第38話 秘密の秘密
手渡された資料。リインカーネーション計画に関する情報に目を通して、クロバラは身を震わせる。
そこに記されていたのは、自分も知らない、自分の素性であった。
「身元不明の遺体と、同じくデータのない魔力炉。それによって蘇生されたのが、わたし、なのか?」
「そうね。少なくとも、わたしはその情報を真実だと考えてるわ」
ガラテアは冷静に答える。倫理的、感情的には、納得の出来ない内容だとしても。
それ以外に、クロバラを説明する情報は無いのだから。
「あなたはラグナロクの直前に死亡して、なぜかその遺体が、身元不明のまま最近まで保管されていた。そして、対になるように保管されていた心臓、誰かの魔力炉を移植されたことで、その姿になったのね」
「……」
なぜ、自分が少女として生き返ったのか。その答えが、資料として手渡された。
だがしかし、そう簡単に受け入れられる話ではない。
「百歩譲って、生き返ったプロセスは納得しよう。だが、なぜ少女の姿になった? なぜ魔獣の力が混ざった?」
「……さぁ。それに関しては、原因不明かしら。わたしも、その資料にある情報以上のことは知らないもの」
リインカーネーション計画。これが想定通りの結果を出した場合、今のクロバラが生まれることはなかっただろう。
魔力を持った、成人男性の蘇生。つまり、クロガネという兵士が蘇るはずであった。
どれだけ間違っても、魔獣の因子が混ざるはずがない。
「それで、どうしてあなたは軍に来たの? 巧妙に経歴すら偽装して。上層部に正体を知られたら、危険どころじゃないのは、もちろん分かってるわよね」
「……俺のデータに、記録されてなかったか? 娘が居ると」
「それは初耳ね。わたしが知っているのは、兵士としてのあなたの情報のみ。当時のあなたの状況や、経歴までは調べられなかったわ」
ラグナロクと、それを起因とする混乱。
そのさなかで、多くの情報が失われてしまった。
「つまりあなたは、10年前に離れ離れになった娘を探して、軍に来たってこと?」
「ああ。正確には、プリシラの消息を探すために来た。俺は確かに、彼女に娘を託したはずだ」
「だから、わたしを見てあれだけ驚いたのね。わたしが、プリシラと瓜二つの顔をしてるから」
「それがまさか、赤の他人だったとはな」
娘へと繋がる、唯一の手がかり。
しかし、その人物はすでに存在を消していた。
「言っとくけど、わたし本当にプリシラは知らないわよ? わたしは嘘偽りのない天涯孤独だし、あなたの娘だって知らない」
「それは信じよう。こんな資料まで渡してくれたしな」
クロバラ自身も知らなかった、自身の秘密。
それを知れたのは、思いも寄らない幸運であった。
◇
「それにしても、よくわたしに接触できたな。もしもこの資料通り、人の形をした魔獣だったら、どうするつもりだった? 最悪、殺されてもおかしくないだろうに」
「あぁ、それは大丈夫。ほら、あなたに渡したデバイスがあるでしょ?」
「うん? これのことか」
クロバラは、ホルスターから銃型の魔導デバイスを取り出す。
今日もらったばかりだが、すでに手に馴染んでいるようだった。
「実は、それにセーフティが仕組んであるのよ。あなたがわたしに敵意を向けた瞬間、あなたの行動を阻害するようにプログラムが組んである」
「……それは、確かに安心だな」
お気に入りの銃に、まさかそんな仕組みがあったとは。
クロバラは肝を冷やす。
「あなたの力なら、きっとすぐにプログラムを破壊できるでしょうけど。ほんの僅かでも時間が稼げれば、きっとアイリが飛んでくるわ」
「やはり、彼女か」
同じアンラベルのメンバーである、アイリ。
しかし、その特異性は、すでにクロバラも見抜いていた。
「彼女は、異名持ちじゃないのか? 本人は下級魔法少女と言っていたが、下手な嘘だ」
「そうね。彼女の正体は、疾風の異名を持つ最上級の魔法少女。七星剣の1人よ」
「七星剣。つまり、現役のトップか」
「ええ。彼女をメンバーに選んだのはわたしだけど。たぶんあの子、上層部からの指示であなたを監視してるわね」
「……ああ、その自覚はある」
思えば、初めて会った時から、ランチの時まで。ずっと、アイリの視線はクロバラに向けられていた。本人は、秘密裏に監視しているつもりなのだろうが。
メイリンと普通に話すふりをしながら、クロバラも、逆にアイリのことを見張っていた。
「とても真面目で、お手本のような魔法少女だ」
「そうね。わたしも、それが理由で彼女を招集したの」
新型魔導デバイス、シックスベース。
その一角を担う1人として、ガラテアはアイリを選んだ。
「だとしても、選出基準が分からんな。こう言っては何だが、アンラベルのメンバーは、少々歪じゃないか?」
「……あら。その心は?」
面白い質問が来た、と、ガラテアは微笑みを浮かべる。
「わたしの精神面とやらを基準とした、シックスベースだったか? それの原理と、補助をする魔導デバイスの仕組みは分かったが、あの組み合わせはおかしい。本当に、適合率の高いメンバーを集めたのか?」
「……」
その問いに、ガラテアは口を閉ざす。
ただ、微笑みだけを浮かべて。
「ほんの一瞬、マニュアルを見ただけだが。例えば、ティファニーに与えられたガントレット、あれは忍耐力を必要とするデバイスだ。魔力をガントレットに貯蓄し、それを一瞬で解き放つ。あれを制御するには、怒りを制御するような感覚が必要だと、わたしは感じた」
「ふーん。ちょっとマニュアルを見ただけで、そこまで判断できるの?」
「いいや、理由はそれだけじゃない。彼女がガントレットを使用する様子を見たが、あれじゃあ威力が低すぎる。デバイスのスペックを見るに、あれは本人の持つ魔力、その最大出力を数倍まで引き上げる代物のはずだ。だが、訓練場で見せたガントレットの出力は、素の彼女とそう大差がなかった」
「ふふっ。興味のないふりして、案外あの子のことを見てるのね」
まさか、クロバラがそこまでティファニーの様子を観察していたとは。
ガラテアとしても、それは予想外であった。
「わたしが戦時中、どれだけの魔法少女を育ててきたと思う? ああいう不良は山ほど見てきた。意外と、繊細に扱わないといけないことも、理解しているつもりだ」
兵士として、魔法少女として。
クロバラなりに、他のメンバーのことを気にかけていた。
「ティファニーだけじゃない。メイリンも、レベッカも、アイリも。それぞれに渡したデバイスを見たが、本人の資質と噛み合っているとは到底思えない。レベッカとアイリに関して言えば、デバイスを交換するだけでも、劇的に改善できるはずだ」
メンバーに渡されたデバイスと、その制御に必要な資質。今日一日見ただけでも、その歪さに気づくことが出来た。
だからこそ、疑問が残る。
「ガラテア。なぜ君は、あのメンバーに、あのデバイスを割り当てた? デバイスのスペックを効率的に引き出すためなら、もっと別の組み合わせがあったはずだ」
「……そうね。あなたになら、教えていいかも知れないわね」
観念したかのように。
ガラテアは、アンラベルの人選について話し始めた。
あのメンバーでなければいけない、その真実を。