第35話 RE:終わりの日(上)
――10年前。
耳をつんざくほどの轟音。激しい風と共に、複数の軍用ヘリが飛び立っていく。
あのヘリに積まれている物資こそ、歴史を変える存在、戦争を終わらせるための生物兵器である。
MGVキラーと、それを用いた電撃作戦、オペレーション・ラグナロク。
その決行が、人類の命運を握っていた。
物資を積んで、飛び立っていくヘリを、地上から見送る男が1人。
左目には眼帯を、表情は渋く、威厳を感じさせる。服装の装飾からして、この施設でもかなり役職の高い人物なのだろう。
そんな彼のもとに、1人の少女が寄ってくる。
「では、クロガネ教官。わたしも、これにて失礼します」
「局長だ。いい加減、教官はよせ」
金髪のボブカットで、服装はまるで軍人のよう。
彼女こそが、人類の要、魔法少女と呼ばれる者の1人であった。
「お前は、作戦には参加しないと聞いたが」
「ええ。前回の戦いで、少々深手を負いまして。こう見えて、立っているのもやっとなんですよ?」
「あまり無茶はするなよ。魔法少女とはいえ、人間であることに変わりない」
クロガネと呼ばれた男と、金髪の魔法少女。2人は、それなりに見知った仲なのだろう。気兼ねなく会話を交わす。
「わたし、もしもこの戦争が終わったら、魔法少女を引退するつもりなんです。お酒を出す店、バーを経営するのが夢なので」
「そうか。魔法少女は退職金も多い、お前ならやっていけるだろう」
「ええ。お店が完成したら、ぜひ教官もお越しになってください」
「考えておく」
それで、会話は十分と。金髪の魔法少女は、ヘリを追うように空へと飛び立っていった。
空を飛ぶことなど、彼女たちにとっては造作もないことなのだろう。
クロガネも、それを見て思うことはない。
ただこれで、全てが終われば、それでいい。
「……」
兵器を積んだヘリと、魔法少女の姿が小さくなっていく。
それを眺めながら、クロガネは咥えたタバコに火を点けた。
様々な感情が、彼の中では巡りゆく。これで戦争が終わる、平和な時代が訪れる。無論、それは作戦が成功すればの話だが。
この数年間、人類は魔獣との戦争に明け暮れ、平和という言葉を遠の昔に忘れていた。ゆえに、これからの世界というものが想像できない。
そうやって1人、夕暮れでたそがれていると。
「――お父さん、タバコはだめ!」
「おっと、まさかお前に見つかるとはな」
現れた少女の声に、クロガネは慌ててタバコを携帯灰皿へと捨てた。
「それで、どうしてここに来た?」
クロガネの元へやってきたのは、まだ幼さが隠せない、10代序盤ほどの少女。
鮮やかな赤髪が特徴的で、クロガネとはあまり似ていない。
「今日のテレビ、ニュースばっかでつまんないから」
「……そんな理由で来たのか」
それでも、可愛くて仕方ないのだろう。
クロガネは、愛する娘の頭を撫でた。
「大丈夫だ。これからきっと、もっと色々なテレビが増えていくぞ。お前の好きなアニメだってな」
「本当!?」
「ああ。映画館だって増えるぞ。そうしたら、いっぱい映画を――」
――見に行こう。
そう言おうとした刹那、甲高いサイレンの音が周囲に鳴り響く。
明らかに、異常事態が起きていた。
「何だと? ……おい、どうなっている」
クロガネは通信機を取り出すと、それに問いかける。
『れ、レーダーに多数の反応あり。南西の方角から、魔獣が大挙して押し寄せています。少なくとも、中隊以上かと』
「……ここの防衛設備では、どうしようもないか」
判明している情報から、クロガネは冷静に考える。
『軍に、応援を要請しますか?』
「いいや。出動可能な魔法少女は、皆ラグナロクに参戦予定だ。ここに戦力を割く余裕はない」
あくまでも優先すべきは、人類のため、未来のため。
そのためならば、多少の犠牲はやむを得ない。
「館内全域に伝えろ。これより、我々は当施設を放棄する。全ての職員は、直ちに作業を中止し、避難を開始しろ」
『りょ、了解しました!』
クロガネの一言で、施設全域に避難指示が発令される。
それによって、職員たちは慌ただしく。それでいて、冷静に避難をし始めた。
「ツバキ、お前はバスに乗れ。正門前だ、分かるな?」
「う、うん」
まだ幼い少女だが、彼女も事態を理解しているようだった。
「お父さんは?」
「俺は、まだやり残した仕事がある。だがすぐに終わらせて、避難には間に合うだろう」
「本当? 約束?」
「ああ、心配するな」
クロガネは、ツバキの頭を撫でる。
「週末、映画館に連れて行ってやる。朝から夜まで、好きな映画を見ていいぞ」
「……約束だよ?」
「ああ。約束だ」
何も心配はいらない。そう念を押して、ツバキは1人で避難場所へと向かっていった。
彼女はこの施設へよく来るため、道に迷うこともないだろう。
(……勘が、当たっていると良いが)
自分は、自分に残された仕事を。
クロガネは表情を変えると、施設の中へと向かった。