第55話 自己受容(中)
風の翼を形成したことにより、アイリの飛行速度は飛躍的に上昇し。
理論的に、すでに限界を迎えているクロバラのそれを、さらに凌駕していた。
(まさか)
速度を上げて、自分を引き離していくアイリの姿に、クロバラは言葉も出なかった。
(見ただけで、わたしの理論を? それに、さらに加速するだと)
魔法少女としての資質、圧倒的なセンスに、もはや驚くしかない。
負けじと、クロバラも魔力の出力を上げるも。アイリの加速には遠く及ばない。むしろ、見る見るうちに差を広げられていくようだった。
――もっと、もっと。さらなる速さへ。
すでに、アイリは自分自身との戦いへと突入していた。クロバラに勝つ、ではなく。どれだけ自分の可能性を広げられるのか。
風と一つになるように、風で世界と繋がるように。
その速度は、魔法少女の限界点へ。
もはや、地球上に並ぶもののない領域へと到達していた。
行きの時より速さが増しているものの。不思議なことに、体にかかる負担は遥かに軽くなっている。翼の形成によって、飛行に適した状態になっているからだろうか。
(まさか、こんな世界が広がっているとは)
そんなことを想いながら。
ホープに居る仲間たちの魔力へと向かって、アイリはラストスパートを。
その刹那。
(……?)
超音速の世界。自分だけの世界だというのに。
アイリはふと、誰かの気配を感じた。
背後から、軽々と追い越されるような。
そんな、あり得ない感覚。
ゆえに、勘違いであると判断する。
(隊長には悪いですが、勝負はわたしの勝ちです)
前人未到、超音速の世界。
新しい力を手に入れて、アイリは仲間たちのもとへと帰還した。
◆
クロバラとアイリが、ホープへの飛行対決を始めていた頃。
「あいつら、どこまで行ったんだ?」
しびれを切らした様子で、ティファニーが悪態をつく。2人がどのような対決、どのような領域で戦っているのかなど知る由もなく。そもそもこの場所からは感知することも出来ないため、まるで置いてけぼりにされたような感覚である。
「もしかして、地球を一周してるとか」
「いいえ、それはあり得ません」
ルーシィのつぶやきに対し、ゼノビアが否定する。
「記録上、世界最速の魔法少女でも、地球を一周するのに13時間はかかる計算。あの2人の忍耐力ならそれくらいやりそうだけど、流石にそこまで馬鹿じゃない。……はず」
常識的に考えて、地球一周などあり得ないだろう。しかし、七星剣でもあるアイリに加え、隊長であるクロバラは謎にスペックが高い。そのため、何をするのか予想不可能であった。
どこへ行ったのか、いつになったら帰ってくるのか。
メンバーたちが、そんなことを話し合っていると。
不思議な感覚が、周囲を駆け抜けた。
「……花びら?」
実際には、何も存在しない。幻を見たわけでもない。だがしかし、確かにこの瞬間、メンバー全員が花びらが舞うようなイメージを抱く。
そして、それから間もなく。
――凄まじい衝撃と共に、何がが地面へと墜落した。
「なっ」
「いっ、隕石?」
予兆すら感じることが出来なかった。だがしかし、現実に、何かが地上へと降ってきた。
それを認識するのに、メンバーたちは少々時間がかかった。
魔法ではない、超常的な何か。
「まさか、魔獣か!?」
クロバラとアイリ、どちらかのメンバーが帰ってきたのなら、先ほどのように爆発的な魔力を感じるはず。しかし今回は、なんの魔力も感じなかった。
仮に隕石でも降ってきたのなら、それこそ予兆を感じるはずである。
ゆえに魔法少女たちは、魔獣の襲撃を予想する。
するとそこへ。
「何事ですか?」
超音速のスピードで、アイリがホープへと帰還する。
彼女は当然のように察しが良く、到着と同時に異変が起きていることに気付いた。
「あ、アイリちゃん」
「皆さん、警戒を。すぐに隊長も帰ってきます」
メンバーを守るように、アイリが前に立つ。
経験値の高さから、急な戦闘にも迷いはない。
だが、しかし。
「……あれ?」
最初に気づいたのは、メイリン。
続いて、他のメンバーたちも同様に。
警戒している先に、見知った魔力が存在することに気づく。
「クロバラ、ちゃん?」
「そんな、まさか」
あり得ないと、アイリは思うも。
けれどもそこから感じられる魔力は、確かに知っているそれである。
突如として、激しい衝撃波と共に地面に墜落した何か。
雪や木々を薙ぎ払い、地面すら吹き飛ばして。
土煙が晴れると、ようやくその全貌が明らかになる。
「……あー。なんつーかこれ、生きてるのか?」
あまりにも衝撃的な姿に、ティファニーが思わずつぶやく。
他のメンバーも、言葉が出ない様子。
無理もない話である。
そこにあったのは、確かに、クロバラと呼べるであろう何か。
しかしその何かは、上半身が完全に地面に埋まっているため、なんとも形容し難い格好になっていた。
「魔力が感じられる以上、生きてはいるでしょうが」
信じられないと、アイリはつぶやく。
これがクロバラだとしたら、彼女は自分を追い越して、ここに突っ込んだということになる。
超音速の自分を追い越した。
しかも、自分がそれを見逃すなんて。
けれども、地面に埋まったあのお尻は、紛れもなくクロバラのもの。
早く引っこ抜かなければいけないのに。
アンラベルの少女たちは、少しの間、動けなかった。