目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第56話 自己受容(下)

第56話 自己受容(下)





 超音速の世界。その中でさらなる加速をする、アイリの背中を追って。けれどもクロバラは、懸命に魔力を回していく。


 音速の壁を超えているという点では、両者ともに同じである。

 だがしかし、そこからの伸びがまるで違う。


 風と花、持っている魔力の性質が、この飛行速度という点では決定的な差となっていた。




 速度を上げれば、それだけ体にかかる負担は大きくなっていく。だからこそ、どれだけ膨大な魔力を回しても、ここから先の次元では加速に限界が生じてしまう。それが、魔法少女の限界とも言える。


 かつての魔法少女たちも、今のクロバラと同じ壁と直面したのだろう。

 決して恥じることではない。彼女の理論は正しく、歴代の最高記録に並ぶほどの速度で飛ぶことが出来ている。


 ただ、疾風のアイリという少女が、たまたまその壁を超える才能を持っていただけの話。

 今まで教えてきた、どの魔法少女よりも。




(なんて才能だ)




 称賛の気持ちしかない。超音速の世界に入るだけでなく、その中でもさらなる加速をしていく。

 ただ教えるだけでなく、競争という同じ立場に居ることで、よりその素晴らしさが理解できる。


 規律正しい性格の持ち主。しかもその上で、柔軟な思考も持ち合わせており、瞬時に飛行魔法を改善してみせた。




(七星剣っていうのは、こんなレベルの集まりなのか?)




 現役にも、これだけ素晴らしい魔法少女が存在している。その事実に、嬉しいと思いつつ。同時にクロバラは、悔しさも抱いていた。

 ただ教える立場だったのなら、こんな感情は抱かなかっただろう。

 だがしかし、今は競争の最中。このまま負けるというのは、流石に悔しいものである。


 なんとか追いつこうと、魔力の出力を高めていく。けれども、限界の先までは届かない。




――もっと、もっと。さらなる速さへ。




 もはや眼中にない、そう言っても過言ではないほどに。風と一つになるように、アイリはさらなる高みへと上っていく。

 しかし、クロバラにはそれが出来ない。




(風と花では、やはり勝てないのか?)




 そんな弱音は、吐きたくはない。

 自分は花の魔法少女。その事実は変えられないのだから。



 そもそもなぜ、自分の魔力は花なのか。

 なぜ、どうして。



 そんな思いが、心に響き。





『――だったらあなたは、どんな力なら納得したの?』





 ふと、声が聞こえてくる。

 知らないような、懐かしいような。

 そんな声が。




『ねぇ、教えて』




 声は、自分の中から。

 青い獣の瞳。その奥から、聞こえてくるようだった。











 気がつくと。

 クロバラは、見知らぬ大地に立っていた。




 透き通るような青空と、どこまでも続く広大な草原。


 果てしない地平線の彼方から、涼しげな風が吹いている。




 知らない場所、知らない光景。

 だと言うのに、無性に懐かしさを感じてしまう。


 故郷のような、始まりのような。




 そんな不思議な気持ちに浸っていると、再びあの声が。




『ようやく、一つに。いいえ、少しは受け入れてくれたのかしら』


「なんだ、この声は」




 不思議な世界に、不思議な声。初めての体験に、クロバラは驚くしかない。




『もしかして、忘れちゃったの? もしそうだとしたら、すごく悲しいんだけど』


「……まさか、ローズ?」




 あり得ない。

 けれども、その声の主には、その名前しか当てはまらない。




『嬉しい』




 声の主は、ただそうぶつやく。




『とっても不思議ね。ただ、あなたに名前を呼ばれただけなのに。それがこんなにも嬉しいなんて』


「……」




 見知らぬ世界、不思議な現象。

 しかし、そんなことよりも、今この瞬間が信じられない。


 右の頬を、涙が伝う。




「こんなところに、居たのか」


『えぇ、そうよ。わたしはずっと、一緒に居たの』




 着ている服を、左胸を握りしめる。

 ここにある、それを。




「死者蘇生。リインカーネーションには、死んだ魔法少女の心臓が必要」


『えぇ、そうね』




 ようやく理解する。

 自分の心臓となった魔法少女、それが誰なのかを。




「だから、魔力が花なのか」




 この世界において、花は忌み嫌われるもの。

 人類の天敵、魔獣を象徴する存在。


 だからこそ、そんな花を愛する人間など、今までに1人しか会ったことがない。




 そして、かつて。

 クロバラではなく、人間として生きていた頃。


 そんな風変わりな1人を、自分は愛していた。




――ツバキっていうのはどう?


――一体、何の話だ。


――馬鹿ねぇ。わたし達の子供の名前よ。


――待て。自分の名前がそうだからと、子供にまで継がせるのはどうかと思うぞ。




 記憶が、鮮明に蘇る。




――それに。あれは綺麗な花かも知れんが、俺の故郷だと縁起の悪いとされる花だ。


――知ってるわ。花が一気に落ちるから、でしょ? 首が落ちるみたいな。




 涙と共に、懐かしさが溢れてくる。




――わたし達の子供なのよ? 神様からの授かりもの。天より生まれ落ちる、愛しき我が子。


――生まれ落ちるから、ツバキ?


――そうよ。あとほら、男でも女でも、ギリギリ両方いけそうな名前じゃない?




 自分の名前が、そんなノリで考えられた。

 口が避けても、本人には言えないだろう。


 それは、2人だけの思い出。




 なぜ花なのか。

 その理由がようやく分かった。


 誰が、自分を生かしているのかも。





「君の心臓、だったのか」


『えぇ、相変わらず鈍感なのね』





 人と魔獣が共存する、異端の体。


 しかし今なら、それを受け入れることが出来る。


 愛することが出来る。




 ローズ。


 それは、かつて愛した女性の名前。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?