第46話 再会と決断
おびただしい数の、魔獣の死骸。それを、レベッカは興味深そうに眺めている。初めて見る、初めて戦った魔獣。初めて殺した生物に、興味が尽きないようだった。
左腕のデバイスを起動し、魔力を棒状へ加工。ツンツンと、魔獣の死骸を突っついてみる。
「初めて見ましたけど、あんまり獣っぽさはないデスね」
「昔のやつとは違う、新種だからな」
クロバラは、相変わらず大型魔獣の上で座っている。
身体に魔獣が混ざっているせいか、クロバラは魔獣の反応を感知することが可能である。それゆえ、地下通路へと逃げた個体が、別の魔法少女によって討伐されたこと。そして、仲間が無事であることも、この位置から把握できていた。
一時は最悪を覚悟したものの、なんとか間に合ったようである。
「わたし、少しだけ訓練を受けたことあるんデスけど。魔獣って、狼とかライオンみたいな、狩猟生物みたいな動きをするって言ってたのに。なんだかこいつら、それとも違うような」
「……そうだな」
かつての大戦で、人類と戦っていた魔獣。そして、今回現れた新種の魔獣。同じ魔獣と呼ばれる存在でも、その実態はあまりにもかけ離れていた。
弱点である、小さな花。即死点が体の内部に存在するなど、数百年間で一度も確認されなかった。かつて存在した魔獣は、すべからく体の表面に花が咲いていた。しかし、新たに現れた魔獣は違う。小型種は体内に即死点を隠し、大型種に関しては多数のダミーで隠すという周到さ。明らかに、弱点をカバーしようとしていた。
300年変わらなかった生態が、たったの10年でここまで変貌する。たとえ魔獣といえど、明らかに異常な進化である。
「隊長、1つ質問があるデス」
「ん? どうした」
「こっちの人型っぽいのは、心臓部分って分かりやすいデスけど。どうしてそっちの大きいやつ、弱点の位置が分かったんデスか? たくさん咲いてるのに」
大型の魔獣、ゼノスパイダー。その腹部には、おびただしい数のダミーフラワーが咲いており、本当の弱点がどれなのかが分からない。
しかし、クロバラはまるで見分けがついているかのように、本物の花だけを撃ち抜いていた。そうでなければ、これほど簡単に戦いは終わらなかったであろう。
「……なんというか。勘、だな」
「なーるほど。勘デスか」
「あぁ、勘だ」
同じ魔獣だから、即死点の場所がわかる。本当のことを、ここでカミングアウトするわけにはいかなかった。他の新人たちと違って、動揺してパニックになるとは思わないが。アイリのように、冷静に考えてくれるとも思えない。レベッカの思考回路は、クロバラからしても未知数なのだから。
「おっと。どうやら、問題児が帰ってきたぞ」
「おお! 無事で良かったデース」
2人が目を向けると、仲間であるメイリンが、大量の死骸を避けながらこちらへと近づいてきていた。
再会できて嬉しい、という感情よりも。この死骸の山に、若干引いている様子であった。
仕方がないので、クロバラは大型種の亡骸から降りて、メイリンのもとへ。同様に、レベッカもやって来る。
感動の再会、なのだが。
やはりメイリンからすると、色々と後ろめたい気持ちがあるようで。
それを察してか、クロバラはメイリンの頭をコツンと殴った。
「あいた!」
「まったく、この馬鹿。死んでもおかしくない状況だったんだぞ?」
「……ごめんなさい」
「……次からは、もっと考えて行動するんだな」
悪いとは分かっている。素直に反省している。ゆえに、叱るのは少しだけに。
それを見ているレベッカは、何も考えていないように笑っていた。彼女としては、こうやって無茶が出来て嬉しかったのだろう。
「心配ないデスよ〜 わたしも隊長も、同じく命令無視で来ちゃったので。怒られるのは一緒デス」
「えっ、そうなの?」
「当たり前だ。じゃなければ、こんなに早く追ってくるわけないだろ。上層部からの通達も、何も無いからな」
「まぁでも、そのおかげでみんなハッピーなので、隊長のナイス采配デース」
「言っておくが、お前は別に来る必要なかったぞ? 確かに足手まといにはならなかったが、わたし1人で問題は解決できた」
「そんなぁ。パーティは大人数のほうが楽しいって、知らないデスか?」
「死ぬ可能性のあるパーティなんてあるか」
こうして、2人も仲間が来てくれた。そんな目の前の事実に、メイリンはレイチェルの言葉を思い出す。
良い仲間に恵まれた。本当に、その通りであると。
「入隊初日に命令違反とは。絶対に、あり得ないと思ってたんだがな」
目立たないように、なるべく疑われないように。そういう考えで、クロバラは軍隊に入った。しかし、問題児だらけの部隊に配属された上に、こんな予想もつかない出来事が起きるとは。考えていた全ての予定が、バラバラに崩れてしまった。
「もう夜も遅いですし。もしかしたら、初日じゃないかも知れないデスよ?」
「いいや、まだギリギリ初日だ」
腕時計で、クロバラは現在の時刻を確認する。
その様子を見て、メイリンは大事なことを思い出した。
「あっ! そうそうそう。ここにミサイルが飛んでくるって、レイチェルさんが言ってた」
「あぁ、さっきの魔法少女か。心配するな、わたしもそれは知っている」
「なら逃げないと」
「待て待て、落ち着け」
ここにミサイルが飛んでくる。その事実を知っていながら、クロバラは腰を落ち着かせていた。
「いいか? 地下通路に逃げ込んでも、あっちは崩落の可能性がある。おまけに、地図も把握してないから、基地まで辿り着けるか分からない。それでもって、普通に地上から基地に戻ろうとしても、背後から狙撃される可能性がある。流石のわたしも、後ろからの狙撃は避けたい」
崩落した工業地帯。いつ、どこから魔獣が襲ってくるか分からない上に、下手に飛び跳ねたら狙撃される。
ゆえに、逃げるべきタイミングを伺っていた。
「というわけで、ここから逃げるのは爆撃の直後だ。どれだけのミサイルが打ち込まれるか知らないが。少なくとも、ここら一帯は土煙でいっぱいになる。そうすれば敵も狙撃が難しくなり、わたし達は決まった方向へ全力で逃げればいい」
「なるほど! 隊長はさすが隊長デス」
レベッカは作戦を絶賛していたが、メイリンは冷静に受け止める。
「えっと。その話によると、わたし達はここで、ミサイルを耐えないといけない気がするんだけど」
「あぁ、そうなるな」
「ミサイルだよ!?」
当然の反応である。流石のメイリンでも、ミサイルが何なのかは知っている。
しかし、クロバラはそれよりも遥かに理解していた。
「大丈夫だ。2人とも、わたしの側へ。なるべく近くに来てくれ」
「わ、わかった」
「りょーかいデス」
クロバラの側に、2人がやって来て。
天高く、クロバラは右手を掲げた。
「さて、と。本気を出すか」
力強く、鼓動が高鳴り。
凄まじい量の魔力が、クロバラの右手から放出される。
それは、巨大な一輪の花となり。
まるで盾のように、3人に覆いかぶさる。
「わぁ、綺麗」
「す、凄い魔力デス」
メイリンもレベッカも、理由は違えどその魔法に驚いていた。
「どうして、花の形をしてるんデスか?」
「いや、分からん。本気で魔法を使おうとすると、なんかこういう形になるんだ」
クロバラとしても、本来ならもっと盾のような形状にしたいものである。だがしかし、どういうわけか、クロバラの使う魔法は花に近い形状になってしまう。おそらく、魔獣の力が影響しているのだろうが、本人も理由は分かっていない。
「そろそろ砲撃支援の時間だ。いいな? 爆撃が終わったら、全力で基地の方向まで逃げる。狙撃の可能性は低いだろうが、絶対に油断するなよ」
大きな花が、魔法少女たちを守る。
そして、運命の時。
基地から放たれた大量のミサイルが、この工業地帯へと降り注いだ。
◇
「結論から言うと、この北京基地は壊滅するわ」
クロバラ達が、工業地帯へ辿り着いた頃。
基地に残ったアンラベルのメンバーと、上司であるガラテアは、とても重要な話を行っていた。
「はぁ? なに言ってんだよ、急に」
「別に、冗談を言っているわけではないわ。どれだけ甘く見積もっても、1週間後には、ここは更地になってる。それは、なにをどうしても、覆せない事実よ」
基地が壊滅する。そんなガラテアの言葉に対して、ティファニーら、他の魔法少女たちは意味がわからないという様子であった。
だがしかし、新種の存在を知っているアイリだけは、話を深刻に受け止める。
「少佐、敵は新種ですか?」
「ええ。おそらく全部ね」
電波障害によって、前線からの情報は乏しいものの。数少ない証言から、すでに司令部は敵の大まかな戦力を把握していた。
「敵が10年前のままだったら、撃退可能だったでしょうけど。まぁ、今回は運が悪かったわね。このままジリジリと追い詰められて、北京は消滅するわ」
それが、ガラテアの導き出した未来。
アンラベルの今後を左右する、決断の時であった。