第41話 人と獣
アンラベルに与えられた訓練場。そこに、メイリンを除く6人のメンバーが集まる。施策デバイスの保管してある場所には、1つだけ空白が存在していた。つまり、メイリンのデバイスだけが無くなっている。
認めたくない現実に、クロバラは顔をしかめ、拳を握り締めた。
「すまない。アイリ、ちょっとこっちへ来てくれ」
「……分かりました」
立場上、クロバラはアンラベルの隊長である。アイリはなんとなく空気を察しつつ、クロバラと話をすることに。
「……これはわたしの責任だ。悪いが、わたしはメイリンを連れ戻しに行ってくる。それまでの間、お前に部隊のメンバーを任せる」
「正気ですか?」
「ああ。まだ幼い子供が、どんな行動をするのか、もっとよく考えるべきだった。あの子は父親を助けに行ったんだ」
メイリンの父親は工場で働いている。今は夜だが、工場には夜間勤務も多いだろう。ゆえに、この情報が不確実な状況で、メイリンは飛び出していった。
最悪なのが、メイリンに与えられたデバイスが飛行に特化したものであること。彼女はろくに魔法が使えないのにもかかわらず、移動手段だけは持っていたのだ。
「ともかく、わたしは彼女を連れ戻す。それまで部隊を任せられるのは、七星剣であるお前だけだ」
「……なぜ、それを」
「ガラテアから聞いただけだ。それにお前は、わたしを監視するよう命令されてるんだろう? わたしの正体が、魔獣かも知れないから」
「ええ、そうですが」
「なら見せてやる、これが答えだ」
クロバラはそう言って、アイリにだけ見えるように左目の眼帯を外した。
そこにあるのは、青く美しい獣の瞳。
本来なら絶対に隠さないといけない秘密を、クロバラは晒した。
「なっ」
信じたくなかった。どれだけ怪しい存在でも、そうではないと思いたかった。仮にも、同じ部隊に配属された魔法少女として、アイリはその現実を受け止めたくはなかった。
「わたしは何となくだが、他の魔獣の気配を感知することが出来る。認めたくはないが、この街を襲っている魔獣は多すぎる。このままでは、いずれ基地は攻め落とされるだろう」
もはや、隠す必要が薄れてしまった。この街を襲っている魔獣の大群と比べれば、クロバラという異物は些細な問題である。
「今日1日だけだが、君という人間はよく分かった。不器用だが、良い魔法少女になる。まぁ、今でも十分強いが。伸びしろは、まだまだある」
「な、何を言って。あなたは魔獣で、人類の脅威で」
「そうだな。本来なら君は、わたしをここで殺すべきなんだろう。だが、今はこうして話している。わたしが本当に敵なのか、殺すべき存在なのか、悩んでるんだろう?」
アイリが、この中で一番強いから。だから部隊を任せて、自分の正体も明かしたわけではない。目の前の現実をしっかりと受け止め、自分で考える力があると思ったから、クロバラは託すことを決めた。
「詳しく事情を話す暇はないが、わたしの心は人間だ。だが見ての通り、身体には別のものが混ざってる。軍の中でそれを知っているのは、ガラテアだけだ」
「少佐が、あなたの存在を黙認したと?」
「ああ。変わり者だらけの部隊だが、あの上官が一番の変人だ」
本来なら、このように正体を明かすことはなかっただろう。魔法少女として軍に溶け込んで、かつて離れ離れになった娘の情報を探す。そのために、眼帯の下は誰にも見せないはずだった。
だがしかし、もうすでに状況は変わっている。
クロバラの周囲が変わったのではない。世界が変わってしまった。
「わたしは、新種の魔獣と戦ったことがある。正直な話、並の練度の部隊では太刀打ちできないほどの化物だ。もしも、この街を襲っている魔獣が全て新種だとしたら、ここに到達するのも時間の問題だろう」
「この北京基地が壊滅すると、あなたは考えているんですね」
「ああ。わたしは魔獣が流星のように降ってきた時、ガラテアと一緒に屋根の上に居た。その時ガラテアが言っていたんだが、あれは地球の広範囲をカバーする量だったらしい。つまり、イギリスを含め、他の土地も同時に襲われている可能性が高い。つまり、よそからの応援は期待できないってことだ」
「……」
クロバラの言葉を聞いて、アイリも冷静に考える。彼女も、他の七星剣のメンバーと一緒に、新種の魔獣と戦った経験がある。それゆえ、クロバラの言葉が決して過剰表現ではないとは分かっている。
あの化物が群をなし、この北京のように他の都市も襲っているのなら。
確かに、もはや目の前のイレギュラー、クロバラの脅威など大した問題ではない。
「悪いが、もう時間がない。あんな幼い子を見殺しにしないために、わたしは行く」
伝えることは、全て伝えた。
自分の秘密すら教えて、これが本気であると。
クロバラはアイリとの話を終えると、他のメンバーの集まるデバイス保管庫へ。
自分に与えられた、ハンドガンタイプの魔導デバイスを手に取る。
「おいおい、チビ隊長。まさかお前、あいつを探しに行くつもりか?」
「あぁ、その通り。わたしが居ない状況では、アイリを副隊長として任命する。彼女の指示に従ってくれ」
「はぁ!? おい、待てよ」
ティファニーが呼び止めるも、クロバラはもう考えを改めない。
時間が経てば経つほど、メイリンの生存が危うくなるのだから。
そのまま、宿舎を後にしようとするクロバラであったが。
「待ってください!」
強く、大きな声で、アイリが呼び止める。
振り返ったクロバラに対して。
彼女が向ける瞳は、怪物に対するものか、あるいは。
「なぜ、あなたは軍に入ったのですか? あなたの素性は知りませんが。本来なら、軍は避けるべきはずです」
純粋な人間ではない。左目には、隠しきれない証拠がある。もしも軍に正体が知られれば、殺される可能性が高いはず。それなのになぜ、軍の魔法少女となったのか。
アイリはまだ、その理由を聞いていない。
たとえ、クロバラが人間だったとしても、化物だったとしても。
それを判断するための、何かが、必ずそこにある。
対する彼女は、迷うことなくその理由を口にした。
「家族を探してるんだ。軍に入れば、情報を得られると思ったんだが。まさか初日で、こんなことになるとはな」
そう言って、クロバラは走り去っていく。
命令違反をする魔法少女。そもそも彼女は、人類にとって危険な存在であるかも知れない。
しかし、アイリの足は動かなかった。
「……ふ。ふふっ」
バカバカしくて、思わず笑いがこぼれてしまう。
人か、魔獣か。軍の命令に従うべきか。
そんなことは、もはや関係がない。
(家族、ですか。そんな言葉を口にされては、たとえ化物だとしても殺せない)
この日。
アイリは生まれて初めて、軍の命令に逆らった。