第20話 リインカーネーション
北京に存在する、アジア最大級の連合軍基地。広大な敷地面積を誇るその基地に、一陣の風が舞い降りる。
それは、1人の魔法少女。軍服をきっちりと着用し、ややショート気味の黒髪が特徴的。その魔法少女は真剣な表情で、基地の中へと足を踏み入れていった。
「七星剣所属、アイリです。この度は招集に応じ、北京へ参上いたしました」
「ご苦労。座ってくれ」
基地内の一室にて、アイリと名乗る魔法少女と、この基地の最高責任者、ケプラー将軍が会話をする。2人以外、部屋にはおらず。秘密裏の会合なのは明らかであった。
指示に従い、着席するアイリに対し。ケプラー将軍は数枚の書類を渡す。1枚目の紙に書かれていた文字は、新型魔導デバイス実験部隊、アンラベル。
「魔導デバイス、ですか。開発されているという話は聞いていましたが、まさか自分がそのテスターに選ばれるとは」
「すまないな。こちらとしても、予想外な人選でな。開発責任者のガラテアが、どうしてもといって聞かん」
「なるほど」
話を聞きながら、アイリは渡された書類に目を通す。そこに書かれていたのは、部隊の主な目的と、自分同様に選ばれた他のメンバーについての情報。
「わたしを入れて7人。しかも、そのうちの5人が、今期採用された新人ですか」
「ああ。なぜガラテアは、こんなメンツの中に君を入れたのか。天才の考えは、常人には理解ができん」
「そう、ですね」
書類に目を通すアイリであったが、メンバーの1人を見て、少々驚く。
「……レベッカを、部隊に編成するのですか?」
「苦渋の決断だ」
書類には、レベッカという魔法少女の顔写真が。
黒のツインテールが特徴的な少女であり、詳細欄には赤文字で様々な注意事項が書かれていた。
「軍人として戦場に立たせるのも、外の世界に野放しにするのも危険な存在だ。わたしも出来ることなら、彼女は書類整理の仕事に置いておきたかった。だがリミッターの開発者も、ガラテアだからな。もしも、レベッカが問題を起こした場合は、君に対処をお願いする」
「了解しました」
そのレベッカという魔法少女を除けば、他は全員、今期採用された新人たちばかり。他のメンバーたちに関する情報は、アイリは軽く流すことに。
「とはいえ、これだけで君を呼び出したりはしない。君にはもう1つ、ある人物の監視を頼みたい」
「監視、ですか」
「ああ」
そう言ってケプラー将軍が指し示すのは、書類に書かれた最後のメンバー。今期の試験に合格した眼帯の少女、クロバラである。
アイリは、クロバラに関する情報に目を通すも、釈然としない様子。なぜなら、どこにも不自然な点が見当たらないから。
「……比較的、平凡な経歴に思えます。魔力強度に関しては、確かに驚くべき数値ですが。彼女の魔力が暴走しないよう、監視をしろと?」
「いいや、そうではない。確かに潜在的な魔力、将来性に関しては素晴らしい逸材だが、彼女にはある容疑がかけられている。まぁこれは、極秘事項だがな」
ケプラーが語るのは、決して表沙汰には出来ない情報。
何よりも、見過ごせない内容であった。
「上海にある軍の研究施設から、実験生物が脱走した。詳細は省くが、その実験生物は真っ白な髪をした幼い少女の姿をしており、依然として行方をくらましたままだ」
「なるほど。つまり軍は、このクロバラという魔法少女と、逃げ出した実験生物を同一視しているわけですね。……ですが、なぜそこまで警戒を? まさか、非道な人体実験の隠蔽ですか?」
アイリの纏う雰囲気が、変わる。
同じ魔法少女として、同胞の境遇には思うことがある様子。
しかし、ケプラーは否定する。
「我々アジア連合は、この地球上で最もまともな組織のつもりだ。どのような事情があっても、人体実験などを行うことはない」
「ですが、少女の姿をした実験生物だと、先程言っていましたが」
「……これから話すことは、極秘中の極秘だ。他の七星剣にも、決して他言はするな」
ケプラーの口から語られるのは、とある実験に関する情報。
「大戦時から、その計画は始動していた。その名は、リインカーネーション計画。殉職した魔法少女の心臓、魔力炉を兵器として運用するというものだ」
「……確かに。死後に心臓を提供することは、契約内容に含まれていますが。それと少女が逃げ出したことに、何の関係が?」
「死亡した魔法少女の心臓は、確かに魔力炉としての機能を維持している。しかし、個人の意志が残っているのか、今まで兵器として運用できた例は存在しない。そんな現状に終止符を打つために、リインカーネーションは計画された」
「どういう、実験内容だったのですか?」
「……端的に言えば、死者の蘇生だ」
「!?」
衝撃的な言葉に、アイリは驚きをあらわにする。
「そんな、まさか。では実際に、死者の蘇生に成功したと?」
「もしもそうだったら、ここまで事態は深刻化していない。そして何より、実験体となった人間が逃亡するはずもないだろう」
「では、なぜ」
「……リインカーネーションが実行されるにあたって、プロトタイプと呼ばれる存在が実験体に選ばれた。研究施設に保管されていた、身元不明の遺体と、ライブラリに登録されていない心臓だ」
「そんな不確定要素の塊を、なぜ実験体に」
「もともと、成功する可能性が低いと考えられていたからだ。心臓の魔力停止や、遺体損傷などの可能性も高かった。だから、失っても問題のない、処分される予定の実験体を用意した、というわけだ」
「……身元不明の遺体を蘇生させてしまうなんて。それこそ、逃げられるのも当然だったのでは?」
「……逃げられるはずは、なかったんだ。なぜなら、蘇生されたプロトタイプは厳重に拘束され、なおかつ活動を停止させるためにリミッターも装着していた。たとえ魔法を使って暴れたとしても、施設を脱走することは不可能だった」
ケプラーは深刻そうな表情で、書類の一部を。クロバラの顔写真を指差す。
左目に眼帯をした、少女の姿を。
「だが予想外なことが1つ。プロトタイプとして誕生した少女の左目は、魔獣と同じ形状をしていたらしい。そして、とても人間とは思えない身体能力で、施設から逃亡した」
「魔獣を、蘇生してしまった?」
「研究施設の連中も、そこまで馬鹿じゃない。連中が言うには、身元不明の遺体か、それとも心臓のどちらかに魔獣が混ざっていて。それがリインカーネーションに呼応し、目を覚ましたのではないか、だそうだ」
「……そして、外見的特徴から、このクロバラという少女が怪しいと?」
「一応、そういうことになる。だがまぁ、可能性は低いと考えている。もしも、彼女が人の形をした魔獣だったとしたら、わざわざ軍に接近する理由が無いだろう」
「そうですね。わたしも先日、新種と呼ばれる魔獣と戦闘を行いましたが。あれはただ、人を殺すことしか頭にない怪物でした」
アイリは、七星剣と呼ばれる連合最強の魔法少女の1人。それゆえに、先んじて新型魔獣との戦いを経験していた。
「だが問題は、プロトタイプが人間の姿を、人間の肉体を持っていることだ。今までの歴史でも、魔獣が人間の力を模倣したケースは確認されていない。つまり、全く持って予想のつかない行動を取る可能性がある」
「もしもこの少女が、魔獣だったら?」
「確認出来次第、即刻排除しろ。すでに軍は、このプロトタイプを最重要討伐対象と認定し、パラサイトという名称を与えている。たとえ人の言葉を話し、人の姿をしていたとしても、魔獣は排除しなければならない」
「……了解、しました」
もしも、仮にこのクロバラという少女が、人ならざる存在だったとしたら。それを考えて、アイリは拳を握りしめる。
他の問題児への対処とは、比べ物にならない重責であった。
「しかし将軍。そのプロトタイプ、パラサイトに関してですが。魔獣ではなく、人間としての意思で動いている可能性は? 突如、見知らぬ場所で蘇生されて、軍を恐れて逃げたという可能性も」
「無論、その可能性も検討された。だが、パラサイトは施設から逃亡する際に、上級魔法少女からの追跡を掻い潜り、高度な近接戦闘すら行ったという」
「魔法少女が蘇生されたなら、それだけの戦闘力もあり得るのでは」
「いいや、それはない。このリインカーネーションは、男性兵士の死体に魔法の力を宿らせるという計画だった。このプロトタイプに選ばれた身元不明の遺体も、間違いなく男だった。どれだけ熟練した兵士だったとしても、訓練もなしに上級魔法少女と戦えるはずがない。それは、お前たちが一番よく分かっているだろう」
「……そうですね。表立って言うことはありませんが。男性兵士の格闘能力と、魔法少女のそれは全くの別次元です。もしも彼らに魔力が宿ったとしても、同等の域に達するにはかなりの時間が必要でしょう」
蘇った誰か。パラサイトと呼称される存在は、紛れもなく男性である。生まれながらの魔法少女と違い、いきなりその力は扱えない
「魔力も持たず、生身で魔法少女に匹敵する。そんな兵士が存在したなら、可能性はゼロではないと思いますが」
「居たと思うか? そんな兵士が」
「……そうですね。無意味な質問でした」
人と魔法少女。その間には、決して埋めることの出来ない性能差が存在する。
それを覆せる者が居たとすれば、どれほど優れた兵士だろう。
少なくとも、彼らの記憶には存在しなかった。