生き残りを探すためにも、南に戻りたいところだが」


「やはり、他のメンバーが心配ですか?」


「ああ」




 2人が心配するのは、アンラベルのメンバーたち。

 この一ヶ月、この極寒の地で基礎的な訓練は積んできたものの、未だに新人たちは実戦経験がない。果たして、この状況で部隊としての活動が可能なのか。




「とはいえ、このままでは限界だろう。より高度な技術を身につけるには、訓練だけでは効率が悪い」


「確かに、そうですね」




 基礎訓練だけでは、限界というものが存在する。




「部隊の成長、魔導デバイスの運用。そのためにも、ここを離れる準備はするべきだろう」




 結束の固まってきた、アンラベルの少女たち。

 けれども忘れてはいけない。彼女たちは、軍人であるということを。


 戦いの運命は、確かに近づいていた。






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