第21話 二人の朝
目を覚ましたのは、1人の少女。右目は赤く、左目は青。青い左目は、人ならざる十字型の瞳孔をしていた。
クロバラの目覚め。彼女が眠っていたのは、とても豪華なベッド。オクタビアの経営するホテルでも最上級の一室であり、その豪華さゆえにクロバラは居心地の悪さを感じていた。
とはいえ、睡眠自体に問題はない。クロバラはゆっくりとベッドから起き上がると、テーブルの上に視線が行く。そこにあったのは、1枚の紙と、きれいに畳まれた赤いドレス。
紙を手に取ると、
『試験に受かったなら、もうみすぼらしい格好をする必要はないでしょ?』
オクタビアからのメッセージ。つまり、このヒラヒラとした、子供用のドレスを着ろということだろう。
もしも年相応の少女ならば、おしゃれに喜ぶのかも知れないが。残念ながら、クロバラにそんな思考回路は存在しない。
「……はぁ」
深々とため息を吐き。けれども、他に着る服もないので、仕方なくクロバラはドレスを手に取った。
◇
ホテルの一室。支配人の部屋で、クロバラとオクタビアが朝食を食べる。クロバラの入隊を祝してか、朝食とは思えないほどに豪華であった。
クロバラとオクタビアは、ともに真っ赤なドレスを。オクタビアの趣味なのか、それだけで彼女は嬉しそうにしている。
「いつもこんなに食べるのか?」
「そんなわけないじゃない。基本的に、わたしは体型を維持するために朝食を抜いてるの。今日は特別よ」
「……つまり、俺が全部食べないといけないのか」
「別に、残せばいいじゃない」
「そんなもったいないことが出来るか。戦時中を忘れたのか?」
「あー、はいはい。ごめんなさいね」
魔獣との戦い。ラグナロクの果てに、人類は平穏を手に入れ、生活も豊かになった。
このような豪華な食事も、かつてならそう簡単には用意できなかったであろう。
絶対に残さないという強い意志で、クロバラは朝食を平らげていく。
「凄い凄い。昨日も思ったけど、あなたの胃袋どうなってるの?」
「……さぁな」
残すのはもったいない。戦時中の価値観を持つクロバラは、すでに数人分の食事を平らげていた。
「1つ仮説を上げるならば、魔獣としての特性が発動しているのかも知れない」
「魔獣の? でも、魔獣って食事をしないんじゃ」
「ああ。だが、今の俺は人間であり、魔獣でもある。そして魔獣の特性は、圧倒的な適応能力だ。戦いのため、勝ち残るために、魔獣は自在に肉体を変化させる。その特性で、胃袋が変異しているのかもしれん。なんとなくだが、食い溜め機能が備わっている気がする」
「……なんだか、リスみたい」
実際問題、食べた物がどこへ行っているのかは不明だが。クロバラは、タンクのように朝食を流し込んでいく。
「ねぇ、味とかって分かるの? 人間だった頃と変わらない?」
「そうだな。少なくとも、ここの料理はとてつもなく美味いな。これを無限に食べられるのは、なんだか頭がおかしくなりそうだ」
「へぇ」
オクタビアは朝食を食べないので、ただクロバラが頬張るのを眺めるだけ。
それだけでも、退屈はしていない様子。
「それにしても。まさか北京に配属になるなんて、ラッキーね。いつでもわたしに会えるじゃない」
「心配するな。必要に迫られない限り、お前の世話にはならない」
「あら、そっけない。わたしが色々と手回ししてあげたから、あなたは軍に入ることが出来たのよ?」
「……それを言われると困るな」
事実。オクタビアの膨大な資金と人脈がなければ、クロバラは身分すら証明する術がなかった。そもそも、試験を受けることすら不可能であった。
「借りは必ず返す。それまで、また世話になるかもしれんが」
「……良いのよ。あなたが生きているだけで、わたしは十分だもの。あいつらにも、会わせてあげたかった」
オクタビアは静かに、過去を思い返す。
それに対してクロバラは、複雑な表情を。
「本当にお前だけなのか? ラグナロクに参加して、生き残った魔法少女は」
「えぇ、そうよ」
オクタビアは、孤高な魔女。多くの仲間を失った、古き世代の魔法少女。
「今も残ってるのは、シャルロッテとか、たまたま作戦に参加しなかった子だけ。あの戦場に立った魔法少女は、ほとんどが謎の病気で命を失ったわ」
「……」
謎の病気。クロバラも、それに関しては何も言葉が出ない。
最強の魔法少女たち。彼女たちが散ったのは戦場ではなく、多くが病室のベッドの上であった。
「魔獣の最後の抵抗だとか、結局よく分からなかったけど。プリシラがワクチンを開発した頃には、もう感染者は全滅してた。医者たちが言うには、わたしは速すぎたから、病原菌に感染する暇すらなかったんですって」
「そんな理由だったのか」
「ええ。ほらわたしって、基本的に魔獣に触れるのも嫌だったから。あの作戦の時も、全速力で戦場を駆け巡って、キラーを打って、さっさと帰還してたから。まさか、そんな潔癖が理由で生き残るなんてね」
「……だが、生きていてくれて、俺は救われた。こうして面倒を見てもらっていることじゃない。精神的に、救われたんだ」
「……そう」
クロバラと、オクタビア。
10年越しの再会は、あまりにも多くが変わりすぎていた。