第43話 絶望の戦場
「信じらんない。こんなのが応援に来るなんて、人材不足ってレベルじゃないわ」
前線にて戦っていた1人の魔法少女が、目の前の現実に絶望していた。
なにせ、やって来たのは着任初日の素人魔法少女。空を飛ぶことしか出来ない、ただの足手まといなのだから。
しかし、その新人、メイリンは誤解を解くべく弁明する。
「あの、わたし。お父さんを探すために、ここに来たんです。だからその、命令で来たとか、そういうわけじゃなくて」
「……はぁ?」
意味が分からないと、魔法少女は唖然とし。
少ししてから、ようやく察しがつく。
「あんたまさか、無断出撃?」
「あの、はい。他の子に言ったら、止められると思って」
「そりゃそうよ。だってあんた、何も出来ない素人でしょ?」
魔法少女は、メイリンの姿を見る。
とても軍人とは思えない、幼すぎる少女。そこら辺の一般人と、何も変わらない。
(背中にある変な機械のおかげで、かろうじて生きてるみたいだけど。こんなのが前線に来るなんて自殺行為じゃない)
あまりにも厄介。無駄に高性能なデバイスを所持しているために、来れるはずのない前線まで来てしまった。
こんな場所、すでに意味がないというのに。
「あのね。この一帯は、すでに避難が完了してんのよ! つまり、ここであんたの家族が働いていたとしても、もうとっくに逃げ出してんの!」
「えっ。そう、なんですか?」
「そうよ。ったく。敵のジャミングのせいで、通信機がろくに使えないから、本部と連絡が取れないのよ」
アンラベルの宿舎で、まったく通信機が機能していなかったように。この前線でも、同様の事態が起きていた。魔獣が、こちら側の連携を削ぐために行っているのだろうか。
とにもかくにも、もうすでに工業地帯では避難が完了しており、メイリンが来る意味は無かった。
「一般人は、他の軍人の誘導で地下へ逃げたわ。北京は地下通路が大量にあるから、ここからどこにだって逃げれる」
そう言って、彼女が指を差すのは、地下へ通じる穴のようなもの。
「わたしは魔獣が追っかけてこないように、この出入り口を死守してんの。わかる? つまり、あんたが居ても意味がないから、さっさと来た道を戻るか、この地下通路を使って逃げなさい。運が良ければ、先に言った連中と合流できるはずよ」
「そう、ですか」
仲間たちを騙して、無断で出撃して。それでも、ここに来たのは無意味であった。その事実に、メイリンは落ち込む。
とはいえ、すでに避難が完了しているというのは、唯一の救いであろう。
「仲間の1人が、陸路で基地に戻ったから。そう遠くないうちに、ここは爆撃可能地点に指定されるわ」
「ば、爆撃!?」
「そうよ! 即死点も不明な、魔獣かどうかも怪しい化物がウジャウジャ、わたしの仲間もほぼ全滅。こんな戦い、まともにやってたら死ぬだけよ」
どれだけ激しい戦闘が、ここで行われたのか。基地まで轟く大爆発といい、ここは紛れもない激戦区であった。
「分かったら、さっさと逃げなさい! 足手まといが居ると、ただ迷惑だわ」
そういって、魔法少女がメイリンに避難を促していると。
彼女の守る地下への出入り口から、1人の男性が。
軍人らしき男が姿を現す。
「レイチェル中尉、緊急事態です!」
「はぁ? 今のこの状況以上に、厄介なことがあるっての?」
「実は、地下通路が崩落しまして。おそらく、先程の大爆発が原因かも知れません。数十名が生き埋めになっていて、瓦礫をどかすのに、我々兵士だけではどうにも」
「なぁんですって!?」
度重なる面倒事に、魔法少女、レイチェルの血管はブチギレそうであった。
「いい? これから大量のミサイルが飛んでくるのよ? だってのに、地下で生き埋め?」
「はい。もしこれ以上の衝撃が加われば、全員の命が危ういです」
まさに、最悪の事態。魔獣の心配のない地下通路ではあるが、このようなリスクも考えておくべきであった。
「あぁ、もう。ここを死守しなきゃいけないのに」
魔獣が地下通路へ侵入したら、それこそ最悪の事態である。地下という閉鎖空間では、魔法少女のほうが戦いにおいて不利になる。
レイチェルは、ひどく悩むような顔をして。ちょうど、目の前に居たメイリンに視線を送る。
「あんた、魔力は使えるのよね? 地下の瓦礫、あんたに任せても大丈夫?」
「え、その。わたしまだ、魔力の使い方とは何も知らなくて」
「うっさい、黙りなさい。こっちはもう、仲間を何人も失って余裕がないの。わたしがここを死守するから、あんたは地下をお願い。それともなに? わたしの代わりに、あんたがここを守るの?」
「それは」
「いい? あんたは魔法少女なのよ。目に見えなくても、力は確かにそこにある。自分を信じて、みんなを救いなさい」
「……分かり、ました」
レイチェルの説得によって、メイリンは自分のやるべきことを認識する。
「では、こちらへついてきてください!」
「はい!」
軍人の後に続いて、メイリンは地下通路へ。
それを見送って、レイチェルは再び1人に。
だがしかし、それは束の間のこと。
お客様は、続々とやって来る。
周囲から姿を現したのは、小型の魔獣、人に似た姿をした、ゼノ・スタンドと呼ばれる個体。即死点が体の表面に存在せず、戦闘能力も高いという厄介な存在である。
すでにレイチェルは、この敵のせいで仲間を何人も失っていた。ここに残ったのは、すでに彼女1人だけ。
けれども、レイチェルは動じない。
「はっ、上等じゃない!」
全身に魔力を纏い、臨戦態勢へ。
彼女の目は、まだ死んでいないかった。
◇
空を切るような音。それに、赤い瞳は的確に反応。
遥か遠方からの狙撃を、クロバラは魔力を纏った拳によって打ち払った。
そのまま、止まらずに前を目指していく。
「射撃タイプ、それも信じられないほどの射程だな。こっちが感知できないほどの距離から、確実に殺しに来てる。レベッカ、わたしの後ろを離れるなよ!」
「りょーかいデス!」
姿の見えない新種による攻撃。レベッカには荷が重いと判断して、クロバラは全てを受け止める選択をする。
そして、気をつけるべきは射撃タイプだけではない。
「来たぞ、こっちを歓迎してくれるらしい」
防衛線を越えてきたのか。小型の魔獣、ゼノスタンドが数体、クロバラたちの前に立ちはだかる。
魔法少女に匹敵する凶暴な相手だが、ここで時間を潰すわけにはいかない。
「奴らの即死点は、左胸にある。人間でいう心臓部分だ。そこを潰せば殺せる」
「りょーかい。パーティ、デスね!」
クロバラとレベッカは、自らのデバイスを起動する。
クロバラのデバイスは単純明快。魔力を弾丸へと変換し、それを見事な腕で敵の心臓へと撃ち込む。
レベッカのデバイスは、左腕に装着されたガントレット。魔力を自在に変形させる機能を持つようで、鋭いナイフを生成。それを投擲して、魔獣の心臓へと突き刺した。
「クリティカルヒットデース!」
「頼もしいな」
かくれんぼでの動きから、ある程度の戦闘力は分かっていた。しかし、実戦でここまで動けるとは、レベッカの戦闘力は想像以上と言わざるを得ない。
とはいえ、この状況においては頼もしい限りである。
「ついてこられるな?」
「もっちろん!」
小型の魔獣を蹴散らしながら、2人は進んでいく。
真っ赤な炎に包まれた、戦場の最前線へと。
◇
「あぁ、もう。ほんっと、しつこいわね」
工業地帯。たった1人で戦い続けるレイチェルは、未だ数体のゼノスタンドに囲まれていた。
彼女の戦闘能力は紛れもなく上級相当、複数の魔獣が相手でも、決して遅れを取らない。だがしかし、彼女に足りていないのは情報。即死点が体内に、それも左胸に存在するなど、彼女には伝えられていなかった。それゆえに、決定打を与えることに苦労する。
「首や手足を引き千切っても、すぐに回復なんて、ズル過ぎんでしょ」
即死点を潰さない限り、魔獣は止まらない。それが、他の生物との決定的な差であった。
かつての魔獣であれば、必ず体の表面の何処かにあるはず。しかし、新種はそれを弱点と認識しているのか、それを巧妙に隠している。
ゼノスタンドは、見えない体内に。
そして、
激しい轟音とともに、崩壊した工場から何かが飛び出してくる。
それは、巨大なもの。
クモのような形状をした、大型の新型魔獣。大量のダミーフラワーを腹に抱えた、ゼノスパイダーと呼ばれる個体である。
「嘘でしょ。あの化物、爆発を生き延びたわけ?」
遠方まで轟いた、先程の大爆発。それは、このゼノスパイダーを倒すためにものであった。そのために、複数の魔法少女が犠牲になった。
だがしかし、敵はこうして生きている。
「何なのよ、これ」
複数のゼノスタンドに、ゼノスパイダーが合流する。
それに対するのは、たった1人の魔法少女。
ここはまさに、絶望的な戦場であった。