第47話 キラー
北京が消滅する。ガラテアから聞かされた話に、アンラベルのメンバーたちは困惑する。
受け入れられるはずがない。なにせ、10年ぶりに魔獣が現れたというだけでも驚きだというのに。それに加えて、街が攻め落とされるなど、話が大きすぎて理解が追いつかない。
「ガラテア少佐。新種とは、どういう意味ですか?」
ゼノビアが、冷静に質問する。
「文字通り、今までとは違う個体という意味よ。新たに現れた魔獣は、10年間、月面に身を潜めていた個体。以前と比べて、恐るべき進化を遂げていて、その戦闘能力は魔法少女に匹敵、あるいは凌駕する。上層部は、ゼノ・シリーズって呼ぼうとしてたみたいだけど、今となってはどうでもいいわね。だって、この基地は壊滅するんだから」
あっけらかんとした様子で、ガラテアは事情を説明する。
「数ヶ月前から、ちょくちょく確認されてたんだけど。遺伝子的に、魔獣であることは明らかよ。月面という環境のせいか、あるいは別の要因か。めちゃくちゃ強くなって、賢くなったこと以外、違いはないわ」
その違いが、人類を滅ぼすほどに厄介なのだが。今さら考えてもしょうがないと、ガラテアは割り切る。
「あなた達も、あの流星群を見たでしょ? 信じられないことに、あの全てが魔獣の軍団なの。軌道から推測するに、北京だけじゃなくて、世界中の都市で同じように侵攻が起きているはず。まったく、敵ながらあっぱれね」
淡々と、事実を述べていく。しかし、他のメンバーたちは、まだ受け入れることが出来ない。
街が崩壊するなど、信じられる話ではなかった。
そんな中でも、アイリだけは冷静に受け止める。
「では、我々への指示は?」
「そうね。とりあえず、現時点での最高責任者、ケプラー将軍から、待機中の全ての部隊への避難命令が出たわ。地下の大迷宮改め、避難用通路を使って、何としても市街に逃げろ、ですって」
「ケプラー将軍が、全権を握っているのですか?」
「ええ。本当なら、もっと将校が居たんだけど。侵攻が始まってすぐに、ヘリで逃げ出したのよ。それでもって、落ちろ落ちろって願ってたら、敵の攻撃で本当に落とされたのよ。というわけで、現時点で一番階級が高いのは、ケプラー将軍ってこと」
上層部は上層部で、カオスによる混乱が広がっていた。
「射撃タイプは、確かにかつての大戦でも確認されたけど。まさか航空機を完全に無力化されるとは、予想外だったわね。馬鹿みたいに爆撃機が用意されてるけど、離陸してすぐに落とされるのがオチだわ」
魔獣によって、制空権すら奪われてしまった。
北京は完全に、魔獣によって包囲されたことになる。
「まぁ、ここが北京で良かったわね。100年前に造られた巨大な地下通路のおかげで、避難できる可能性は高いわ。流石に魔獣たちも、そこまでは把握していないでしょうし」
200年以上続いた、人類と魔獣との戦争。その中で、この北京は一度たりとも攻められたことがない。それゆえ、緊急用の地下通路は一度も使われたことがなかった。
「というわけで、よっぽど飛行に自信のある魔法少女以外は、地下から逃げるのが無難ね。わたしでも、それが最善だと思うわ」
「では我々も、避難を開始しますか?」
「いいえ。残念だけど、あなた達には仕事があります」
「はぁ!? 避難しろってのに、仕事だと?」
ガラテアの言葉に、ティファニーは怒りをあらわにする。
しかし、そんな反応は想定内。ガラテアは気にしていない様子。
「地下通路から避難したとしても、他のメンバーと合流するのは難しいでしょ? あなた達は、全員揃ってアンラベルなんだから」
ここに居るのは、4人だけ。
ガラテアにとっては、全員揃っていることが何よりも大切であった。
「見せてあげるわ。わたしのとっておき、秘密兵器をね」
その微笑みには、まだ希望が残っていた。
◇
遥か遠方。基地から放たれた、大量のミサイル群。それらは凄まじい火力で、魔獣だけでなく多くの建物を吹き飛ばしていく。
これこそが、人類のせめてもの抵抗。兵器による攻撃。これでは倒せないと分かっていても、使わないよりかはマシである。
やがて、破壊が終わり。崩壊した街に静寂が訪れる。
すると、瓦礫の山が吹き飛ばされ。
「ふぅ」
クロバラたち、3人の魔法少女が呼吸をする。
クロバラの魔法はミサイル攻撃に耐えきり、全員の命を無傷のまま守った。
「いや、ドキドキでしたね!」
「本当に凄いよ! クロバラちゃん」
「分かった分かった。褒めるのは後にして、今のうちに基地へ逃げるぞ」
ミサイルのお陰で、周辺の建物は見るも無惨な状態に。しかし、そのおかげで視界が塞がれ、魔獣による狙撃の可能性が低くなった。
当初の予定通り、基地へと逃げようとする3人であったが。
「……ん?」
走ろうと。一歩、踏み出そうとして。そのままの勢いで、クロバラは地面へと倒れてしまう。
「クロバラちゃん!?」
「ど、どーしたんデス?」
なぜクロバラが倒れたのか、メイリンとレベッカには理解が出来ない。クロバラの防御魔法は完璧で、ミサイルでもびくともしなかった。
加えて、見たところ外傷も存在しない。魔獣による攻撃を受けたわけでもない。
それなのに、なぜ倒れたのか。
本人だけが、それを悟った。
(……くそ、MGVキラーか)
左目が、疼く。全身に痛みが、毒が広がっていくような感覚。クロバラは一瞬で、自分の身に何が起きているのかを悟る。
MGVキラー。10年前のラグナロクで使用された、対魔獣用の生物兵器。何を隠そう、かつてのクロバラがその製造に関わっていたのだから、忘れられるはずがない。
魔獣に対するミサイル攻撃。冷静に考えて、それにキラーが搭載されていないほうが、おかしい話である。
魔獣しか殺さない、最高の生物兵器。
しかし、今のクロバラにとっては、唯一とも言える弱点でもあった。
「クロバラちゃん、しっかり!」
「仕方ないから、わたしが背負いマス」
メイリンとレベッカが、クロバラを心配する。
それに対し、何か言葉を発しようとするも、それすら満足に出来ない。
(まずい。このままだと、キラーに殺される)
かつて、自分が生み出した兵器によって、クロバラは死の危険に瀕していた。