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第66話 邂逅

第66話 邂逅





 真っ暗闇の中、2匹の魔獣が駆けていく。

 新しく現れた敵の情報、それをもって、母体へと帰るために。

 文字通り獣の如く、自然の中を駆けていた。




 その上空を、姿なき巨影が追っているとも知らずに。




 ホープの操縦席にて、クロバラは集中する。

 逃げた小型種に関してはすぐに捕捉できたものの、それだけでは足りない。


 大本を叩かない限り、戦争に終わりはないのだから。




「そこか」




 魔獣たちの目指す方向。その彼方へと意識を向けて。

 ようやくクロバラは、敵の反応を察知した。




「ふぅ」




 操作盤を弄り、ホープを自動操縦に。

 クロバラが席から離れたことで、船のステルス機能が解除される。


 しかし、彼女の動きは早く。

 機体のハッチを開けて、すでに外へと意識を向けていた。




「……」



 ハンドガン型のデバイスを構えて。




 その目が捉えるのは、2匹の小型種。

 とても、ハンドガンで狙えるような距離ではない。


 しかし、この武器は天才が造りしデバイスであり。

 それを扱うのも、また別の意味での天才であった。




 放たれた、2発の弾丸。

 魔力弾は、鮮やかな軌道で地上へと向かい。


 その結果。

 逃走する2体の小型種は、その息の根を止められた。




「さて。残りはクモか」




 すでにクロバラの目標は、別の個体へと。

 この先に存在する、クモ型の魔獣。ミコトの話が正しければ、夜間は休眠状態になっているはずだが。




「ちっ」



 クロバラは何かを察知すると、魔力を開放。

 機体全体を覆うほどの、巨大な魔力障壁を発生させる。


 すると、

 遥か遠方より、高威力のビーム攻撃が襲いかかる。


 もしも、障壁を張るのが遅かったら、ホープに直撃していたであろう。




「奴め、起きたのか」




 小型種を殲滅したせいか。あるいは、ステルスのないホープそのものに気づいたのか。

 遥か遠方で、クモ型の魔獣は、すでに臨戦態勢に突入していた。




「確かに、あれにも射撃能力があったか」




 クロバラが思い出すのは、あの戦い、列車でのこと。

 確かにクモ型の個体も、ビーム攻撃を有していた。


 だがしかし、それがどうした。

 今のクロバラにとっては、もはや何の意味も為さない。




 その身に魔力を纏うと、クロバラは空へと飛翔する。

 ホープには、障壁を残したまま。


 自身に対して放たれるビームは、自由自在な飛行によって完全に回避する。

 アイリとのスピード対決が、早くも役に立った。




「悪いが。こちらの情報を、持ち帰らせるわけにはいかん」




 鮮やかな、花の魔力を纏って。

 その輝きは、一直線に敵を貫いた。








◆◇







 夜明け。

 雪を溶かす日光は、人々の心にも温かみを授ける。


 凍った川の付近に、ホープは停泊しており。

 助けた生存者たちを、機内へと受け入れていた。


 総勢、27人の生存者たち。

 ホープはそれほど大きくはないものの、快適性に目を瞑れば、ある程度の人数は乗せられる。



 クロバラとアイリが、責任者として対応に当たり。

 その頃、操縦席では。




「そこを握ったまま、メーターを超えるまで魔力を込めて」


「こ、こう?」


「もっと。……そのまま維持して」


「よ、よーし」




 ゼノビアの指示に従って、メイリンが船のステルス維持の仕事を行っていた。


 戦いだけではない。

 アンラベルは、もっと大きく、強い部隊になれる。


 そのための一歩を。











「おう、気にすんな。水と食料はいくらでも補充できっから、平等にな」


「おお。平等という言葉が、その口から聞けるとは。驚きデース」


「あぁ!? ブチ殺すぞ」




 ティファニーとレベッカが、またくだらない理由で衝突し。

 近寄りがたい大量の電力が、周囲に撒き散らされる。




「気にしないでくださーい。あと、トイレは少ないので、計画的にお願いしまーす」




 所見の人々は動揺するも、仲間であるルーシィはもはや反応すらせず。

 水と食料、その他必要な物資などを、生存者たちへと渡していた。








 ミコト同様に、負傷したもう一人の魔法少女、シリカ。

 彼女は医務室へと運ばれていく。


 それを、心配そうに見つめるミコトであったが。




「ここの設備は充実している。それに、彼女も立派な魔法少女だろう? 大丈夫だ」


「そう、ですわね。諸々のご配慮、感謝いたします」




 深く、頭を下げるミコトに対し。

 クロバラはなんとも言えない表情を。




「よしてくれ。たまたま無線を拾って、救助に来ただけのことだ。そこまで感謝されることじゃない」


「いいえ。わたくしを含め、27名の生存者。その今があるのは、全てあなた方のおかげです。それとも、感謝はお嫌いですか?」


「いや、そういうわけじゃないが」


「ふふっ」




 真新しいクロバラの反応に、隣りにいたアイリは笑いをこらえきれない。

 変化というものは、やはり良いものである。




「ミコトさん、と言いましたね。傷の具合は大丈夫ですか?」


「ええ。わたくしも、それなりに力のある魔法少女ですので。回復に専念すれば、ほらこの通り」




 先ほどの戦闘から、そう経っていないというのに。

 すでに包帯を取ってもいいほどに、ミコトの傷は回復していた。




「……治癒能力を犠牲にするほど、人々のために魔力を使っていたんですね」


「それが、わたくしの役目ですので」




 最後の最後まで、諦めずに。自分よりも他人を優先して、その力を行使する。

 その高潔さに、アイリも敬服の念を抱いた。




「それに今となっては、こちら側をまとめ上げられるのは、わたくしだけですから」




 先の戦いで、クロキ少佐という尊い仲間を失った。

 しかし、その悲しみを、ミコトは決して表情に出さない。




「よろしければ、お互いの情報を共有いたしませんか?」


「そうだな。軽く自己紹介でもしながら、今までの経緯を話し合うとするか」




 クロバラの率いるアンラベルと、ミコトの守り抜いた生存者たち。

 互いに手を取り、協力をすることに。











「新型兵器、魔導デバイスに。ステルス機能を有した専用輸送機、ホープですか」




 共有した情報を飲み込みながら。

 ミコトは、今乗っているこの船に目を向ける。




「ふふっ、素晴らしいですわね。まさしくこの船は、わたくし達にとっての希望ですわ」


「そうだな。とにかく、保護することが出来てよかった」




 犠牲は、決して小さくないものの。

 それでも、こうして今を生きている。


 何一つとして、無駄なことなどなかった。




「君の所属についてだが。確か、日本国軍と言っていたな」


「ええ。蝦夷防衛師団に所属していました。」


「えぞ、ですか」




 アイリにとって、それは聞き覚えのない単語。




「蝦夷と言うのは、北海道のことだ。ほら、日本列島の上の部分、あそこらへんだ」


「あぁ、あの辺りですか」




 日本の地理に疎いアイリに対して、ミコトは少々首を傾げる。




「アイリさん、と言いましたよね。名前と顔つきからして、てっきり日本生まれの方かと思ったのですが」


「確かに、わたしには日本人の血が流れていますが。あいにく、一度も渡航したことがなく」


「あら、そうでしたか」




 すると、続いて。

 ミコトとアイリの目は、自然とクロバラに対して向くことに。




「……なんだ?」


「いえ、その」


「クロバラさんのご出身は、どちらですか? 名前はもう、これ以上なく日本的ですが」


「あー、そうだな」




 研究室で生まれた、今の自分を説明するべきか。

 それとも、かつての自分を説明するべきか。


 なにはともあれ、非常に面倒なことである。




「わたしは教会育ちだから、出身は分からない」


「そうでしたか。それは残念です」




 同じ日本人だと思ったのか。

 ミコトは肩を落とす。




「それで。正直な所、日本はどうなってる? こちら側の予想では、かなりの魔獣が降り注いだと考えているが」


「ええ、その通りですわ。あまりにも衝撃的で、突然の襲撃でしたので、本州の詳しい情報までは知りませんが」




 ミコトが所属していたのは、北海道の部隊。

 つまり、日本全体の情報までは、手が届かない。




「仲間との最後の通信では、こう言っていました。江戸城が燃え、将軍様の安否も不明だと」


「まさか、江戸が落ちるとは」




 流石のアイリも、江戸という土地は知っていたのか。

 その陥落に驚きを隠せない。




「アイリ。日本の魔法少女は、かなり質が高いと言っていたな」


「はい。アジア連合の中でも、日本軍の話はよく耳にしていましたから」




 この時代で、特に強力な魔法少女が集った日本。その本丸とも言える江戸が、魔獣の手によって落とされた。

 そう、北京のように。




「わたくし達も、初めはそれを信じられませんでしたが。北海道にも、おびただしい数の魔獣が押し寄せましたので」




 このシベリアの地まで、遠路はるばる逃げてきた。

 ミコトたちも、壮絶な経験をしてきたのだろう。


 日本の本土が大打撃を受けているのなら、海外へ逃げるしかない。




「わたくし達の、このグループ。初めは、どれほどの数が居たと思いますか?」


「どう、とは。確か、100人ほどじゃなかったのか?」


「いいえ。それは、この大陸に渡ることの出来た人数です」




 ミコトが口にするのは、あまりにも凄惨な悲劇。

 絶望という言葉すら生ぬるい、一ヶ月の軌跡。




「北海道を脱出した際。生き残った人々の数は、1000人以上でした」


「なっ、1000人!?」




 信じられない言葉に、クロバラは動揺を隠せない。



 助けることの出来た生存者は、27名。

 ならば、ここに来るまで、どれだけの命が失われたのか。



 ミコトたちが経験したのは、この世の地獄。

 目を背けたくなるような、殺戮の嵐であった。






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