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第29話 残月

第29話 残月





 アジア連合軍、北京基地にて。将校たちが集まり、ある1つの議題について話し合っていた。

 議題となっているのは、新種の魔獣について。アジアだけでなく、人類そのものを脅かしかねない存在に、みな真剣な表情で話し合う。




「こちらが先月、七星剣によって討伐された個体になります。そしてこちらが、先日の列車事件で確認された個体。どちらも同種であり、生物学上、魔獣であると判断されました」




 大きな写真が数枚、貼り出される。二足歩行をする小型の魔獣と、クモのような姿をした大型の魔獣。どちらも、大戦時には確認されていない新種の魔獣であった。




「こちらの小型種は、人間に近い形状をしており、体毛が一切なく、顔には口以外の器官が存在していません」




 小型種の詳細資料が映し出され、何人かの将校は顔をしかめる。人間に似たようで、それでいて全く異なる生物。嫌悪感を抱くのは、無理もないことであった。




「小型種とはいえ、その戦闘能力は旧世代の魔獣とは比べ物になりません。七星剣がある程度の余裕を持って対処を行い、戦力を分析した結果。この小型種は、単体でも平均的な魔法少女に匹敵すると想定されます」




 小型の魔獣でも、魔法少女に匹敵する。その事実に、将校たちは驚きを隠せない。

 魔獣との大戦、ラグナロクの終結により、軍の魔法少女は当時よりも少なくなっている。

 だというのに、敵は当時よりもずっと強くなっていた。




「続いて、このクモのような大型種ですが。強靭な肉体と、小型種すら凌駕するスピード。なおかつ、ステルス能力を有することから。総合的な戦闘力は、上級魔法少女に匹敵、あるいは凌駕すると考えられます」




 小型種ですら、魔法少女に匹敵し。大型になると、手練れの魔法少女をも上回る。

 10年前では考えられない魔獣の力に、軍人たちは言葉を失う。




「まだまだ謎の多い新種ですが。この小型の個体を、ゼノ・スタンド。大型を、ゼノ・スパイダーと名付けることにしました。今後、新たな種が確認されるかは不明ですが。頭にゼノが付く個体は、新世代という認識でお願いします」




 確認された、2種の新型魔獣。

 戦争から10年が経ち、ようやく平穏を手に入れた人類にとって、それはあまりにも残酷な現実であった。


 もはや、魔獣に生き残りが居たことは間違いない。人類と魔獣の戦争は、まだ終わってはいなかった。




「だが、奴らはどこで生き延びていたんだ? この10年間、我々だけでなく、イギリスの連中も魔獣の痕跡を見つけることが出来なかった。奪還したユーラシア大陸、アフリカ大陸にも、どこにも魔獣は存在しなかった」


「そもそも、だ。MGVキラーは地表に撃ち込むと、地下深くまで効果があったはず。たとえ、奴らが植物のように根を張り、生き延びようとしても、殲滅できる性能だったはずだ」


「キラーの性能に不具合はなかった。事実、魔獣が耐性を獲得する暇もなく、短期決戦で駆逐できた。あの戦争は、確かに我々の勝利だった」




 軍人たちは、なぜ、どうしてと考える。


 この10年間、彼らものうのうと過ごしていたわけではない。魔獣の生き残りが、どこかに存在しているかも知れない。その可能性がゼロになるまで、徹底的に各地を調査していた。

 そのうえで、この10年間、一度たりとも魔獣の生き残りは確認されなかった。


 だからこそ、彼らは今回の新種の出現に困惑する。


 すると、1人の軍人が、恐る恐る手を挙げた。

 彼は階級こそ高くないものの、この場にいる誰よりも新種の情報には詳しかった。




「仮説が、1つあります。考えたくもない話ですが」




 彼の声は、震えていた。自分の口から出す、恐ろしい仮説に。




「研究チームから報告で、新種の魔獣全てから、微量の放射線が確認されています。人類に影響を及ぼすほどの放射線ではありませんが。そのパターンは、隕石のそれに近いものがあると」




 新種の魔獣から検出された、微量の放射線。

 その情報に加えて、彼は大戦時の古い記録を提示する。




「10年前、この情報は大して意味がないとして、端の方に捨てられていました。ですが、今一度、見てみてください」




 それは、地図。

 世界各地、複数の地点にマークが示してあった。




「ラグナロクの最中。複数の魔獣密集地にて、原因不明の爆発が確認されています。一部の魔法少女による独断専行、あるいは魔獣の自爆など。それらの憶測から、この爆発はそれほど問題視されませんでした。ですが、同時にこのような報告も上がっています」




――爆発と同時に、何かが空に飛んでいった。




 それは、当時の魔法少女が発した証言。魔獣殲滅の真っ只中だったため、詳しい調査は行われなかったものの。

 魔獣たちの間で、人類の関与しない爆発が起こり、そして何かが宇宙へ解き放たれた。


 その事実が、今の今となって明るみに出る。




「まさか、魔獣は宇宙へ逃げていたと?」




 動揺の声が、部屋中に波及する。

 突拍子もない話だが。それなら、今まで魔獣が発見されなかったことにも説明がつく。なぜなら敵は、手の届かない場所へ逃げていたのだから。




「だが、それは不可能のはずだ。知っての通り、魔獣の起源は植物にある。奴らの活動には、酸素が必要不可欠だ。その特性のおかげで、島国である日本がアジア最後の砦になった。奴らは空も飛ばないしな」




 数百年間、人類が魔獣に滅ぼされなかった理由。それは魔法少女の存在も大きいが、魔獣自身の特性によるものも多かった。

 魔獣は植物を起源にする存在で、様々な生物の形態を模倣する。大型の捕食動物を模倣し、その牙で人類の脅威となってきた。しかし、根っこが植物であるゆえか。彼らは地上から離れることが出来ず、長きに渡る戦争でも、飛行型の魔獣は確認されなかった。

 水中に適応した魔獣も非常に稀であり。島国である日本は、人類にとっての最重要拠点として活躍した。




「ですが、魔獣の適応能力はご存知でしょう? 我々が銃火器を生み出せば、それに耐え得る装甲を生み出し。我々が壁を築けば、それを打ち破るパワーを手に入れた。そんな彼らが、もしも絶滅の危機に瀕したら? その際に発揮される力は、もはや想像も出来ません」




 MGVキラーと。それを用いた電撃作戦、ラグナロク。それにより、人類は魔獣を徹底的に駆除することが出来た。だがそれと同時に、かつて無いほどに敵を追い込んでしまったことになる。

 手負いの獣は恐ろしい。それは、魔獣にも当てはまることであった。




「宇宙に発射された彼らの種が、もしも月へと辿り着いていたら。学者の中には、月には微量の酸素や、水が存在すると考える者もいます。適応能力に優れた魔獣なら、その環境下でも生存が可能かも知れません。……いえ、ほぼ確実に生き延びるでしょう」




 追い込まれた魔獣と、彼らの下した決断。それは、ある種の賭けだったのかも知れない。彼らは宇宙を知らない、月で生き延びられるという保証もない。けれども、このままでは人類によって滅ぼされると察し、僅かな希望を空へと託した。

 そして、彼らはその賭けに勝った。




「この10年間。我々は取り戻した土地にばかり目をやって、頭上を見上げることをしなかった。それが、今回の事態を招いた原因です」




 魔獣はどこで生き延び、どこで進化したのか。


 答えは、すぐそこに。


 いつでも見える場所に、彼らは潜んでいた。






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