第52話 訓練
世界が終わってから、28日後。
北京から遠く離れた北の大地。シベリアの寒冷地に、1機の飛行機が停まっていた。
魔法少女部隊、アンラベルの専用機。その機体を中心として、メンバーである少女たちは自給自足のサバイバル生活を行っていた。
狩りに出かけている、クロバラとメイリン。その2人を除いたメンバーは、何故か全員下着姿で。極寒に耐えながら、大きな焚き火を囲んでいる。
魔法少女といえど、寒いものは寒い。みな苦悶の表情を浮かべていた。
「くそったれ、腹が痛くなってきた」
「ティファニーちゃん、大丈夫デスか?」
悪態をつくティファニーに対して、レベッカが優しくお腹をさすってみると。
「触んじゃねぇ! このイカれ野郎!」
「野郎とは失敬デス。見ての通り、わたしはレディですよ?」
「あー、くそ。イライラする」
まだこの2人は、喋るだけの余裕があるようだが。
「さ、さむ」
同じメンバーのルーシィは、ひたすら焚き火から熱を得ようと必死であった。
「……」
その隣では、同様にゼノビアが暖を取っている。
目を閉じて、落ち着いているように見えるも。鼻水が垂れている様子から察するに、かなりの極限状態にあるようだった。
下着姿で、この雪の降る環境に耐えなければならない。
そうやって、多くのメンバーが苦悶の表情を浮かべる中。
「皆さん、あまり焚き火の力に頼らないように」
アンラベルの副隊長。アイリが、メンバーに活を入れる。
彼女も他のメンバーと同様に下着姿ではあるものの、まるで平気という顔をしていた。
「何度も言いますが。この極寒の環境に耐えるのも、魔法少女としての訓練の1つです。魔力を自在に操れる者ならば、このような雪の寒さにも、砂漠の暑さにも耐えることが出来ます」
これは正しい訓練であると、そう主張するアイリだが。
「だからといって、こんな格好でやる必要ねぇだろ! 服くらい着させろや!」
「それはダメです。わたしが洗濯機のボタンを押し忘れたせいで、衣類のサイクルが1つズレています。なので、今日はこのままいきましょう」
「くそったれ! テメェ、そういうミス多すぎだろうが!」
「申し訳ないとは思っています」
なんと理不尽な理由で、こんな地獄に立たされているのか。
だがしかし、彼女たちは逆らうことが出来ない。
アイリは、この場において最も高い戦闘力を有している。暖かいホープの機内に戻ろうものなら、風によって雪の山に吹き飛ばされてしまう。
一ヶ月近く、共に生活をしてきたことで、そういう性格なのは分かっていた。
そうやって仕方なく、少女たちが地獄に耐えていると。
狩りに出かけていた、クロバラとメイリンが帰って来る。
なぜか下着姿をしているメンバーたちに、2人は少々驚いた様子。
「こいつは驚いたな」
「うん。なんでこうなってるんだろう」
下着姿で、雪の中で野ざらし。
狩りに出かけていた2人は普通の恰好なので、余計に悲しく見えた。
◇
午後。
メンバーたちはしっかりと服を着て、同様に焚き火の周辺に集まっていた。
たとえ軍人とはいえ、少女が下着姿で外をうろつくものではない。流石に、クロバラは真っ当な倫理観を持っていた。
とはいえ、アイリを説得するのに時間がかかったが。
「さて、諸君。今日はいつもの訓練に加えて、飛行訓練を行うとしよう」
メンバーたちに対して、クロバラがそう宣言する。
「もちろん、デバイスの使用は禁止だ」
「えっ」
唯一の飛行デバイスの持ち主、メイリンが思わず声を漏らす。
「当たり前だろう。確かにデバイスは便利だが、メイリンはあれに頼りすぎている。もしもデバイスが破壊された場合、墜落するのが目に見えている」
「それは、そうだけど」
クロバラの言うことは絶対である。
「隊長。わたしの場合、すでに飛行が可能なのですが」
「ヘイヘイ、実はあたしも飛べるぜ?」
アイリとティファニーが、そう言うものの。
「関係ない。わたしの考えからすれば、お前たちの飛行は完璧ではない」
クロバラは、そう言い放った。
「アイリ。お前はこの中では一番訓練の経験があるだろう。ちなみに、軍では飛行魔法をどうやって学んだ?」
「……飛行魔法は、魔法少女にとって必須級のスキルです。ゆえに最優先事項であり、入隊してからすぐに習得するよう指示されました」
「うむ、続けろ」
ここは、アイリに説明を任せることに。
軍がどういう教育をしていたのか、クロバラにとっても興味をそそる内容である。
「空を飛ぶ。そうは言っても、手段は様々です。魔力によって発生する力場によって宙に浮かぶ。翼を形成して鳥のように羽ばたく。空間を蹴るようにして移動する。人によっては、重力を制御したり、ロケットのように膨大な推力を生み出すことで飛行したりなど。それぞれ、人によって正解が違う。それが飛行魔法であると、わたしは教わりました」
「なるほど。確かに、軍ならそう教えるだろうな」
軍で教えていた飛行魔法は、クロバラにとっても想定の範囲内。
ゆえに、改善の余地があると考える。
「アイリは、どのような手段で飛行を行っている?」
「わたしはご存知の通り、風を主体とする魔法少女です。ゆえに、全身に風を纏う、あるいは自分自身を風と定義することで、全魔法少女の中でもトップクラスの飛行速度を有しているかと」
「ふむ、それに関して異論はない。わたしの目から見ても、君の力は飛行に適しているからな」
アイリの飛行能力について、クロバラは高く評価している。
だがしかし、それでも完璧とは言えない。
「ちなみに、だが。他の飛行手段はどの程度扱える?」
「他の飛行手段、ですか?」
「ああ。先ほど君が言っていただろう。力場によって宙に浮かぶタイプ、空間を蹴るタイプ、翼を形成したり、ロケットのように爆発的な推力を生み出すタイプ。それらの飛行手段は扱えるのか?」
「……いえ。わたしは風に特化しているので。必要ないと判断し、そのような飛行手段は試したことがありません。まぁ、宙に浮かぶ程度なら、風を使わなくても可能でしょうが」
「なるほど、理解した」
クロバラは微笑む。
「つまり君の飛行魔法は、他のメンバーとそう大差がない、ということだな」
「なっ」
予想もしない発言に、アイリは言葉を失う。
仮にも、七星剣に数えられる最強の一角。だと言うのに、クロバラの言葉はあまりにも度が過ぎていた。
「失礼ですが、隊長。確かにわたしは、あなたを部隊の指揮官として認識し、あなたの課す訓練にも納得しています。しかし、魔法少女としての経験、及び実力は、わたしのほうが上と考えています」
「それはもちろん。わたしも、魔法少女になって一ヶ月程度の若輩だ。あだ名持ちの君とは、比べ物にならないだろう」
「そうですか? それにしては、随分なことを言っているようですが」
クロバラとアイリ。ガラテアに部隊を任された両者の間に、わずかに音が響く。
他のメンバーも、唐突な空気の変化に驚きを隠せない。
「あなたの言う、完璧な飛行魔法。出来ることなら、教えていただきたい」
「……いいだろう。わたしも、口だけの人間とは思われたくないからな」
客観的に見れば、正しいのはアイリであろう。七星剣に名を連ねる魔法少女であり、これが普通の部隊であったら確実に彼女が隊長に選ばれている。
魔法少女になって一ヶ月。新人であるクロバラが、教える立場になるはずがない。
ゆえに、それを示す時がやって来た。