第37話 RE:終わりの日(下)
――全てが、銃声に掻き消される。
射撃タイプの魔獣、それが攻撃できないように。
クロガネは眼球に相当する部位をハンドガンで狙い撃つ。
先ほど倒した魔獣とは違い、一発で倒せるような相手ではない。
正確には、弱点の場所が分からない。
ゆえに、目を潰す必要があった。
視えるのは、右目のみ。使えるのは、右手のみ。
それは、どれほどの腕前なのだろうか。
一切の弾丸を無駄にすることなく、クロガネは敵の目を正確に潰していた。
「どうした、魔獣。その図体は見掛け倒しか?」
いかに魔獣といえども、視界を潰されては射撃を行えない。
再生しようとする部位を、絶え間なくクロガネは狙い続ける。
(弱点はどこだ? できれば、倒してやりたいが)
魔獣には必ず、弱点となる箇所がある。最初の魔獣を一撃で倒せたのも、その弱点を撃ち抜くことが出来たから。
そんな事を考えつつ、クロガネが足止めを行っていると。
また別の個体。素早い狼のような魔獣が、彼の横を通り過ぎようと。
だがしかし、
「させん」
娘たちの元へは行かせない。
それだけの意思、覚悟で、クロガネの能力は限界まで引き出される。
器用に銃を咥えて、片手でマガジン交換をし。走り抜けようとする魔獣の足を撃ち抜いた。
「ふぅ……」
痛みも疲れも関係ない。
魔法少女という例外を除き。たった一人で魔獣を相手取れる人間が、彼の他にいるだろうか。
彼は決して、特別な人間ではない。
その肉体と、一丁の拳銃。それによって成せる現象を、限界まで引き出しているに過ぎない。
ただの凡人、ただの兵士であった。
ゆえにこそ、限界は訪れる。
ただの人間は、決して彼ら魔獣には敵わないのだから。
風を切るような音が、刹那に通り過ぎ。
気づけば、クロガネの左胸に、大きな穴が空いていた。
「……目は、潰したはずだったが」
憎いような、悔しいような。
そんな感情を滲ませつつ、彼は地面に崩れ落ちる。
左目が見えなくても、左手を失っても戦えるが。
流石に、左胸は致命傷だった。
(音で、位置を掴んだのか)
残された右目で、クロガネは魔獣の姿を睨みつける。
(戦いの中で成長するとは。人間だったら、いいセンスだ)
そんな、くだらないことを考えてしまう。
久々に教官と呼ばれて、古い記憶が蘇ったのか。
(……ツバキ)
願わくば、どうか。
この死が無駄にならないように。作戦、ラグナロクが成功するように。
これからの世代、新しい魔法少女たちが、もう戦わなくて済むように。
そう願いながら、祈りながら。
1人の兵士、1人の父親が、戦場で命を落とした。
◆◇ ◇◆
――まさか、こんな結果になるなんて。
声が、聞こえる。
――おい、どうしてこうなった。
――わ、分かりません。ですが、前例のない実験ですので。
誰の声、何の声。
知らない、分からない、考えられない。
――だから言ったじゃないですか。いくらなんでも、こんな得体の知れない実験を再開させるなんて。
自身を自覚しながらも、何かが変わっていくような。
バラバラに欠けたピースが、一つになっていくような。
――ひとまず、拘束した状態で様子を見よう。もしも動くのであれば、戦力として期待できるかもしれん。
微睡みの中、声はやがて消えていき。
彼はもう一度、眠りについた。
「――」
真っ赤な瞳が、大きく。
何の前触れもなく、ソレは目を覚ました。
それと同時に、記憶が、感情が、熱を帯びて蘇ってくる。
戦いで失われたはずの心臓が、鼓動を上げていく。
「は」
呼吸が、出来る。自分は生きている。
その事実に、ソレはまず驚いた。
どう考えても、助かるような状況ではなかったはず。心臓はもちろんのこと、左腕からの出血も致死量に近かった。
人間という機械があるとしたら、壊れる限界まで歯車を酷使し、最終的に動力を失ったようなもの。
それでもまだ生きているのなら、もはや奇跡以外のなにものでもない。
(……ここは、どこだ)
あまりにも眩しい照明が、目を突き刺すようで。そのせいだろうか、思考が上手くまとまらない。
(なぜ、俺は拘束されている)
生きていることへの安堵が、瞬く間に警戒心へと変わる。
そもそも、自分が生きているはずがない。心臓を魔獣に貫かれて、あの状況ではとっさの救助すら間に合わないだろう。
ならば、まともな手段で蘇生されたわけではない。
そして拘束されている以上、軍や開発局といった味方とも思えない。
「――俺を誰だと、思っている」
その声の違和感に、気づくより前に。彼は拘束を破ろうと力を込め。
瞬間、筋肉が脈動。
人間では不可能な力をもって、革の拘束具を引き千切った。
「は、ははっ」
まさか、力付くで拘束具を破れるとは。
思わず、笑い声が漏れてしまう。
すると、
「なんだ? 声が」
彼はようやく気づく、自分に起きた変化を。
声の違いだけではない。
千切れたはずの左腕、遥か昔に失くした左目。それらが機能していることも驚きだが。
何よりも、肉体そのものが変化している。これは自分の、年老いた老兵の体ではない。
まるで、愛する我が娘のような。
彼、あるいは彼女が、自分の変化に戸惑っていると。
聞き覚えのあるサイレンが、どこからか聞こえてくる。
『緊急事態発生。研究所内において、魔獣の反応が確認されました。職員は直ちに待避を、動ける魔法少女は至急迎撃にあたってください』
ここがどこなのか、自分は一体何をされたのか。
色々と疑問は尽きないが、魔獣の存在は無視できるものではない。
とにかくこの場所から動こうと、彼は研究台のような物から飛び降り。
「――なっ」
ガラスに写った自分の姿に硬直し、思わず言葉を失ってしまう。
そこに居たのは、1人の少女。
彼、クロガネの娘にも似た、幼い少女であった。
相違点といえば、真っ白な髪の色と、瞳であろうか。
右の瞳は、まだいい。燃え盛る炎のように真っ赤だが、それはまだ受け入れられる。
だがしかし、左の瞳は信じられない形をしていた。
青色の虹彩に、十字形の瞳孔。
これは人ではない。
むしろ、その天敵が持つ瞳。
人と魔獣の最終戦争、ラグナロクから10年。
獣の瞳を持つ、1人の異端児が目を覚ました。