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第62話 生存者

第62話 生存者





 後方より聞こえてくる、激しい戦闘の音。それに怯えながら、あるいは悲しみながら。生き残った人々は、暗き極寒の大地を進んでいく。

 当然のごとく、皆の表情は暗かった。


 確かに、まだ命はある。前へと歩く力は残っている。

 だがしかし、明日はどうすればいいのか。


 そんな、絶望にも近い雰囲気に包まれる中。




「……ん」



 男性に背負われた、魔法少女。

 シリカと呼ばれた少女が、目を覚ました。




「ここは?」


「あぁ。起きたのかい、シリカちゃん」




 背負っていた男性は、優しく声をかける。




「ごめんね。寒くて、起こしちゃったかな?」


「え? 寒い? どう、して」




 うつろな意識の中。シリカは、ゆっくりと理解していく。自分たちが、なぜか車両ではなく、徒歩で移動していることに。




「あれ、わたし、魔法が」


「気にしないでくれ。ここまで、君は必死に頑張ってきた。それはみんな知っているから」




 誰も、彼女に否定的な言葉など使わない。

 感謝はすれど、誰がこんな幼い少女を責められようか。


 そんな中で、シリカは気づく。




「……ミコト、さんは?」




 その言葉に、誰もが口を閉ざす。決して、認めたくはない。

 これが現実などと、教えたくはない。


 するとシリカは、前方を歩く白いキツネの姿を目にする。




「ミコトさんのカムイ。でも、魔力が、ちっちゃい?」




 その白いキツネは、徐々に崩壊を始めていた。

 それが、何を意味することなのか。




「ねぇみんな、ミコトさんは? ミコトさんはどこに行ったの?」




 か細く、悲鳴のようなシリカの声。

 生き残った人々は、彼女に対する言葉が分からない。




「……ごめん。ごめんよ」




 どうして、彼女たちが。

 魔法少女だけが、戦わなければならないのか。


 どうして世界は、こんなにも残酷なのか。

 ただ、苦しむしかなかった。











「はぁ、はぁ、はぁ」




 白い息を、不規則に吐きながら。

 血だらけの身体にムチを打ちながら、ミコトはたった1人で魔獣と対峙する。


 魔法によって生み出された、白いオオカミの集団。

 統率された動きによって、魔獣たちと互角に勝負をする。


 だがしかし、

 1体1体、着実に数を減らされていた。




「くっ」




 足を伝う血によって、すでに地面の雪は赤く染まっていた。

 しかし、まだ倒れるわけにはいかない。




(カムイの動きが、見切られている。やはり彼らの学習能力は)




 深い傷、痛みによって意識が遠のくも、それでもミコトは思考を続ける。

 ここで時間を稼がなければ。自分の命を、最大限に活用しなければ。


 心はまだ、負けていない。

 だがしかし、


 オオカミの抜けた穴から、1体の魔獣が迫ってくる。

 それに対して、ミコトは両の手を合わせると。




「――激震!」




 手と手の間、境界より生じた魔力の輝き。

 凄まじい衝撃波によって、魔獣は後方へと吹き飛ばされた。


 しかし、これでは決定打にならない。




(このままでは、魔力が)




 オオカミたちを形成する魔力が、一瞬、消え入りそうに。

 それでも、根性で踏みとどまる。




(このコンディションでは、転生も無理)




 足元は血の海。開いた傷跡から、血が止まらない。

 この戦いでは一撃も食らっていないというのに、すでにミコトは満身創痍であった。


 これ以上、戦力に割ける魔力も残っていない。


 絶体絶命の彼女に対して、魔獣たちは勢いを落とさずに。

 前方、左右と。3方向から一斉に迫ってくる。



 対して、咄嗟にミコトは手を交差。

 器用に3方向に魔力を放出して、ギリギリで防御を成功させる。



 だがしかし、

 ダメ押しとばかりに、後方からも敵の魔の手が。




「……あ」




 ゆっくりと、ただ静かに。

 自らの最期と、受け入れようとするミコトであったが。



 それを遮らんと。

 彼女と魔獣との間に、人影が。


 鋭い魔獣の爪によって、それは引き裂かれる。




 ミコトは、それを見つめ。

 絶句する。




「クロキ、少佐?」




 地面へと崩れ落ちる、仲間の男性。

 残りの生存者を任せたはずなのに。みんなを頼むと、そう言ったはずなのに。


 なぜ、ここに。

 なぜ、自分をかばったのか。


 理解できないミコトに対して、クロキは、ただ微笑んだ。




「守られるだけじゃ、格好悪いからな」




 血の海が広がっていく。

 魔獣の爪は、魔法少女すら斬り裂くもの。ただの人間にとっては、どうあがいても致命傷である。




「なぜ、どうして」


「どうしてって。……ほんと、なんでだろう」




 それはまるで、自問自答をするように。

 自らが凍っていくような感覚で、クロキはつぶやく。




「どうして魔法少女だけが戦って。どうして、苦しまないと、いけないんだ?」


「クロキさん」




 ミコトの頬より、涙が伝う。

 けれども血の海へと混ざり、消え去ってしまう。




 なぜ、どうして。




 最後まで、その疑問を抱いたまま。

 男は、その生涯を終えた。






「くっ」




 絶望、悲しみ、痛み。


 消え入りそうなオオカミたちだったが。

 ここで、もう一度だけ踏みとどまる。




「まだ、まだ」




 ここで絶望してはいけない。

 悲しみに押し潰されてはいけない。

 痛みに、屈してはいけない。


 今までの全てを無駄にしないために。

 ミコトは、魂を燃やす。




「これ、以上は!」




 どこに、それだけの力が残っているのか。

 死を越えて、魔法少女は立ち上がる。










 凍てついた川を、生存者たちは慎重に渡っていく。

 心は引きずられても、足は前へと。




「みんな、気を付けて。こんなところで、転んで怪我でもしたら、元も子もない」




 互いに声をかけながら、進む人々であったが。


 先導していた白い狐の姿が。

 ゆらぎ、消えそうになる。




「……ミコトさんの、カムイが」




 ただ、絶望だけが押し寄せる。

 光が消えていく。


 足が止まってしまいそうな、そんな状況。

 しかし、ただ1人。


 魔法少女であるシリカは、何かに気づく。




「……?」




 星の散りばめられた、夜空。

 そこには何も無い、何も見えはしない。



 それでも、感じる。



 手に握りしめた、小さな通信機。

 それが呼び寄せた、最後の希望の輝きを。










 衝撃波によって、魔獣を吹き飛ばす。

 しかし、ついには自分自身もその衝撃に耐えられなくなり。


 シリカは、地面へと尻餅をつく。




「はぁ、はぁ」




 心も体も、満身創痍。

 魔法によって生み出されたオオカミたちも、すでに全滅している。


 そんな瀕死の彼女を囲むように、魔獣たちがやってくる。

 対するミコトに、恐怖の感情は無かった。




「見てください、クロキ少佐。わたくしは、最後まで戦いましたわ」




 魔力はゼロ。身体も動かない。

 全てを出し切った、その結果がこれ。


 ミコトは、満足げに微笑んだ。




 ゆっくりと、舌なめずりをするように。

 一歩、一歩と、魔獣が迫る。




 もう抗う術はない。

 最期の時を待つ。


 はず、だったのだが。






『ティファニー、ブチかませ』


「りょーかいっ!!」





 天より轟くは、凄まじき轟音。

 眩い閃光。


 鋭く、強靱なる雷。

 それは大地へと突き刺さると、凄まじい力によって魔獣たちを吹き飛ばした。




「なっ」




 その一瞬の出来事に、ミコトは言葉を失う。


 ありえない光景に。

 人も魔獣も存在しない、極寒の大地。こんな場所に、援軍なんて存在するはずがない。

 その、はずだったのに。




「あー。生存者、1名ってところか?」


「はい。そっちの人は、残念デス」




 魔獣たちと相対するのは、2人の魔法少女。

 雷を帯びた少女と、闇に溶け込むような少女。


 希望が、ここに。

 アンラベルの戦いが始まった。






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