第45話 絆と魔法
「……メイリン」
「お父さん! 大丈夫なの?」
意識を取り戻した父親に、メイリンは飛びついた。これほどまで、安心できることはないだろう。
「ああ、なんとか。死ぬほど痛いが、足の感覚も戻ってきた」
「あっ。ごめんね、お父さん」
相手が怪我人であることを思い出して、メイリンは父から離れる。
「絶対に止めたほうがいいと。言ったのは俺だったのにな。まさか、メイリンに助けられるとは」
「ううん。わたしも、ごめんね。みんなに嘘ついて、魔法少女になっちゃって」
「いいんだ。もっと、俺が頼りになれればよかった」
嘘つき。
メイリンは、嘘つきな少女である。
それと同時に、とても他人思いな少女でもある。
かつて入隊試験の際に、親に魔法少女になるように言われたと、クロバラに嘘の話をした。
本当は自分の意志で、親の反対まで押し切って来たというのに。
不安で、怖くて。それでも、自分と全く違うクロバラの姿を見て、本当の理由を言うことが出来なかった。
望んで魔法少女になったわけではないと、嘘と言い訳をしてしまった。
しかし、今はもう違う。
「心配しないで、お父さん。わたし、頑張るから」
「……そうか。」
メイリンの言葉に、父はどこか寂しそうな。
けれども、決してそれを悟らせないように、メイリンに対して微笑みかける。
「ちゃんと、帰ってくるんだぞ」
「うん。行ってきます」
嘘偽りのない。
魔法少女としてのメイリンは、ようやく羽ばたいた。
◇
父親との再会を果たし、メイリンは自分のやるべきことを。避難のために必要な、もう一方の瓦礫をどかすために立ち上がる。
先ほどどかした瓦礫とは、比べ物にならないほどの大きさ。持ち上げるというよりも、破壊するという方が正しい選択であろう。
父親を含め、ここに居る多くの人たちを救うため。メイリンは再び、全身に魔力を纏わせる。
自分にどこまで出来るのか。こんな大きな瓦礫を、本当に壊すことが出来るのか。けれども、そんな不安は必要ない。
全身に満ちた魔力を、右の拳に、その一点に集束させ。
「くっ」
小さな拳で、メイリンは巨大な瓦礫を。
瞬間、衝撃波が発生し。
まるでミサイルのような威力で、瓦礫を粉々に吹き飛ばした。
その衝撃的な光景に、他の大人たちも唖然とする。
先ほどまで、何も出来ないという様子の少女だったというのに。ただ、心構えが変わっただけで、ここまで彼女は成長した。
「わぁ」
当の本人は、自分のパンチ力に驚くしかない。確かに、全力を込めたが。まさかここまでぶっ飛んだ威力が出るとは、まったく持って予想外であった。
これからは、気をつけないと。
メイリンがそんな事を考えていると。
「おい! 魔獣だぞ!」
背後から、叫び声が。
魔獣がやって来た。
しかも、メイリンが壊した方向からではない。反対側から。つまり、レイチェルが守っていたはずの出入り口を通って、魔獣がやって来たことになる。
敵は、小型種の一体だけ。だがそれでも、メイリンにとっては恐怖でしかない。
「ど、どうすれば」
瓦礫をかき分けて、こちら側へとやって来る。
確かにパンチは出来るが、敵と戦えるかどうかはまた別の問題である。それに、レイチェルがやられたという現実に、メイリンは強いショックを受ける。
さっきまで話をしていた人が、死んでしまった。それは少女にとって、あまりにもショッキングな事実であり。それゆえ、反応が遅れてしまう。
「メイリン、逃げろ!」
父親の声が響く。
大勢いる大人たちを無視して、魔獣はメイリンを狙ってきた。
急に現れた敵に、メイリンは反応することが出来ず。
「――くたばれ、コラァ!!」
すんでの所で、別の拳が魔獣を吹き飛ばした。
現れたのは、出入り口を守っていた魔法少女、レイチェル。彼女は決して死んだわけではなく、現にこうして、皆のもとへ駆けつけた。
「心臓が、弱点なのよね」
吹き飛ばした相手に、容赦は無用。起き上がる前に、レイチェルはトドメとばかりに、心臓に手刀を突き刺した。
これにて、戦闘は終了である。
「ふぅ、危なかった。まさか通路に逃げるなんて、マジで焦ったわ」
ホッとしたような様子で、レイチェルは地べたに座り込む。
そこへ、メイリンが駆け寄ってくる。
「あの、レイチェルさん。ありがとうございます」
「はぁ? なに言ってんの? あれを逃がしたのはわたしの落ち度だから、あなたが謝るのはお門違いよ」
何でもないという様子で。
少し座って落ち着いたのか、レイチェルは立ち上がると、周囲の様子を確認する。
五体満足で生きている避難民たちと、粉々に吹き飛ばされた瓦礫の破片。それを見て、メイリンが何をやったのかを理解する。
「やるじゃない、あんた」
「あぅ、どうも」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でて、レイチェルはメイリンを褒めた。
頼もしい後輩が現れたことに、彼女も満足そうであった。
「最初はまぁ、クソ素人が来て最悪って思ったけど、結果的には最高だったわね」
「そ、そんなにですか?」
ただ、瓦礫をどかしただけなのに。そこまで褒められるとは、メイリンも予想外。
しかし、それには理由があった。
「あなたがここに来なかったら、多分わたしは死んでたわ。そして間違いなく、ここの連中もね」
「……えっと、うん?」
なぜ、彼女の命が助かったのか。
話が飛躍しすぎて、メイリンの理解が追いつかない。
「あなたの名前、メイリンよね」
「は、はい」
「いい仲間に恵まれたわね。ちゃんと感謝するのよ」
「……それって」
メイリンは、目を見開く。なぜ彼女が、助かったと口にしたのか。
そのピースが、頭の中で組み合わさる。
「上に行きなさい。お友達が待ってるわよ」
決して、1人ではない。
メイリンは、アンラベルの一員なのだから。
◇
「ふぅ」
崩壊した町並み、この世の終わり。大量の血の海の中で、眼帯をつけた少女はため息を吐く。
彼女が座っているのは、大型の魔獣、ゼノスパイダーの亡骸。そしてその周囲には、小型の魔獣、ゼノスタンドの大群が横たわっている。
「なんだか隊長、タバコとか吸いそうな雰囲気」
「……気のせいだ」
仲間のレベッカも、平気そうな様子で死骸の間を歩いている。
この程度の魔獣が相手なら、まるで相手ではないとばかりに。
2人は、ここに間に合った。