第48話 ホープ
「急がなきゃ、急がなきゃ」
「いやぁ、大変デス」
ミサイル攻撃の後。突如体調を崩したクロバラを背負って、レベッカとメイリンは基地を目指す。
レベッカに背負ってもらいながら、クロバラの表情は悪くなる一方で。
「かはっ」
ついには、口から大量の血を吐き出した。
「だ、大丈夫デスか?」
流石にまずいと判断して。
レベッカは立ち止まると、クロバラを一旦地面に下ろした。
心配そうに、メイリンも側へとやって来る。
「……悪いな、レベッカ。血で汚した」
「いえいえ。血は大丈夫というか、むしろウェルカムなので。むしろ、隊長の方が心配デス」
「そうだよ、クロバラちゃん。急にこんなになるなんて、やっぱりおかしいよ。何か、病気とか?」
病気かと問われて、クロバラはどうしたものかと考える。
魔獣にしか効果がない、MGVキラーによって死にかけている。そんなこと、正直に言えるはずもない。そもそも、言った所で意味がない。
かつて製造に関わっているからこそ、キラーの効力は誰よりも理解していた。キラーは確実に、魔獣を殺す。だからこそ、ラグナロクによって魔獣をほぼ絶滅まで追い込むことが出来た。そして、魔獣を殺すためだけの兵器なため、特効薬など存在しない。
10年前のラグナロクと同じ。
今ここで、クロバラは魔獣として殺されようとしていた。
「わたしは、じきに死ぬ」
「きゅ、急にどうしたんデスか?」
「言って、いなかったが、持病みたいなものだ。それが、このタイミングで発症した」
そうとしか、言いようがない。
他に、上手い言い訳も思いつかない。
爆撃によって吹き飛ばされ、生み出された僅かな静寂。
滅びゆく街の中で、クロバラは自らの終わりを悟る。
「2人はわたしを置いて、早く逃げろ。じゃないと、魔獣に追いつかれるぞ」
「そんな、無理に決まってるよ!」
メイリンは、聞く耳を持たない。
レベッカも同様に、仲間を置いて逃げるつもりはない様子。
しかし、この僅かな時間が命取りになる。
静寂が、終わる。
「……メイリン、避けろ」
土煙をかき分けて。1体の魔獣、ゼノスタンドがメイリンの背後から襲いかかる。
メイリンは、クロバラに集中していたため反応できず。
「ッ」
鬼気迫る勢いで、レベッカが動き。
魔獣の心臓部へ、魔力製のナイフを突き刺した。
勝手について来たレベッカだが、彼女が居なければこれで終わっていただろう。
しかし、戦いはまだ終わらない。むしろ、始まったばかり。
風が吹き、土煙が去っていく。
気づけば周囲には、複数のゼノスタンドの姿が。
爆撃による攻撃程度では彼らは死なず、時間稼ぎも無意味となった。
無数の魔獣たちが、3人を包囲する。
◇
「いやぁ、困りましたねぇ〜」
飄々とした口調で。けれども目は本気のまま。レベッカは、デバイスによって両手にナイフを生成する。
それを、魔獣たちに向けて投擲するも。
避けられたり、弾かれたり。
直接攻撃ならともかく、ナイフの投擲程度なら、魔獣の反射神経を超えられない。
デバイスによって、この程度の武器ならいくらでも生成できる。けれども、魔獣たちは3人を囲んだまま、ジリジリと近づいてくる。
獲物を追い詰めた狩人のように。
レベッカ1人だけなら、ここからの逃亡も可能であろう。あるいは、撃退も可能かも知れない。
しかし、こちらにはクロバラとメイリンが居る。
2人を守りながらでは、彼女に出来る手段は限られていた。
数体の魔獣が、一気に飛びかかってくる。
「くっ」
死ぬ気で、最後の力を振り絞って。
クロバラが銃で狙おうとするも、視界が歪んでしまい。
仕方がなく、防御魔法へと切り替える。
流石の力で、魔獣たちの攻撃を食い止めるも。キラーの毒が、魔力にも影響しているのか。
美しい花は形を崩していき、すぐに消え去ってしまう。
「わたしが、2人を抱えて。そのまま基地まで飛ぶのは? 今のわたしなら、魔力も使えるし」
「それは中々、ナイスアイデアじゃないデスか」
メイリンとレベッカが、そのような会話をするも。クロバラは、それは無理だと悟る。
魔獣が混ざっているからこそ分かること。
いま自分たちを狙っているのは、この小型種だけではない。
もっと厄介なヤツが、潜んでいる。
それを伝えようと、クロバラは口を開くも。
「……」
もうすでに、言葉すらまともに発せない。
キラーの効力は衰えを知らず、クロバラは呼吸すら難しくなっていた。
(まったく。我ながら、大した兵器だ)
この兵器を開発した人間、10年前の自分を恨みながら。
クロバラの意識は、深い闇の中へと。
ゆっくりと、静かに。
「――おらぁ!! バースト!!」
凄まじい衝撃。
閃光によって、クロバラの意識は、現世に繋ぎ止められる。
知っている。
この力、この魔法。
その異名を持つ魔法少女を、クロバラは知っている。
「よぅ、チビ隊長。随分と苦しそうだな」
激しい雷撃によって、周囲の魔獣を吹き飛ばし。
3人の前にやって来たのは、弾けるような金髪の魔法少女。
閃光のティファニーが、危機へと駆けつけた。
◇
「ティファニーちゃん!? どうしてここに」
「うっせぇ! くそチビ! テメェが一番悪いんだぞ!!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい!」
颯爽と登場したティファニーであったが、とりあえずメイリンを激しく叱る。
自分が一番悪いのは百も承知なので、メイリンは謝るしかなかった。
「助けに来てくれるなんて。やっぱりティファニーは、わたしと相思相愛デスね〜」
「がぁ! テメェも黙ってろ! マジで、お前は一番理解できねぇからな」
「おー、抱きつきたい気分だけど、今は自重しときマス」
メイリンとレベッカ。
2人が無事なことを確認して、ティファニーは最後の1人へ。
今にも死にそうな、クロバラへと目を向ける。
「おい、まだ生きてっか?」
「……あぁ。だが、そう長くない」
「へぇ、そうかよ」
弱り切ったクロバラを見下ろしながら、ティファニーは笑みを浮かべる。
「だったら、今すぐ楽にしてやんよ」
「ちょ、ティファニーちゃん!?」
メイリンが戸惑うも、ティファニーの動きは素早く。
胸ポケットに大事にしまってあった、1本の注射器を取り出し。
それを、クロバラの首へと突き刺した。
「なっ」
まさかの行動に、クロバラも、他の2人も、理解が追いつかない。
やがて、注射器の中身を全て注入すると。
もう不要とばかりに、空っぽの注射器を焼き払った。
「何を、注射した?」
「んなこと知るかよ。ただまぁ、少佐からの最後の命令だからな」
「なに?」
どういうことかと、疑問に思っていると。
それ以上に驚くべきことが。
体内で暴れまわっていたキラーが、一気に沈静化していくような。
全身を浄化するかの如く。
不思議な感覚に包まれながら、クロバラは自身の手を握り締める。
(キラーの症状が、治まっていく? ワクチンが、あったのか)
先ほどまで、死すら覚悟していたのに。
魔獣特有の回復能力も相まって、クロバラの肉体は見る見るうちに回復していく。
願ってもいない奇跡だが、大きな困惑が。
(だがなぜ。魔獣にしか効果がない代物なのに、ワクチンの用意があった? 何のために?)
ガラテアに、自身の秘密を教えたのは今日である。
しかも、その後すぐに、魔獣による侵攻が始まった。
急いでクロバラのために急いでワクチンを生産するのは、時間的に不可能である。
つまりこのワクチンは、それより前から存在していたことになる。
何のため、誰のために作られたワクチンなのか。
疑問が湧き出るも、今は考えている時間じゃない。
「――あぁ、頭が冴えてきた」
クロバラは立ち上がると、自身のデバイス、名前のないハンドガンを構える。
雷撃によって吹き飛ばされた魔獣たちも、あの程度では致命傷にならず、再び戻ってきた。
しかし、先ほどとは事情が違う。
今のクロバラは、しっかりと生きている。
「――全員、伏せろ!」
その指示に、ティファニー含め、他のメンバーは頭を下げて。
同時に襲いかかってくる魔獣に対して、クロバラは銃口を向けた。
最も近い、3体。
時間差で襲いかかってくる、4体。
上空から奇襲してくる、2体。
全てを把握し、放ったのは、10発の弾丸。
まるで吸い込まれていくように、その弾丸は魔獣の心臓部へと。
寸分の狂いなく、狙い通りの軌道を描き。
瞬間。
10体の魔獣は、為す術なく撃ち殺さた。
だがしかし、これで終わりではない。
それがずっと近くにいることを、クロバラは気づいている。
「顔を見せろ」
デバイスに、より強度の高い魔力を詰めて。
高威力の弾丸を発射。
その直撃を受けて。
大型の魔獣、ゼノスパイダーのステルスが解除された。
存在を見破られた所で、ゼノスパイダーは臆したりはしない。
凄まじい速度で、クロバラたちの元へと突進を仕掛けてくる。
それに対するは、巨大な花。
魔力障壁によって、巨体の突進は受け止められた。
障壁にぶつかったことで、魔獣は体勢を崩し。
大量の花に覆われた腹部が、がら空きになる。
「お前で、最後だ」
どれだけ花が咲いていても、クロバラの目は誤魔化せない。
大量の花の中から、即死点を見抜かれて。
一発の銃声の後に、ゼノスパイダーは沈黙した。
「……ふぅ」
心地の良い気分である。
大量の魔獣を殲滅し、おまけに自由に息を吸うことが出来る。
それだけで、クロバラは満足であった。
「とりあえず、周囲の魔獣は一掃したぞ」
もう安全だと、他のメンバーに知らせるも。
ほんの刹那の攻防に、全員、呆然としていた。
「いや、テメェ。バケモンかよ」
「失敬な。これくらい、射撃の腕を上げれば誰にでも出来る。大事なのは訓練だ」
眼帯をつけた、小さな魔法少女。
一体彼女は、どこでそんな訓練を受けてきたのか。
ツッコミどころが多すぎて、もはや言葉が出なかった。
◇
「それで、ティファニー。まさかお前、ここまで単独で来たのか?」
「なわけあるかよ」
そう言って、ティファニーはポケットに手を突っ込むと。
取り出した小さな機械を、耳へと装着した。
「こちらティファニー。全員無事だ。魔獣はいねぇから、高度を下げていいぞ」
『了解』
すると、大きな風が。
上空から、何かが近づいてくる。
だがしかし、それが何なのかが分からない。
クロバラの目でも、視認することが出来ない。
『船体下部のステルスを解除する。30秒で搭乗してくれ』
「あいよ」
そうして、それは姿を現した。
クロバラの目でも見破れないほど、高性能な光学迷彩を解除して。
巨大な飛行機が、彼女たちの前へと姿を現す。
「こいつが、少佐からの贈り物。機体名、ホープだ」
名は体を表す。
最後の希望の下に、アンラベルのメンバーは揃った。