第62話 生存者
後方より聞こえてくる、激しい戦闘の音。それに怯えながら、あるいは悲しみながら。生き残った人々は、暗き極寒の大地を進んでいく。
当然のごとく、皆の表情は暗かった。
確かに、まだ命はある。前へと歩く力は残っている。
だがしかし、明日はどうすればいいのか。
そんな、絶望にも近い雰囲気に包まれる中。
「……ん」
男性に背負われた、魔法少女。
シリカと呼ばれた少女が、目を覚ました。
「ここは?」
「あぁ。起きたのかい、シリカちゃん」
背負っていた男性は、優しく声をかける。
「ごめんね。寒くて、起こしちゃったかな?」
「え? 寒い? どう、して」
うつろな意識の中。シリカは、ゆっくりと理解していく。自分たちが、なぜか車両ではなく、徒歩で移動していることに。
「あれ、わたし、魔法が」
「気にしないでくれ。ここまで、君は必死に頑張ってきた。それはみんな知っているから」
誰も、彼女に否定的な言葉など使わない。
感謝はすれど、誰がこんな幼い少女を責められようか。
そんな中で、シリカは気づく。
「……ミコト、さんは?」
その言葉に、誰もが口を閉ざす。決して、認めたくはない。
これが現実などと、教えたくはない。
するとシリカは、前方を歩く白いキツネの姿を目にする。
「ミコトさんのカムイ。でも、魔力が、ちっちゃい?」
その白いキツネは、徐々に崩壊を始めていた。
それが、何を意味することなのか。
「ねぇみんな、ミコトさんは? ミコトさんはどこに行ったの?」
か細く、悲鳴のようなシリカの声。
生き残った人々は、彼女に対する言葉が分からない。
「……ごめん。ごめんよ」
どうして、彼女たちが。
魔法少女だけが、戦わなければならないのか。
どうして世界は、こんなにも残酷なのか。
ただ、苦しむしかなかった。
◆
「はぁ、はぁ、はぁ」
白い息を、不規則に吐きながら。
血だらけの身体にムチを打ちながら、ミコトはたった1人で魔獣と対峙する。
魔法によって生み出された、白いオオカミの集団。
統率された動きによって、魔獣たちと互角に勝負をする。
だがしかし、
1体1体、着実に数を減らされていた。
「くっ」
足を伝う血によって、すでに地面の雪は赤く染まっていた。
しかし、まだ倒れるわけにはいかない。
(カムイの動きが、見切られている。やはり彼らの学習能力は)
深い傷、痛みによって意識が遠のくも、それでもミコトは思考を続ける。
ここで時間を稼がなければ。自分の命を、最大限に活用しなければ。
心はまだ、負けていない。
だがしかし、
オオカミの抜けた穴から、1体の魔獣が迫ってくる。
それに対して、ミコトは両の手を合わせると。
「――激震!」
手と手の間、境界より生じた魔力の輝き。
凄まじい衝撃波によって、魔獣は後方へと吹き飛ばされた。
しかし、これでは決定打にならない。
(このままでは、魔力が)
オオカミたちを形成する魔力が、一瞬、消え入りそうに。
それでも、根性で踏みとどまる。
(このコンディションでは、転生も無理)
足元は血の海。開いた傷跡から、血が止まらない。
この戦いでは一撃も食らっていないというのに、すでにミコトは満身創痍であった。
これ以上、戦力に割ける魔力も残っていない。
絶体絶命の彼女に対して、魔獣たちは勢いを落とさずに。
前方、左右と。3方向から一斉に迫ってくる。
対して、咄嗟にミコトは手を交差。
器用に3方向に魔力を放出して、ギリギリで防御を成功させる。
だがしかし、
ダメ押しとばかりに、後方からも敵の魔の手が。
「……あ」
ゆっくりと、ただ静かに。
自らの最期と、受け入れようとするミコトであったが。
それを遮らんと。
彼女と魔獣との間に、人影が。
鋭い魔獣の爪によって、それは引き裂かれる。
ミコトは、それを見つめ。
絶句する。
「クロキ、少佐?」
地面へと崩れ落ちる、仲間の男性。
残りの生存者を任せたはずなのに。みんなを頼むと、そう言ったはずなのに。
なぜ、ここに。
なぜ、自分をかばったのか。
理解できないミコトに対して、クロキは、ただ微笑んだ。
「守られるだけじゃ、格好悪いからな」
血の海が広がっていく。
魔獣の爪は、魔法少女すら斬り裂くもの。ただの人間にとっては、どうあがいても致命傷である。
「なぜ、どうして」
「どうしてって。……ほんと、なんでだろう」
それはまるで、自問自答をするように。
自らが凍っていくような感覚で、クロキはつぶやく。
「どうして魔法少女だけが戦って。どうして、苦しまないと、いけないんだ?」
「クロキさん」
ミコトの頬より、涙が伝う。
けれども血の海へと混ざり、消え去ってしまう。
なぜ、どうして。
最後まで、その疑問を抱いたまま。
男は、その生涯を終えた。
「くっ」
絶望、悲しみ、痛み。
消え入りそうなオオカミたちだったが。
ここで、もう一度だけ踏みとどまる。
「まだ、まだ」
ここで絶望してはいけない。
悲しみに押し潰されてはいけない。
痛みに、屈してはいけない。
今までの全てを無駄にしないために。
ミコトは、魂を燃やす。
「これ、以上は!」
どこに、それだけの力が残っているのか。
死を越えて、魔法少女は立ち上がる。
◇
凍てついた川を、生存者たちは慎重に渡っていく。
心は引きずられても、足は前へと。
「みんな、気を付けて。こんなところで、転んで怪我でもしたら、元も子もない」
互いに声をかけながら、進む人々であったが。
先導していた白い狐の姿が。
ゆらぎ、消えそうになる。
「……ミコトさんの、カムイが」
ただ、絶望だけが押し寄せる。
光が消えていく。
足が止まってしまいそうな、そんな状況。
しかし、ただ1人。
魔法少女であるシリカは、何かに気づく。
「……?」
星の散りばめられた、夜空。
そこには何も無い、何も見えはしない。
それでも、感じる。
手に握りしめた、小さな通信機。
それが呼び寄せた、最後の希望の輝きを。
◇
衝撃波によって、魔獣を吹き飛ばす。
しかし、ついには自分自身もその衝撃に耐えられなくなり。
シリカは、地面へと尻餅をつく。
「はぁ、はぁ」
心も体も、満身創痍。
魔法によって生み出されたオオカミたちも、すでに全滅している。
そんな瀕死の彼女を囲むように、魔獣たちがやってくる。
対するミコトに、恐怖の感情は無かった。
「見てください、クロキ少佐。わたくしは、最後まで戦いましたわ」
魔力はゼロ。身体も動かない。
全てを出し切った、その結果がこれ。
ミコトは、満足げに微笑んだ。
ゆっくりと、舌なめずりをするように。
一歩、一歩と、魔獣が迫る。
もう抗う術はない。
最期の時を待つ。
はず、だったのだが。
『ティファニー、ブチかませ』
「りょーかいっ!!」
天より轟くは、凄まじき轟音。
眩い閃光。
鋭く、強靱なる雷。
それは大地へと突き刺さると、凄まじい力によって魔獣たちを吹き飛ばした。
「なっ」
その一瞬の出来事に、ミコトは言葉を失う。
ありえない光景に。
人も魔獣も存在しない、極寒の大地。こんな場所に、援軍なんて存在するはずがない。
その、はずだったのに。
「あー。生存者、1名ってところか?」
「はい。そっちの人は、残念デス」
魔獣たちと相対するのは、2人の魔法少女。
雷を帯びた少女と、闇に溶け込むような少女。
希望が、ここに。
アンラベルの戦いが始まった。