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第40話 カオス

第40話 カオス





 それは、まさにカオスであった。本来であれば、人々が眠りにつく時間帯。けれども、街は真っ赤な炎に包まれ、人々の悲鳴が鳴り響いている。誰も、こんな事を予想していなかった。市民も、軍人でさえも。多くの人々は、新たな魔獣の存在自体を知らず。存在を知っている数少ない者も、これほどの事態が起こるとは想像もしていなかった。

 北京市街が混乱に陥る中。連合基地内でも、慌ただしく対応に追われていた。10年ぶりに確認された魔獣の反応。この場にいる兵士の中で、当時を知る者がどれほど存在するのか。いきなりの戦争状況に、心の準備など出来てはいない。なら響くアラート、対応に追われる兵士たち。中には、呆然と立ち尽くす者も居た。カオスに、人の心が飲み込まれる。


 混乱極まる軍の司令部に、1人の女性が。技術将校であるガラテアがやって来る。ここまで走ってきたのか。多少の汗はかいているものの、その表情に混乱の様子は見られない。




「状況はどうなっているの?」


「あぁ、ガラテアか。見ての通り、最悪の状況だ」




 上官、ケプラー将軍と話をする。

 彼も冷静ながら、この事態を深刻に受け止めていた。




「ここ北京市を包囲するように、膨大な数の魔獣共が押し寄せている。しかも、例の新種だ。君の危惧していた通り、これは人類滅亡まで秒読みかも知れん」


「そう。つまり魔獣は、月に潜伏していたのね」


「ああ。昼間の会議を欠席した割には、理解が早いな」


「地上に降ってくるのを、この目で見たもの。一瞬で悟ったわ。連中は、ずっと準備を整えていたって」




 10年に及ぶ沈黙。それは絶滅ではなく、ただ人類への反撃を伺っていたに過ぎない。




「非常に、悔いが残るな。せっかく君に部隊を与えて、魔導デバイスの試験運用が始められるというのに」


「……」




 何もかもが遅すぎた。こちらの準備が整うより前に、魔獣による侵攻は始まってしまった。

 新型魔獣に対する秘密作戦、シックスベース。アンラベルが機能するには、多くの準備期間が必要だというのに。


 諦めを口にするケプラー将軍。

 しかし、ガラテアの目は死んでいなかった。




「いいえ、まだ。まだ終わらないわ」




 未来は、まだ生きている。















 どこかで鳴り響く轟音、伝わってくる振動。戦線は遥か遠くだというのに、その衝撃は基地の宿舎まで届いていた。

 新人魔法少女。幼いメイリンやルーシィは、その1つ1つに怯えた様子で反応する。その他のメンバーは、まだ落ち着いているようだった。




「ッ」




 苛立ちを隠せない様子で、ティファニーは貧乏ゆすりをする。

 それほど、この状況が気に食わないらしい。




「ねぇ、クロバラちゃん。わたし達も、戦うことになるのかな?」


「いや、その可能性は低いだろう。どれだけ逼迫した状況だとしても、この部隊を前線に送るのは自殺行為だ。せいぜい、市民の避難誘導といったところか」




 とはいえ、この部隊には入隊したばかりの新人が多い。実質的な訓練は何一つとして行っていないため、避難誘導すらまともにこなせるかどうか疑問である。


 アンラベルの面々は宿舎で待機をし、上層部からの命令を待つ。


 1つの部屋にメンバー全員が集い、テーブルの上に置かれた通信機に耳を傾ける。ノイズ混じりで、声は途切れ途切れ。仮に上官からのメッセージがあったとしても、これではまともに聞き取ることも出来ない。

 現状、分かっている情報は、ここ北京に魔獣の侵攻が始まったこと。そして、自分たち以外の多くの魔法少女が前線に送られ、戦っていること。どのような戦況になっているのか、詳しい情報は入ってこない




「魔獣って、10年前に絶滅したんでしょ?」


「ええ、でも心配ないと思う。基本的に、訓練を受けた魔法少女は魔獣なんかに負けない。それにこの北京基地は、前の戦争でも一度も攻められたことがないことで有名。つまり、わたし達が魔獣と戦う確率は、限りなくゼロに近い」




 ルーシィの言葉に、ゼノビアが答える。魔獣は人類の天敵だが、それを一方的に駆逐できる唯一の存在が、魔法少女なのだから。ある程度の学がある人間なら、誰だって知っている。

 だがしかし、今の魔獣を知っている数少ない人間。クロバラと、七星剣であるアイリの2人は、そんな甘い見通しをしていなかった。

 特にクロバラは、降り注ぐ瞬間を見ていたがゆえに、かなり深刻そうな顔をする。




(あの流星群。その全てが新種の魔獣だとしたら、どれほどの量で攻めてきた? そもそも、現場の魔法少女に新種の情報は伝わっているのか)




 アンラベルに命じられているのは、宿舎での待機。上官からの命令がない限り、基地の外へ行くことも出来ない。

 その上、本来なら戦況を伝えるはずの通信機も、ノイズだらけで全く機能していない。この不透明さが、何よりも不安を掻き立てる。


 ただじっと、命令を待つ面々であったが。

 その沈黙を破るように、重たい衝撃が響き渡る。




「なっ、なに!?」


「地震?」


「……いいや、これは爆発だな。距離はかなり遠いはずだ」




 どこかで起きた、巨大な爆発。

 それを確認するため、アイリは屋上へ向かった。




「クロバラの言う通り、遠方での爆発ですね。西側にある工業地帯が、激しい炎と煙に包まれていました」


「そうか」




 かなりの衝撃だったが、基地とは遠く離れた場所での爆発。その事実に、メンバーたちは安堵するものの。

 ただ1人、メイリンだけは青ざめた様子であった。




「どうかしたのか?」


「う、ううん。なんでもない。ちょっと、お腹が痛くなってきて」




 クロバラからの言葉を誤魔化すように。作ったような表情で、メイリンは部屋を後にする。その反応に違和感を覚えつつも、クロバラは彼女を追うことはしなかった。

 ここで話をしておけば、止められたかも知れないのに。




「はぁーあ。だりぃ」



 そう言って、ティファニーが立ち上がる。




「おい、どこへ行くつもりだ?」


「あたしもトイレだよ。ったく。出撃がねぇなら、寝かせろって」




 ティファニーはトイレへ。


 すると、しばらくして。

 少々慌てた様子で、彼女が部屋へと戻って来る。




「おい、やべぇぞ。あのガキ、腹痛ぇとか言っときながら、トイレに居なかった」


「なに?」




 その言葉に、クロバラは立ち上がる。




「しかも、だ。訓練場に行ったら、あいつの専用デバイスが無くなってやがった。これって、そういうことじゃねぇか?」


「……まさか」




 今の状況と、先程のメイリンの表情。

 クロバラの脳裏に、記憶が蘇る。




――わたしのお父さん、工場で働いてるんだ。




 なぜ、あの時思い出さなかったのか。

 軍の魔法少女といえど、彼女は何の訓練も受けていない素人である。つまり、どんな行動に出るのかが分からない。


 最悪のシナリオが、クロバラの脳裏をよぎった。






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