第65話 獣の習性
アンラベルとして、初めての活動。そして、初めての勝利。
地上のメンバーたちは、それに喜びの声を上げて。
上空では。
ホープの操縦席で、クロバラがほほ笑みを浮かべていた。
すると、
『すみません。失礼ですが、敵を何体倒したのか、把握は可能でしょうか』
救出された魔法少女。
ミコトが、メンバーへそう問いかける。
「全員、魔獣の数を数えてくれ」
クロバラからの指示を受けて、メンバーたちは魔獣の死体を数えることに。
敵が生きているならまだしも。死体となると、流石のクロバラでも感知することは不可能であった。
そして、地上から報告が上がってくる。
『こちらアイリ。生存者のグループを襲ったのは2体、すでに殲滅済みです』
『あー。こちら、ティファニー隊? クソチビの倒したのも含めて、6体ってところだな』
『お〜! つまり、合計で8体という計算デスね』
どこか陽気に、戦果を報告する面々であったが。
それを、良しと考えない者が1人。
『つまり、残る2体には、逃げられたということですね』
通信機越しに聞こえてきた、ミコトのつぶやき。
その様子に、クロバラは思うことがあったようで。
「すまない、誰でもいい。そこにいる魔法少女に、通信を代わってくれ」
その言葉に、耳を傾けることに。
◇
「ほらよ」
耳につけていた小さな通信機を、ティファニーがミコトに手渡す。
「これは?」
「通信機だよ、耳に入れろ。上のチビが、テメェと話したいってよ」
見慣れない機器に、若干戸惑いながら。
ミコトは通信機を装着した。
「すみません。通信、代わりました」
『こちら、アジア連合軍所属の特殊部隊、アンラベルの隊長、クロバラだ。逃げた個体に、そこまで気を使う理由を教えてくれ』
「あぁ、はい。こちらは日本国軍、蝦夷防衛師団所属のミコト大尉です。とはいえ挨拶は程々に、逃げた魔獣についてお話いたします」
互いに所属を名乗ったものの。
もはや、組織が存在しているかすら不明なため、どうにも妙な感覚である。
「まず、単刀直入にお聞きしますが、逃げた2体を捕捉し、討伐することは可能でしょうか?」
『……それは、難しい問いだな。少し待ってくれ』
急な問いに、クロバラも驚く。
『ちなみにだが、連中をこのまま逃がすと、なにか面倒なことにでもなるのか?』
「そう、ですわね」
穏やかに、それでも冷静な口調で、ミコトは魔獣について説明する。
「わたくしも、そこまで確かな情報は持っていないのですが。あのヒト型の個体に、ある習性があることはご存知ですか?」
『習性? いや、知らないな』
「では説明を。あの個体は、基本的に10体で1グループとして行動しており、我々のような人間を見つけると、この通り攻撃を行ってきます。とても、信じられないとは思いますが。わたくし達のグループは、この土地に来た頃は100人以上居ました」
『100人? だが今は』
「ええ。すでにご存知の通り、我々はもう30人にも満たない、非常に小規模な集団になってしまいました。戦闘可能な魔法少女も、一月前は10人居たのですが。今は2人しか残っていません」
生存者の、大幅な減少。
それだけでなく、魔法少女の数も大きく減っている。
『10人も魔法少女が居たなら。あの程度の集団なら、撃退できたのでは?』
「ええ、その通りです。実際、当初は我々が優勢であり、魔獣相手に遅れを取ることもありませんでした。ですが、流れが変わったのは一週間ほど経った頃」
手を、握りしめ。
この一ヶ月の苦労を、ミコトは思い返す。
「敵は例外なく、10体で1つのグループとしてやって来ました。しかし、戦いを重ねるたびに、敵は手強く。というより、こちらに適応していくような感覚でした」
『……適応』
「ええ。もっと、早くに気づくべきでした。彼らは決まって、グループの個体が半数を下回ると、どこかへ逃走をしていました。我々も、追撃をするほどの余力がないため、幸運だと思い見逃していたのですが」
そこれこそが、ミコトの懸念する魔獣の習性。
「撃退し、数匹を逃した後。敵は必ず10体に戻り、こちらを学習したかのような動きをするようになりました」
その襲撃は、数日ごとに、何度も繰り返し行われた。
魔獣は、どれだけ倒しても補充され。なおかつ、より厄介になって戻って来る。
「動きを学習されたことで、1人、また1人と、こちら側の戦力が削られるようになりました」
一度、その数が変われば。バランスが崩れるのも早い。
戦える魔法少女が減れば、その分、防衛能力は削られ。守るべき非戦闘員も、戦いによって失われるように。
そして、いつしか。生存者のグループは30人を下回るようになり、戦える魔法少女の数も2人に。
最終的に、ここまで追い込まれてしまった。
「おそらく魔獣には、情報を共有する高い能力があるのでしょう。昼間にしか行動をしないクモ型の個体。あれがその鍵であると、わたくしは考えます」
『詳しく教えてくれ』
「ええ」
すると、何かが動くような、突風が吹き抜ける。
見えない何かが、上空を移動するかのような。
ミコトはそれに驚くものの。
アンラベルのメンバーは、それがなにか知っているので、特に気にしていない。
『少し揺れたか? 気にせず、説明を頼む』
「は、はい。ヒト型の小型種と、クモ型の大型種が存在することはご存知ですか?」
『ああ。だがこちらは、一ヶ月前の襲撃以来、ずっとシベリアにこもっていてな。連中の詳しい習性などは、理解していない部分が多い』
「なるほど」
ミコトの口から語られるのは、クロバラたちも知らない新種の情報。
「ヒト型魔獣の即死点が体内に、心臓部分にあることはご存知ですね? そして逆に、クモ型の個体は体の表面に、腹部に大量の花が咲いていることを」
『あぁ、それは知っている』
「昔からの常識ですが。魔獣の活動に必要なエネルギーは太陽光であり、それを取り込むための器官が、即死点である花です。しかし、体内に即死点を持つ小型種は、自らそのエネルギーを得ることが不可能となっています。ですので、あのクモ型の大型種が必要なのです」
『どういうことだ』
「クモの腹に咲いている、擬態のような大量の花。あれら全て、エネルギー生成器官の役割を担っているのです。小型種は、あれを口から摂取することで、活動に必要なエネルギーを得ています。しかもそれだけではなく、クモ型の個体には、小型種を産み落とす機能も備わっていると」
『……なるほど、話が見えてきたな』
ヒト型の小型種と、クモ型の大型種。
その役割の違いについて、クロバラも理解し始める。
「彼らの司令塔であり、小型種の活動基盤であるクモは、夜間は基本的に休眠状態になっています。一ヶ月前の襲撃は、例外だったと考えて。エネルギーを節約するために、夜はあまり動けないのでしょう」
『だから、夜にクモは居ない、か』
「ええ。その代わりに、小型種のグループが人間の捜索を行っています。そして、人間を見つけると襲いかかり。敗北の可能性、つまりは個体数が半数を下回ると、親であるクモの元に逃げるようプログラムされているのでしょう」
『そして、新しく産み落とされた個体は、その戦いの記憶を受け継いでおり。より厄介な存在となって、君たちを襲っていたわけか』
「はい。ご存知の通り、わたくし達は壊滅寸前まで追い込まれました」
『ということは、だ。あの2体をそのまま逃がすと、非常に面倒なことになるな』
「ええ。逃げた個体は、あなた方の情報まで有しています。それを知ったクモがどう動くのか。あるいは、もっと大きな魔獣の本体へと、その情報が伝わるのか。どちらにしろ、良いことではないのは確かです」
情報を知られる。共有される。
それは戦争において、最悪とも言えること。
「すみません、もっと早く、わたくしが警告するべきでした。小型種を追跡するのは、ほぼ不可能だというのに」
魔法少女同士なら、魔力を辿ることで互いの位置を把握できる。しかし、相手が魔獣となれば話は別である。
しかも小型種は、体内に即死点を隠しているせいか、非常に感知が難しくなっている。
普通の魔法少女にとっては、そうなのだが。
『――問題ない』
クロバラにとっては、それまた別の話。
『逃げた個体は、すでに捕捉済みだ。大本のクモも含めて、わたしが始末する』
遠の昔に、ホープはこの上空より飛び立っており。
クロバラは、戦闘態勢へと入っていた。