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第21話 二人の朝

第21話 二人の朝





 目を覚ましたのは、1人の少女。右目は赤く、左目は青。青い左目は、人ならざる十字型の瞳孔をしていた。

 クロバラの目覚め。彼女が眠っていたのは、とても豪華なベッド。オクタビアの経営するホテルでも最上級の一室であり、その豪華さゆえにクロバラは居心地の悪さを感じていた。

 とはいえ、睡眠自体に問題はない。クロバラはゆっくりとベッドから起き上がると、テーブルの上に視線が行く。そこにあったのは、1枚の紙と、きれいに畳まれた赤いドレス。


 紙を手に取ると、




『試験に受かったなら、もうみすぼらしい格好をする必要はないでしょ?』




 オクタビアからのメッセージ。つまり、このヒラヒラとした、子供用のドレスを着ろということだろう。

 もしも年相応の少女ならば、おしゃれに喜ぶのかも知れないが。残念ながら、クロバラにそんな思考回路は存在しない。




「……はぁ」




 深々とため息を吐き。けれども、他に着る服もないので、仕方なくクロバラはドレスを手に取った。













 ホテルの一室。支配人の部屋で、クロバラとオクタビアが朝食を食べる。クロバラの入隊を祝してか、朝食とは思えないほどに豪華であった。

 クロバラとオクタビアは、ともに真っ赤なドレスを。オクタビアの趣味なのか、それだけで彼女は嬉しそうにしている。




「いつもこんなに食べるのか?」


「そんなわけないじゃない。基本的に、わたしは体型を維持するために朝食を抜いてるの。今日は特別よ」


「……つまり、俺が全部食べないといけないのか」


「別に、残せばいいじゃない」


「そんなもったいないことが出来るか。戦時中を忘れたのか?」


「あー、はいはい。ごめんなさいね」




 魔獣との戦い。ラグナロクの果てに、人類は平穏を手に入れ、生活も豊かになった。

 このような豪華な食事も、かつてならそう簡単には用意できなかったであろう。


 絶対に残さないという強い意志で、クロバラは朝食を平らげていく。




「凄い凄い。昨日も思ったけど、あなたの胃袋どうなってるの?」


「……さぁな」




 残すのはもったいない。戦時中の価値観を持つクロバラは、すでに数人分の食事を平らげていた。




「1つ仮説を上げるならば、魔獣としての特性が発動しているのかも知れない」


「魔獣の? でも、魔獣って食事をしないんじゃ」


「ああ。だが、今の俺は人間であり、魔獣でもある。そして魔獣の特性は、圧倒的な適応能力だ。戦いのため、勝ち残るために、魔獣は自在に肉体を変化させる。その特性で、胃袋が変異しているのかもしれん。なんとなくだが、食い溜め機能が備わっている気がする」


「……なんだか、リスみたい」




 実際問題、食べた物がどこへ行っているのかは不明だが。クロバラは、タンクのように朝食を流し込んでいく。




「ねぇ、味とかって分かるの? 人間だった頃と変わらない?」


「そうだな。少なくとも、ここの料理はとてつもなく美味いな。これを無限に食べられるのは、なんだか頭がおかしくなりそうだ」


「へぇ」




 オクタビアは朝食を食べないので、ただクロバラが頬張るのを眺めるだけ。

 それだけでも、退屈はしていない様子。




「それにしても。まさか北京に配属になるなんて、ラッキーね。いつでもわたしに会えるじゃない」


「心配するな。必要に迫られない限り、お前の世話にはならない」


「あら、そっけない。わたしが色々と手回ししてあげたから、あなたは軍に入ることが出来たのよ?」


「……それを言われると困るな」




 事実。オクタビアの膨大な資金と人脈がなければ、クロバラは身分すら証明する術がなかった。そもそも、試験を受けることすら不可能であった。




「借りは必ず返す。それまで、また世話になるかもしれんが」


「……良いのよ。あなたが生きているだけで、わたしは十分だもの。あいつらにも、会わせてあげたかった」




 オクタビアは静かに、過去を思い返す。

 それに対してクロバラは、複雑な表情を。




「本当にお前だけなのか? ラグナロクに参加して、生き残った魔法少女は」


「えぇ、そうよ」




 オクタビアは、孤高な魔女。多くの仲間を失った、古き世代の魔法少女。




「今も残ってるのは、シャルロッテとか、たまたま作戦に参加しなかった子だけ。あの戦場に立った魔法少女は、ほとんどが謎の病気で命を失ったわ」


「……」




 謎の病気。クロバラも、それに関しては何も言葉が出ない。

 最強の魔法少女たち。彼女たちが散ったのは戦場ではなく、多くが病室のベッドの上であった。




「魔獣の最後の抵抗だとか、結局よく分からなかったけど。プリシラがワクチンを開発した頃には、もう感染者は全滅してた。医者たちが言うには、わたしは速すぎたから、病原菌に感染する暇すらなかったんですって」


「そんな理由だったのか」


「ええ。ほらわたしって、基本的に魔獣に触れるのも嫌だったから。あの作戦の時も、全速力で戦場を駆け巡って、キラーを打って、さっさと帰還してたから。まさか、そんな潔癖が理由で生き残るなんてね」


「……だが、生きていてくれて、俺は救われた。こうして面倒を見てもらっていることじゃない。精神的に、救われたんだ」


「……そう」




 クロバラと、オクタビア。

 10年越しの再会は、あまりにも多くが変わりすぎていた。






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