第34話 最高の兵士
夜。
軍人としての初日を終えたクロバラは、宿舎の屋根の上で1人、星空を眺めていた。
屋根の下からは、メンバーたちの会話の声が聞こえてくる。
幼い新人に、問題児と、軍隊としては不安の残る面々だが。個々人の相性はそれなりに噛み合っているらしく、その雰囲気にクロバラは妙な安心感を抱いていた。
特殊な部隊ではあるものの、なんとかやっていける。時間をかけていけば、きっと良い部隊になる。
そう想いながら、1人で星を眺めるものの。
そこへ、来訪者が1人。
「……ちょっと、手を」
屋根に登ろうとしているのは、アンラベルの指揮官であるガラテア少佐。
どうやら、彼女はあまり魔法が得意ではないのだろう。屋根を登るのも一苦労という様子で。
クロバラの補助もあり、ようやく登ることが出来た。
「探したわよ。なんでこんな場所に登ってるの?」
「すみません。色々と、思うことがあったので」
空を眺めて、クロバラが思うこと。それはアンラベルという部隊に関することでもあるが。
何よりも、自分自身に対して思うことがあった。
まさか自分が、軍の魔法少女として、銃を握る日が来るとは。
その現実が、何よりも不思議でたまらない。
そんな彼女の内心を思ってか、ガラテアは微笑みを浮かべる。
「普通、あなたくらいの年の子は、お友達とお喋りをするんじゃない?」
「個性ですよ。わたしは、あまり明るい性格ではないので」
だから、こうして1人で居る。
他のメンバーとは混ざらずに、見えない壁を作る。
「そう? てっきり、年が違いすぎて、話が合わないのかと思ったけど」
「どういう意味でしょう」
「そのままの意味よ」
ガラテアは、まっすぐにクロバラを見つめる。
まるで、全てを見透かすかのように。
「精神年齢で言えば、ほとんど親子みたいなものでしょ? あなたと、他の魔法少女では」
「それは……」
理解が追いつかない。
目の前の人間は、一体何を知っているのか。
クロバラは、動揺する。
「誤魔化すのが下手なのね。最高の兵士と言っても、完璧ってわけじゃないのかしら」
それは、知る者の限られた秘密。
少なくとも、ガラテアの知るはずのない情報。
「ねぇ。ラグナロクの亡霊、――クロガネさん」
クロバラではなく、クロガネ。
その名を知るのは、当時を知る人間のみ。
ガラテアは、その秘密へと手を伸ばした。
◇
「なぜ、知っている」
クロバラは、目の前の人物への警戒を最大限に高める。
なぜならその秘密を知るのは、限られた知人のみ。
音速のオクタビアや、シャルロッテなど。大戦を生き延びた、数人の魔法少女しか居ないのだから。
「そんなに警戒しないでちょうだい。わたしがあなたに気づいたのは、ほんの偶然から。わたし以外に知る者は居ないから、安心して」
両手を軽く挙げて、ガラテアは無害をアピールする。
「あなたの正体に気づいたのは、入隊試験の時よ。ほら、適性検査のエラー、あれで気付いたの」
それは、クロバラとガラテアが出会った時のこと。
つまりほぼ最初から、彼女はクロバラの正体に気がついていたことになる。
「あの適性検査は、シックスベースとの適合率を調べるものだったの。つまり、兵士としての資質、精神性が、どれだけ優れているのか。……というより、どれだけ最高点に近いのか」
ガラテアが口にするのは、シックスベースについて。
文字通り、その基礎についての話。
「シックスベースの理論を考えたのは、今はなき天才、プリシラよ。あなたの当時の同僚かしら」
ガラテアの問いに対して、クロバラは無言で応える。
それが、事実を示していた。
「プリシラは当時から分かってたのね。魔法少女という存在の、構造上の欠陥を」
「構造上の、欠陥?」
「ええ。多くの魔法少女を育てた、あなたなら分かるはず。兵士として考えた場合、魔法少女がどれだけ不完全なものなのか」
兵士とは、魔法少女とは。
過去と現在の天才は、同じ問題点を見つめていた。
「魔法少女は、少女のまま止まっている。まぁ、少女の姿じゃないと、魔法が使えなくなるから、それは仕方ないんだけど。残念なことに、止まっているのは外見だけじゃなくて、内面もなの。つまり、どれだけの経験、どれだけの訓練を積んでも、魔法少女の精神は成長しない。だって、成長してしまったら、それはもう少女じゃないでしょ?」
それこそが、魔法少女の欠陥。
少女であるがゆえに、その性能には明確な限界点が存在する。
「だから、プリシラは考えたのね。自分の知る、最高の兵士。20世紀に実在した、とある成人男性。その精神を基準にして、兵士として重要な要素を抽出する。それこそが、シックスベースの基礎。そして、プリシラが選んだその兵士こそ、あなただった」
ガラテアが、クロバラに対して指をさす。
そこにいるのは、眼帯をつけた幼い少女。けれども、その内面は見た目通りではない。
「名前は、クロガネ。ラグナロク周りのゴタゴタで、ほとんど情報は失われてしまったけど。わたしは辿り着いたわ、あなたの存在にね」
「……なるほど、合点がいった。だから、検査でエラーが出たのか」
「ええ、お察しの通り」
適性検査は、兵士としての資質を確かめるもの。どんな人間が試験を受けても、必ず何らかの結果が出るはず。
しかし、その唯一の例外が現れてしまった。
「プログラムも誤作動を起こすわけね。だって、シックスベースの元になったのは、10年前に亡くなった最高の兵士。あなたの精神が、そのまま基準になってるんだから。ご本人登場で、結果、白紙の検査用紙が吐き出されていた。それが、あのエラーの真相」
適合率を測ろうにも、基準と寸分違わない人間が現れてしまったのだから。
その矛盾に、プログラムは対応していなかった。
「1つ、質問してもいいかしら。10年前に死んだ人間が、どうして今も生きてるの? それも、性別も年齢も、全く異なる存在として」
「悪いが、そこはわたしも理解していない。気づいたら、この姿で目を覚ましていた」
「……それって、上海にある研究所よね。あなた、そこから脱走したんでしょ?」
「そこまで知っているのか」
「ええ、もちろん。上層部は隠そうとしてるけど、わたしには無意味。魔獣の瞳を持った少女が、研究所から脱走。以後、その消息は掴めていない。本当、世の中馬鹿ばっかよね」
ある意味において、ガラテアはクロバラのことを本人以上に知っていた。
「パラサイト。それが、軍の付けたあなたの名前よ」
そう言って。
ガラテアが差し出したのは、1つの資料。
凍結されたプロジェクト、リインカーネーション計画と。
その唯一の実験体、プロトタイプについての資料であった。