目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第34話 最高の兵士

第34話 最高の兵士





 夜。


 軍人としての初日を終えたクロバラは、宿舎の屋根の上で1人、星空を眺めていた。


 屋根の下からは、メンバーたちの会話の声が聞こえてくる。

 幼い新人に、問題児と、軍隊としては不安の残る面々だが。個々人の相性はそれなりに噛み合っているらしく、その雰囲気にクロバラは妙な安心感を抱いていた。


 特殊な部隊ではあるものの、なんとかやっていける。時間をかけていけば、きっと良い部隊になる。

 そう想いながら、1人で星を眺めるものの。


 そこへ、来訪者が1人。




「……ちょっと、手を」




 屋根に登ろうとしているのは、アンラベルの指揮官であるガラテア少佐。


 どうやら、彼女はあまり魔法が得意ではないのだろう。屋根を登るのも一苦労という様子で。

 クロバラの補助もあり、ようやく登ることが出来た。




「探したわよ。なんでこんな場所に登ってるの?」


「すみません。色々と、思うことがあったので」




 空を眺めて、クロバラが思うこと。それはアンラベルという部隊に関することでもあるが。


 何よりも、自分自身に対して思うことがあった。


 まさか自分が、軍の魔法少女として、銃を握る日が来るとは。

 その現実が、何よりも不思議でたまらない。


 そんな彼女の内心を思ってか、ガラテアは微笑みを浮かべる。




「普通、あなたくらいの年の子は、お友達とお喋りをするんじゃない?」


「個性ですよ。わたしは、あまり明るい性格ではないので」




 だから、こうして1人で居る。

 他のメンバーとは混ざらずに、見えない壁を作る。




「そう? てっきり、年が違いすぎて、話が合わないのかと思ったけど」


「どういう意味でしょう」


「そのままの意味よ」




 ガラテアは、まっすぐにクロバラを見つめる。

 まるで、全てを見透かすかのように。




「精神年齢で言えば、ほとんど親子みたいなものでしょ? あなたと、他の魔法少女では」


「それは……」




 理解が追いつかない。

 目の前の人間は、一体何を知っているのか。


 クロバラは、動揺する。




「誤魔化すのが下手なのね。最高の兵士と言っても、完璧ってわけじゃないのかしら」




 それは、知る者の限られた秘密。

 少なくとも、ガラテアの知るはずのない情報。




「ねぇ。ラグナロクの亡霊、――クロガネさん」




 クロバラではなく、クロガネ。

 その名を知るのは、当時を知る人間のみ。


 ガラテアは、その秘密へと手を伸ばした。















「なぜ、知っている」




 クロバラは、目の前の人物への警戒を最大限に高める。


 なぜならその秘密を知るのは、限られた知人のみ。

 音速のオクタビアや、シャルロッテなど。大戦を生き延びた、数人の魔法少女しか居ないのだから。




「そんなに警戒しないでちょうだい。わたしがあなたに気づいたのは、ほんの偶然から。わたし以外に知る者は居ないから、安心して」




 両手を軽く挙げて、ガラテアは無害をアピールする。




「あなたの正体に気づいたのは、入隊試験の時よ。ほら、適性検査のエラー、あれで気付いたの」




 それは、クロバラとガラテアが出会った時のこと。

 つまりほぼ最初から、彼女はクロバラの正体に気がついていたことになる。




「あの適性検査は、シックスベースとの適合率を調べるものだったの。つまり、兵士としての資質、精神性が、どれだけ優れているのか。……というより、どれだけ最高点に近いのか」




 ガラテアが口にするのは、シックスベースについて。

 文字通り、その基礎についての話。




「シックスベースの理論を考えたのは、今はなき天才、プリシラよ。あなたの当時の同僚かしら」




 ガラテアの問いに対して、クロバラは無言で応える。

 それが、事実を示していた。




「プリシラは当時から分かってたのね。魔法少女という存在の、構造上の欠陥を」


「構造上の、欠陥?」


「ええ。多くの魔法少女を育てた、あなたなら分かるはず。兵士として考えた場合、魔法少女がどれだけ不完全なものなのか」





 兵士とは、魔法少女とは。


 過去と現在の天才は、同じ問題点を見つめていた。





「魔法少女は、少女のまま止まっている。まぁ、少女の姿じゃないと、魔法が使えなくなるから、それは仕方ないんだけど。残念なことに、止まっているのは外見だけじゃなくて、内面もなの。つまり、どれだけの経験、どれだけの訓練を積んでも、魔法少女の精神は成長しない。だって、成長してしまったら、それはもう少女じゃないでしょ?」




 それこそが、魔法少女の欠陥。

 少女であるがゆえに、その性能には明確な限界点が存在する。




「だから、プリシラは考えたのね。自分の知る、最高の兵士。20世紀に実在した、とある成人男性。その精神を基準にして、兵士として重要な要素を抽出する。それこそが、シックスベースの基礎。そして、プリシラが選んだその兵士こそ、あなただった」




 ガラテアが、クロバラに対して指をさす。

 そこにいるのは、眼帯をつけた幼い少女。けれども、その内面は見た目通りではない。




「名前は、クロガネ。ラグナロク周りのゴタゴタで、ほとんど情報は失われてしまったけど。わたしは辿り着いたわ、あなたの存在にね」


「……なるほど、合点がいった。だから、検査でエラーが出たのか」


「ええ、お察しの通り」




 適性検査は、兵士としての資質を確かめるもの。どんな人間が試験を受けても、必ず何らかの結果が出るはず。

 しかし、その唯一の例外が現れてしまった。




「プログラムも誤作動を起こすわけね。だって、シックスベースの元になったのは、10年前に亡くなった最高の兵士。あなたの精神が、そのまま基準になってるんだから。ご本人登場で、結果、白紙の検査用紙が吐き出されていた。それが、あのエラーの真相」




 適合率を測ろうにも、基準と寸分違わない人間が現れてしまったのだから。

 その矛盾に、プログラムは対応していなかった。




「1つ、質問してもいいかしら。10年前に死んだ人間が、どうして今も生きてるの? それも、性別も年齢も、全く異なる存在として」


「悪いが、そこはわたしも理解していない。気づいたら、この姿で目を覚ましていた」


「……それって、上海にある研究所よね。あなた、そこから脱走したんでしょ?」


「そこまで知っているのか」


「ええ、もちろん。上層部は隠そうとしてるけど、わたしには無意味。魔獣の瞳を持った少女が、研究所から脱走。以後、その消息は掴めていない。本当、世の中馬鹿ばっかよね」




 ある意味において、ガラテアはクロバラのことを本人以上に知っていた。




「パラサイト。それが、軍の付けたあなたの名前よ」




 そう言って。

 ガラテアが差し出したのは、1つの資料。


 凍結されたプロジェクト、リインカーネーション計画と。

 その唯一の実験体、プロトタイプについての資料であった。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?