第42話 熾烈な戦場
「あーあ。行っちまったな」
アンラベルの訓練場。メイリンに続き、クロバラまでも消えてしまった。その現状に、ティファニーは落胆したような声を漏らす。
「結局は、ガキだったってことか」
ティファニーの言葉に、反論できるメンバーはおらず。どんよりとした空気が部隊に流れる。
すると、そこへ。彼女たちの直属の上司である、ガラテアが姿を現した。
周囲の面子を見渡して、人数が少ないことにはすぐに気づいた様子。
「何がどうなったのか、誰か説明してちょうだい」
ガラテアの問いに、アイリが答えることに。
「西の工業地帯で、メイリンの肉親が働いているそうで。彼女はデバイスを持ち出し、無断出撃しました」
「つまるところ、クロバラはそれを連れ戻しに行ったのね」
「はい」
アイリとしても、複雑な想いである。間違いなく、この部隊では最強最速の魔法少女だと言うのに、自分はここで命令を待っているのみ。
クロバラを止める勇気も、それについていく勇気もない。中途半端な自分が、嫌になる。
「少佐。少佐は、クロバラの秘密について、知っていたんですよね」
「あら、どうしてそんな事を?」
「先ほど、わたしにだけ左目を晒しました。どうするかは、わたしが決めろと」
「そう。……やっぱりあの人は、魔法少女に甘いのね」
魔法少女の教育、その精神性の本質。それを誰よりも理解しているのが、あのクロバラである。とはいえ、まさかアイリに正体を明かすとは、ガラテアとしても予想外であった。
「わたしは、彼女に希望を見出したの。だから、部隊に引き入れて、隊長という立場を与えた」
「あの左目は、本物、なんですね」
「ええ。彼女の体には、混ざってるわ。でも、上層部が危惧するような、脅威というものとは違うと思う。言うならば、奇跡かしら」
「……少佐が、そうおっしゃるなら。わたしも、彼女を隊長として認識します」
クロバラの秘密に関しては、とりあえず胸の奥にしまっておく。他のメンバーを混乱させないためにも、これ以上の追求は止めることに。
残された、アンラベルのメンバーたち。
それを見たガラテアが、なにかに気づく。
「今、気づいたんだけど。レベッカはどうしたの」
「……はい?」
忘れてはいけない。
この部隊には、予測不能なメンバーが居ることを。
◇
クロバラは、一直線に西の工業地帯を目指して駆けていく。
地上は、混乱する市民や避難誘導をする軍人でごった返しており。クロバラはそれを避けるため、屋根の上を伝うようにして移動をしていた。
(あぁ、全く。軍人失格だな)
そんな事を思いつつも、駆ける速度は変わらない。心でどれだけ反省しようと、体はもう止まらなかった。
魔法少女が、犠牲にならなくて良い世界。平和な未来を求めて、10年前、1人の兵士が命を落とした。だがしかし、今はこうして、魔法少女としてこの世に生きている。それがどういう運命なのかは知らないが、やるべきことは分かっている。
仲間の1人も守れずに、世界を変えることは出来ない。ここでメイリンを失うのは、絶対に許容できない。だから、迷うことなくクロバラの体は動いていた。
(残りのメンバーに関しては、アイリに任せるしかない)
アイリを説得できるかどうかは、クロバラとしても賭けであった。彼女は強力な魔法少女であると同時に、とても規律正しい性格をしている。おそらく、命令違反とは無縁な人間であろう。ゆえに、ただメイリンを追うと言っても、彼女に止められていた可能性が高い。新人魔法少女が2人、戦場へと無断出撃。七星剣である彼女が、それを許すはずがない。
だから、クロバラは自身の秘密を明かした。
自分はただの魔法少女ではない。清廉潔白な身ではないが、無力な新人というわけでもない。あのかくれんぼで、その片鱗は見せている。
アイリが自分を信じて、この蛮行を許してくれたのは、本当に幸運であった。
「くそっ。わたしも大概問題児だな」
「あははっ、同感デスね〜」
クロバラの後ろをピッタリとくっついてくるように。いつの間にか、そこにはレベッカの姿があった。
とはいえ、クロバラは驚いた様子を見せず。走る速度も落とさない。
「まったく。来るなと言っても、お前は言うことを聞かないよな?」
「当然デース。わたしも、隊長と同じ問題児デスので」
悪びれる様子はなく。
クロバラも、彼女を追い返すのは諦めていた。
「せっかく魔獣と戦えるというのに、じっとなんかしてられません」
「気をつけろよ。軍でどういう教育を受けたのかは知らないが、これから戦う相手は、魔獣を超えた化物だ」
「おお〜 それは興奮しマス」
「……交戦は許可するが、わたしから離れないこと。それと、メイリンを見つけたら、すぐに基地へ引き返すぞ」
「りょーかいデース」
レベッカの左手には、新型の魔導デバイスが。その力を試してみたいと、うずうずしている様子だった。
未知数の仲間を連れて、クロバラは熾烈な戦場へ。
◇
クロバラたちよりも、遥かな先。飛行機能を有するデバイスによって、メイリンはすでに工業地帯へと辿り着いていた。
本来なら、新人の魔法少女は空を飛ぶことすらままならない。けれども、デバイスよって与えられた飛行能力は、もはや並の魔法少女を凌駕する。
「えっと、えっと。お父さんが働き始めた工場は、たしか」
無計画な出撃。おまけに、目的である父親の正確な情報も持っていない。それゆえ、工場の上空でふらふらするメイリンであったが。
風を切るような、微かな音が鳴り。
「わわっ」
デバイスによる強制回避によって、メイリンはその即死攻撃を避けることが出来た。
「なに? 今の」
とはいえ、ここはすでに戦場である。メイリンを撃ち落とすべく、遥か遠方から凄まじい攻撃が放たれてくる。
本来なら、メイリンは反応すら出来ない攻撃だが。デバイスに搭載された優れたシステムによって、全ての攻撃をギリギリで回避していた。
すると、
「ちょっと、そこの馬鹿! 一体何してんのよ!」
地上から声が。目を向けてみると、そこには見知らぬ魔法少女の姿が。
仲間を見つけられた事実に、メイリンは喜んで地上へ降下した。
メイリンに声をかけたのは、銀髪のショートヘアが特徴的な魔法少女。肉体年齢は15歳ほどで、雰囲気からしてベテランの魔法少女のようであった。
「あんた、どこの部隊? こんな状況で空を飛ぶとか、自殺行為よ」
「あの、その。ごめんなさい」
年上に怒られて、メイリンは縮こまるように謝る。
その様子に、相手の魔法少女はため息を吐いた。
「で、どこの所属? 1人で援軍に来たとか言わないでしょうね」
「えっと。わたしは、魔導デバイスの試験運用を行う、アンラベルという部隊の所属です」
「はぁ!? アンラベル? それってあの、例のイロモノ部隊よね? てことはまさか、あんた新人?」
「あ、はい。今日から魔法少女です」
「……嘘でしょ。こんなレベルまで前線に送るとか、そこまでヤバいってこと?」
前線に現れた、ほぼ素人な魔法少女。
その事実に、彼女は絶望した。