第39話 天より堕ち
「あなたの指摘通り、アンラベルのメンバーは適合率の高いメンバーを集めたわけじゃないわ」
ガラテアが語るのは、アンラベルが結成されることになった原因。
あのメンバーでなければならない、真実。
「本来なら、もっと別のメンバーを集める予定だったわ。シックスベースの適性検査は、全ての魔法少女に行っていたから。こんな新兵だらけの部隊じゃなくて、精鋭中の精鋭を集めるはずだった。……でも、それは間違いだと気づいたのよ」
「間違い? デバイスの試験運用をするなら、間違いも何も無いはずだが」
「そうね。でも、気づいてしまったら、止められないのがわたしなのよ」
ガラテアは微笑みながら、人差し指を口元に近づけ。
そしてそのまま、クロバラの方を指さす。
「原因は、あなた」
「わたし、だと?」
まさかの言葉に、クロバラは驚く。
アンラベルの人選に、自分の存在が影響していたとは。
「入隊試験であなたと出会って、すぐに理解したわ。あなたこそ、シックスベースの元になった存在、最高の兵士であると。……そして同時に、絶望した」
「絶望?」
「ええ、絶望よ。あなたの存在は、わたしの心を折ったの」
当の本人には、思いも寄らない事実だが。
あの日、クロバラは多くのことを変えてしまった。
「あなたは、すでに理想の存在なのよ。兵士として完成された精神を持ち、なおかつ最高水準の潜在魔力を持つ。あなたが魔法を自在に操れるようになれば、史上最強の魔法少女になるのは間違いないわ」
それはまさに、ガラテアの目指す存在であった。シックスベース、魔導デバイスなど必要ない。ただ順当に成長するだけで、最高を約束された魔法少女。
天才の努力を、真正面から吹き飛ばすような存在であった。
「つまり、わたしが現れたことで、魔導デバイスの完成を急ぐ必要がなくなったと?」
クロバラは、その考えへと辿り着く。
すでに理論値が判明したため、精鋭部隊を組む必要がなくなったと。
しかし、それは全くの見当違いであった。
「……いいえ。むしろ、その逆なのよ」
ガラテアの声が、どこか力なく。
まるで、それを認めたくないかのように。
「わたしは、計算したの。あなたが将来手にするであろう力、最強の魔法少女の力を」
それは理想。ガラテアが追い求めた、究極の姿。
しかし、現実がそれを変えてしまった。
「それを加味したうえで、宣言するわ。もしも仮に、再び魔獣との戦争になった場合。――確実に、人類は敗北すると」
それが、計算によって導き出された未来。
すなわち、絶望であった。
◇
「あなたも知っているでしょ、新種の魔獣のこと。あれが、かつてのように大量に繁殖していた場合、人類にとっては途方もない脅威になる。ほぼ一方的に、人類は殲滅されるでしょうね」
軍が集めた、数少ない新種のデータ。しかし、ガラテアはすぐにそれを計算式に当てはめ、現状の人類側の勢力との比較を行った。
その結果が、人類の敗北である。
「それに、あなたが加わったとして、どうなると思う? 新種すら寄せ付けない最強の魔法少女、クロバラが人類の戦力として参戦する場合」
「それは、多少は変わるんじゃないか?」
「ええ、その通り。……変わるのは、多少、なのよ」
人類滅亡に至るまでの経緯。確かに、多少の変化は訪れるであろう。
しかし、その式の答えは変わらない。
「これは、単純な速度の話よ。あなた1人がどれだけ強くても、魔獣を滅ぼす前に人類が滅ぼされる。あなた1人の殲滅力じゃ、魔獣の総量には決して及ばない」
どれだけ強くても、それは1人の兵士、1人の魔法少女に過ぎない。
たった1人では、戦争に勝つことは出来ない。
それが、ガラテアの絶望。
クロバラという、理論的限界値の魔法少女が現れたことにより、人類の敗北を色濃く決定づけてしまった。
「なら、どうしてアンラベルを結成した? わたし1人の力じゃ無理だと判断したなら、それこそ魔導デバイスの完成を急ぐべきだ。あれは将来的に、最強の魔法少女を量産する代物じゃないのか?」
「そうね。確かに、あなたの言うことも一理あるわ。兵士1人じゃ駄目なら、それを増やせばいい。最強の魔法少女で、軍団を作ればいい。そういうことでしょ?」
「……そうだな。あまり、魔法少女を兵器のように扱いたくはないが」
人類と魔獣の戦争。
それが、いつ訪れるのかは不明だが、やれるだけのことはやるしかない。
そしてそのために、アンラベルのメンバーは集められた。
「別に、わたしも諦めたわけじゃないわ。しっかりと、それなりに勝算があって、あの子たちを集めたんだから」
「なら、教えてくれ。あのメンバーでなければならない、その理由を」
「ええ、いいわよ。あのメンバーを選んだ基準は、…………えっ」
ガラテアの言葉が、止まる。
止まるべくして、止まる。
なぜ、と。クロバラは疑問に思わなかった。
なぜなら、自分もそれに直面しているから。
自分も、それを見ていたから。
夜空が、輝いていた。
美しい流星群が、一面に広がっていた。
しかし、気づく。本能で気づく。
それが、ただ美しいだけの光景ではないと。
左目の獣が、呼応する。
星の1つ1つに、まるで威嚇をするかのように。
月から放たれるように、その不可思議な流星群は降り注ぐ。
世界を覆うように、人類を覆うように。
「……そんな、嘘よ」
天才も、兵士も。
降り注ぐその輝きに圧倒される。
いつか、など。
そんな悠長なことを言っていられるほど、人類に猶予は残されていなかった。
それが地上に現れた時点から、この可能性を予期しておくべきであった。
この日、地球は侵略された。
何一つ準備が整わないまま、圧倒的な数の暴力によって。