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第50話 世界の終わり

第50話 世界の終わり





『――魔獣の侵攻により、当基地は放棄されることになりました。全ての隊員、職員は規定に従って避難を行ってください。繰り返しお伝えします』




 誰にも予想できなかった侵攻。魔獣たちの圧倒的な物量に、個体性能。それらの要因によって、北京の連合軍基地は放棄という結論に至った。

 もしも他の土地であったら、別の選択肢を選んでいただろう。徹底抗戦、あるいは籠城など。しかし、北京には100年以上の歳月をもって築き上げられた巨大な地下通路が存在しており、ゆえに避難という選択が可能となっていた。


 魔獣たちは、広大な都市を覆うような形で襲来し、確実に滅ぼすという強い勢いで侵攻を行っている。それに対して、人類側は何の準備もできていない。いいや、仮に準備をしていたとしても、この戦力差ではどうにもならなかっただろう。

 正体不明の新種によって、空路は使えない。北京には地下通路があるから良いものの。他の土地だったら、どうなっていただろう。そんなことは、考えたくもなかった。


 前線に駆り出された魔法少女や軍人は、市民の避難誘導を優先しながら。

 本部に残る人員も、地下への避難を進めていた。


 しかし、そんな中で。

 ガラテアだけは、まるでいつも通りという様子で。自分の部屋、デスクに戻って、何かの作業を行っていた。

 何人もの軍人や職員が部屋の外を通り過ぎていくも、ガラテアには関係なく。まさか、彼らもガラテアが残っているとは思わないのか、避難は進んでいく。


 すると、

 そんな彼女の部屋に来訪者が。




「まさかとは思ったが。君は一体何をしている? 早く避難をするんだ」




 上官であり、現状における基地の最高責任者。ケプラー将軍がやってくる。

 ガラテアのことを、ある程度は理解しているつもりであったが。まさか、この状態でもマイペースを貫いているとは、流石に想定外であった。




「そういうあなたも。まだ残ってるなんて、真面目な人ですね。他の将校たちみたいに、撃墜されなくて何よりです」



 そんな言葉をつぶやきながら、ガラテアは作業を止めない。




「魔獣の侵攻は、どれほど進んでいますか? ここへの到達予想時刻は?」


「……あと、数時間というところだろう。どうやら連中も、地下通路の存在は知らなかったらしい。一定の速度で、ジワジワと追い詰めるような侵攻だな。実際には、こちらの避難が成功しているが」


「そうですか。100年かけて構築した地下通路、無駄にならなくてよかったですね」


「ああ。だからこそ、我々も生きねばならん。たとえ基地を、街を失ったとしても、生きていれば反撃のチャンスはある」


「ですが、失うものも大きいです。魔導デバイスの開発環境が整っているのは、ここと上海の研究所だけ。上海の状況が分からない以上、ここを離れたら終わりでしょう」


「何を、馬鹿なことを言っている。あと数時間でここに魔獣が到達するんだぞ?」




 すでに、魔獣たちの侵攻がすぐそこまで迫っているのに。

 今さら開発など、意味のない行為である。




「今までの努力が全て無駄になる。認めたくはないが、これが現実だ。魔導デバイスは間に合わなかった」


「……忘れたんですか? ここの地下に死蔵されてる、アレのこと」





 死蔵されているアレ。

 ケプラー将軍は、それを嫌と言うほど知っていた。





「忘れるはずがないだろう。あんな欠陥品を大量に生産した過去があるから、軍は君を召集したんだ」


「はい。ですから、わたしはここに残ります」


「……理解が出来ない。アレがどうしようもない代物なのは、君も分かっているはずだ。だから、シックスベースといった新基軸のデバイスを設計したんだろう?」


「ええ。ですが今日、アイデアが浮かんだんです」




 そう言って、ガラテアが手にするのは。とある1つの報告書。

 彼女の部下が、実際に試作品のデバイスを使用し。その使用感や、改善点などをまとめた資料である。


 今日の今日のため、報告書を作成できたのはただ1人。しかし、そのたった1人の報告書が、ガラテアの脳にアイデアを与えてしまった。




「地下のアレを使って、こういうものを設計しました」




 続いてガラテアが手渡したのは、今作成したばかりの設計資料。


 ここに残るという。

 自殺に近い行為をさせるに至った、アイデアの結晶である。


 しかしそれを見て、ケプラーは顔をしかめる。

 その設計には、明らかな欠陥が存在していた。




「言いたくはないが、君は兵器というものを理解しているのか? これを実際に動かして、使い物になると?」


「ええ、もちろん」




 ガラテアは、迷いなくそう言い放つ。


 アンラベルには、アンラベルの役割が。

 彼女には、彼女の役割がある。


 本来なら、デバイスの開発者であるガラテアが一緒のほうが、アンラベルはより効率よく活動できるだろう。

 しかし今、死ぬ危険を侵してまで、この基地に残る理由が彼女にはあった。




「どうせ死ぬのなら。わたしは、最後まで足掻きたい」




 それが、ガラテアの選択。








◆◇








『全員乗ったぜ!』


「了解。これより北京から離脱する」




 アンラベルのメンバー、クロバラたちを回収して。彼女らの専用機、ホープは上空へと移動する。

 ステルス機能を全面に展開し、その姿は風景へと溶け込み。静かに、戦場を後にした。




「ふぅ」




 ホープの船内。操縦室で、アイリは安堵の表情をする。

 そのすぐ横では、ゼノビアが分厚いマニュアルを持ち、操縦を補助しているようだった。




「座標を入力。自動操縦機能をオンにしたから、もう操縦桿を握る必要はない」


「そうか。では、わたしも休憩するとしよう」




 操縦をシステムに任せて、アイリは身体を伸ばす。ステルス機能がしっかりと役割を果たし、なおかつ他のメンバーも無事に回収できた。これ以上なく、安心できる結果である。




「しかし、正直助かった。お前の補助がなかったら、こんな機体を動かすのは苦労しただろう」


「気にしないで。こういうの、得意だから」




 軍人として、魔法少女として活動してきたこともあり、アイリはある程度は航空機の操縦を理解しているつもりであった。しかし、このホープという機体は、ガラテアが1人で設計した未知なるもの。

 ゼノビアが隣でマニュアルを読み、補助をしてくれなければ、どうなっていたことか。


 物凄い勢いで、マニュアルを読み進めていき。迷いもなく、操作盤を弄くっていく。

 本当に大丈夫なのか、アイリは少し心配であった。




「どうして」


「うん?」


「どうして、あの3人が無事だと思ったの?」




 作業を続けながら、ゼノビアは静かにそう呟いた。




「新人の魔法少女が2人に、問題児が1人。あなたが本当に七星剣なら、戦場の過酷さも知ってるはず」


「……」




 その質問に、アイリは咄嗟には答えられない。

 確かにその通り。客観的に見れば、無断出撃した3人が無事であるなど、かなり希望的な観測である。

 しかしアイリは、信じた。




「確かに、メイリンに関しては心配だったが。他の2人は、それほど心配していなかった」


「どうして? レベッカのことは知らないけど、クロバラはわたしと同じ新人のはず。少佐が隊長に選んだのもそうだけど、なにか理由があるの?」


「……む」




 なんと鋭い質問かと、アイリは言葉を失う。

 クロバラの抱える秘密、獣の瞳。けれどもそれを話せば、他のメンバーはどんな反応をするだろう。

 ゆえに、アイリは真実を口にしない。




「我々アンラベルは、少佐に選ばれた存在だ。全員に役割があり、全員が特別だ。それはもちろん、君も。だからわたしは、クロバラを信じたに過ぎない」


「ふーん」




 その答えに、納得をしたのか。

 ともあれゼノビアは興味をなくし、再びマニュアルへと視線を戻した。











「とりま、テメェらの荷物も積んである。感謝しろよ」


「あぁ、ありがとう」




 ティファニーに連れられて、回収された3人はホープの機内を案内される。

 とはいえ、ティファニーもつい先程存在を知ったため、それほど詳しくはないのだが。




「ちなみに、部屋は全員分あるぜ。ったく。なんで宿舎より、この飛行機のほうが充実してんだよ」




 ガラテアが、アンラベルのためだけに製造していた機体である。

 機内のデザインは独特で、既存のどの航空機とも違っていた。




「なにはともあれ、奇跡だった。お前たちが来てくれなかったら、わたし達は死んでいた」




 メイリンを連れ戻し、何よりもアンラベルの全員が生きて揃っている。

 これは紛れもなく、奇跡であった。


 しかし、ティファニーはそれほど喜んでいない様子で。




「つっても、寿命が少し伸びたってだけじゃねぇか? 見てみろよ、この世の終わりだ」





 通路にある窓。そこから見える地上の風景は、まるで地獄のようだった。


 築き上げてきた文明、守り続けてきた街並み。


 アジアでも最大規模である都市が、たったの一夜で崩れ落ちていく。





「……」





 クロバラは、言葉が出なかった。


 守りたかった。


 守るはずだった世界が、終わりゆく様に。




 ラグナロク、最後の戦い。

 それによって得られたのは、たった10年の平穏。




 そして今日。

 あまりにも一方的に、人類は敗北した。






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