目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第36話 RE終わりの日(中)

第36話 RE:終わりの日(中)





 魔法技術開発局、その中でも、深部と呼ばれる場所。

 ほとんどの職員が知らない極秘の研究室へと、クロガネはやって来る。


 するとそこでは、すでに1人の女性職員が急いだ様子で作業を行っていた。




「やはり来ましたか」


「ああ。これを、そのままにはしておけないからな」




 彼が来ることを、まるで確信していたかのように。女性職員は見向きもせずに、作業を続ける。

 クロガネも同様に、隣で別の作業を開始した。




「凍結中の心臓は、全て保管庫へと移送中です。局長は各種実験データの方をお願いします」


「ああ、言われなくても。これは戦争が終わった後にも、役に立つ代物だからな」




 他の職員には、急ぎ避難するように言っておきながら。それでもこの2人は、この重要な作業を全うする。

 これらの研究だけは、失うわけにはいかなかった。




「正直、来てくれて助かりました。わたしだけでは、終わるかどうか心配だったので」


「気にするな」




 サイレンが鳴り止まない。タイムリミットが、刻一刻と迫っている。

 それでも2人は黙々と作業を進め。


 全ての物資、機材が地下の保管庫へと移送された。




「よし、死ぬ前に逃げるぞ」


「はい」




 作業が終わり。クロガネと女性職員は、急いでその場を後にした。















 激しい轟音、何かが壊れ、崩れ落ちる音。それらが遠くから聞こえる中、2人は施設の中を駆けていく。


 すでに敵は、この施設へ到達しているらしい。

 それでも2人は、焦ってはいなかった。




「概ね、想定通りか」


「ええ。避難に必要な時間はありましたし、残っているのは我々だけでしょう」




 迅速な避難指示により、すでに職員たちは避難し。彼らを除いて、施設はすでにもぬけの殻になっていた。

 敵の魔の手、魔獣の襲撃は避けられないが、それでも守るべきものは守られる。


 ならばもう、この場所に用はない。




「前に言っていたよな? 飛行くらいは可能だと」


「ええ、任せてください。日々衰えは感じていますが。局長を抱えて飛ぶくらいなら、まだ出来ます」




 その女性職員も、かつては魔法少女と呼ばれる存在だったのだろう。

 その体に、鮮やかな光が纏わりつき。魔法の発動準備が整う。




「多少重いだろうが、任せたぞ」


「ええ」




 大柄な男性であるクロガネを、背後から抱えるようにして。女性職員の体は、宙へと浮かび。

 ゆっくりとだが、飛行を開始する。


 少し上空へと上がれば。

 彼らの拠点、魔法技術開発局は魔獣たちによる侵略攻撃を受け始めていた。


 この場所に思い入れは強いが、命を犠牲にしてまで守るものなど存在しない。

 ゆえに加速、急ぎ離脱をはかる2人であったが。




「……今のは」


「どうした?」




 施設から離れようという中、女性職員が何かに気づく。




「いえ、魔力のようなものを感じたのですが。施設に他の魔法少女は居ないので、おそらく気のせいでしょう」




 彼女は確かに一瞬、施設の方向から魔力のようなものを感じ取った。だがしかし、それはあり得ない話である。

 自分の衰えが招いた錯覚である、そう判断するも。




「いや」



 クロガネは、嫌な予感がしていた。




「すまないが、戻ってくれ」


「ですが、今はもう感じません」


「それでもだ。たとえ微弱でも、魔力を放つ可能性は、魔法少女以外にもある」


「……了解しました」




 クロガネの直感を信じて。

 2人は避難を中断し、施設へと戻っていった。















 その生き物は、歪であった。

 おおよそ、まともな進化の果てに生まれてきた存在ではない。


 強靭な四肢や、鋭い爪は肉食獣のようで。それでいて、背中からは植物の蔓のようなものが無数に生えている。



 これこそが、魔獣。

 人類と真っ向から対立する、天敵と呼べる生き物である。



 そんな魔獣と対するのは、怯えて、地面に座り込んでいる1人の少女。

 父親を心配するあまり、残るという選択をしてしまった、愚かな1人の少女である。


 相手がどのような者であろうと、魔獣の行動は変わらない。

 ただ、殺す。踏み潰す。

 それを実行するために、強靭な爪を振るおうとして。




 一発の銃声が鳴り響く。


 たった、それだけで。

 強大な魔獣は、事切れたかのように崩れ落ちる。




「え」




 魔獣の後頭部には、弾丸が命中した痕と。それによって貫かれた、一輪の花があった。

 その花こそが、魔獣の生命線だったのだろう。




「ツバキ、どうしてここにいる?」




 銃を片手に、クロガネが側へと降り立つ。

 どうやら弾丸は、彼が撃ったものらしい。


 父親が助けに来てくれた。その事実に、ツバキは涙を滲ませ。

 親子が無事に再会できたことに、女性職員は安堵の表情を浮かべた。




「……だって、バスに来なかったから」


「言っただろう、俺は大丈夫だと」




 なにはともあれ。こうして最悪を回避できたことに、クロガネは心の底から安堵する。

 もしも、ここで娘を失っていたら、そんなことは考えたくもない。 


 二度と離すものかと、ツバキを大切に抱きしめる。


 だがしかし、悠長にしている時間はない。

 偶然、一体倒すことが出来ただけで、魔獣は大勢やって来ているのだから。




「プリシラ、一人増えても平気か?」


「ええ、まぁ。子どもならなんとか」




 元々、立派な成人男性を抱えていたのである。女性職員、プリシラにとって、子ども一人など誤差に過ぎなかった。



 これでようやく、完全に避難が出来る。

 そう思った矢先、



 空気が圧縮されるような、微かな音。

 それに気づけたのは、クロガネだけであり。





「――避けろ!」





 考えるより前に、彼はプリシラとツバキを突き飛ばし。

 それとほぼ同時に、何かが発射されるような音が鳴った。



 潰れるような、鈍い感触。

 クロガネの左腕が、軽々と宙を舞う。




「ぐっ」




 その光景に、突き飛ばされた2人はただ呆然と。

 流石のクロガネも、片腕の喪失は痛手であった。




 目を向けてみれば、こちらへ近づいてくる一匹の魔獣の姿が。

 それは先ほどの個体とは違い、ゆっくりと四足歩行をする亀のような姿をしており。背中にあたる部分には、無数の砲台のような器官が備わっていた。


 そこから射出された弾丸が、クロガネの左腕を吹き飛ばしたのだろう。




(射撃特化の個体。現役の魔法少女ならまだしも、今のプリシラでは)




 ここに残っていたのが、兵士として数えられる、現役の魔法少女であったなら。きっと、別の方法があったのだろう。

 だがしかし、今は選べる選択肢が限られていた。


 そしてクロガネは迷うこと無く、たった一つの選択肢を選ぶ。




「……プリシラ、ツバキを抱えてここから離脱しろ。なるべく低空飛行でな。それまで、俺が奴の注意を引く」




 たとえ左腕を失っても、戦う力が無くなったわけではない。

 慣れ親しんだハンドガンを右手に、クロガネは魔獣へ弾丸を放った。




「ですが、局長は」


「冷静に考えろ。射撃タイプに狙われながら、お前はここを離脱できるのか?」


「それは」


「娘を、ツバキのことを頼んだ。俺のようにならないよう、できれば面倒を見てやってくれ」




 彼の心は、すでに決まっていた。


 自分にできること。助けられる命があること。

 大切な存在のためならば、人は自分の命すら懸けられる。




「お父さん?」


「……」




 娘の声に、クロガネは振り向かない。

 きっと、もう二度と。




「行け! プリシラ」


「……どうか、ご武運を」




 彼の意図を汲んで、プリシラも覚悟を決めたのか。

 ツバキを抱きしめると、飛行の準備をする。


 その小さな少女だけが、未だに状況を理解できていなかった。




「――お父さん!」




 プリシラに抱えられながら、ツバキが叫ぶ。

 何度も、何度も。


 空を飛んで、離れていっても。

 聞こえてくる声に、クロガネは振り向かない。




――全てが、銃声に掻き消される。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?