目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第55話 自己受容(中)

第55話 自己受容(中)





 風の翼を形成したことにより、アイリの飛行速度は飛躍的に上昇し。

 理論的に、すでに限界を迎えているクロバラのそれを、さらに凌駕していた。




(まさか)



 速度を上げて、自分を引き離していくアイリの姿に、クロバラは言葉も出なかった。




(見ただけで、わたしの理論を? それに、さらに加速するだと)




 魔法少女としての資質、圧倒的なセンスに、もはや驚くしかない。

 負けじと、クロバラも魔力の出力を上げるも。アイリの加速には遠く及ばない。むしろ、見る見るうちに差を広げられていくようだった。




――もっと、もっと。さらなる速さへ。




 すでに、アイリは自分自身との戦いへと突入していた。クロバラに勝つ、ではなく。どれだけ自分の可能性を広げられるのか。

 風と一つになるように、風で世界と繋がるように。


 その速度は、魔法少女の限界点へ。

 もはや、地球上に並ぶもののない領域へと到達していた。




 行きの時より速さが増しているものの。不思議なことに、体にかかる負担は遥かに軽くなっている。翼の形成によって、飛行に適した状態になっているからだろうか。




(まさか、こんな世界が広がっているとは)




 そんなことを想いながら。

 ホープに居る仲間たちの魔力へと向かって、アイリはラストスパートを。


 その刹那。




(……?)




 超音速の世界。自分だけの世界だというのに。

 アイリはふと、誰かの気配を感じた。


 背後から、軽々と追い越されるような。

 そんな、あり得ない感覚。


 ゆえに、勘違いであると判断する。




(隊長には悪いですが、勝負はわたしの勝ちです)




 前人未到、超音速の世界。

 新しい力を手に入れて、アイリは仲間たちのもとへと帰還した。











 クロバラとアイリが、ホープへの飛行対決を始めていた頃。




「あいつら、どこまで行ったんだ?」




 しびれを切らした様子で、ティファニーが悪態をつく。2人がどのような対決、どのような領域で戦っているのかなど知る由もなく。そもそもこの場所からは感知することも出来ないため、まるで置いてけぼりにされたような感覚である。




「もしかして、地球を一周してるとか」


「いいえ、それはあり得ません」




 ルーシィのつぶやきに対し、ゼノビアが否定する。




「記録上、世界最速の魔法少女でも、地球を一周するのに13時間はかかる計算。あの2人の忍耐力ならそれくらいやりそうだけど、流石にそこまで馬鹿じゃない。……はず」




 常識的に考えて、地球一周などあり得ないだろう。しかし、七星剣でもあるアイリに加え、隊長であるクロバラは謎にスペックが高い。そのため、何をするのか予想不可能であった。


 どこへ行ったのか、いつになったら帰ってくるのか。

 メンバーたちが、そんなことを話し合っていると。




 不思議な感覚が、周囲を駆け抜けた。




「……花びら?」




 実際には、何も存在しない。幻を見たわけでもない。だがしかし、確かにこの瞬間、メンバー全員が花びらが舞うようなイメージを抱く。


 そして、それから間もなく。





――凄まじい衝撃と共に、何がが地面へと墜落した。





「なっ」


「いっ、隕石?」




 予兆すら感じることが出来なかった。だがしかし、現実に、何かが地上へと降ってきた。

 それを認識するのに、メンバーたちは少々時間がかかった。


 魔法ではない、超常的な何か。




「まさか、魔獣か!?」




 クロバラとアイリ、どちらかのメンバーが帰ってきたのなら、先ほどのように爆発的な魔力を感じるはず。しかし今回は、なんの魔力も感じなかった。

 仮に隕石でも降ってきたのなら、それこそ予兆を感じるはずである。



 ゆえに魔法少女たちは、魔獣の襲撃を予想する。

 するとそこへ。




「何事ですか?」




 超音速のスピードで、アイリがホープへと帰還する。

 彼女は当然のように察しが良く、到着と同時に異変が起きていることに気付いた。




「あ、アイリちゃん」


「皆さん、警戒を。すぐに隊長も帰ってきます」




 メンバーを守るように、アイリが前に立つ。

 経験値の高さから、急な戦闘にも迷いはない。


 だが、しかし。




「……あれ?」




 最初に気づいたのは、メイリン。

 続いて、他のメンバーたちも同様に。


 警戒している先に、見知った魔力が存在することに気づく。




「クロバラ、ちゃん?」


「そんな、まさか」




 あり得ないと、アイリは思うも。

 けれどもそこから感じられる魔力は、確かに知っているそれである。



 突如として、激しい衝撃波と共に地面に墜落した何か。

 雪や木々を薙ぎ払い、地面すら吹き飛ばして。


 土煙が晴れると、ようやくその全貌が明らかになる。




「……あー。なんつーかこれ、生きてるのか?」




 あまりにも衝撃的な姿に、ティファニーが思わずつぶやく。

 他のメンバーも、言葉が出ない様子。


 無理もない話である。




 そこにあったのは、確かに、クロバラと呼べるであろう何か。

 しかしその何かは、上半身が完全に地面に埋まっているため、なんとも形容し難い格好になっていた。




「魔力が感じられる以上、生きてはいるでしょうが」




 信じられないと、アイリはつぶやく。

 これがクロバラだとしたら、彼女は自分を追い越して、ここに突っ込んだということになる。


 超音速の自分を追い越した。

 しかも、自分がそれを見逃すなんて。


 けれども、地面に埋まったあのお尻は、紛れもなくクロバラのもの。




 早く引っこ抜かなければいけないのに。

 アンラベルの少女たちは、少しの間、動けなかった。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?