第22話 探しもの
あれだけあった大量の朝食も、すべてクロバラの腹の中へと消えて。ほんの少し、なにもない穏やかな時間を過ごしていると。
オクタビアはなにかに気づき、窓の方へ視線を。
すると、そこに現れたのは1羽の鳥。足には、紙がくくり付けられていた。
「あら、ナイスタイミングね」
その鳥を、オクタビアは待っていたのだろうか。
鳥に対応する彼女の様子を、クロバラは少々眠たそうな表情で眺める。
「まるで伝書鳩だな。まさかそんな原始的な通信手段を取っているとは。FAXはないのか?」
「ふふっ、FAX? 原始的なのはあなたの方ね。今のご時世、FAXなんて使ってる人いないわよ。基本的に電子メール。でも今回は、なるべくセキュリティをしっかりしたかったから、こうやって魔法に頼ることにしたの」
気がつけば、鳥の姿が光の粒子となって消えていく。
どうやら実際の鳥ではなく、魔法によって形作られたものだったらしい。
「それで、その手紙は何だ?」
「あなたにとって、とても重要な内容よ」
オクタビアは微笑む。
「あなたの娘、ツバキについて調べてたの」
クロバラは、その名前に目を見開く。
それは何よりも、探し求めていた情報であった。
◇
2人は、オクタビアの書斎らしき部屋に移動し。そこで、手紙の内容を見ることに。
手紙の内容は、複雑に暗号化されており。オクタビア自身も、かなり苦労しながら解読を行っていた。
「どこの誰よ、こんな馬鹿みたいな暗号考えたの。…………わたしかしら」
「確かに、馬鹿だな」
オクタビアは非常に苦労しつつ。
それでもなんとか、手紙の内容を解読することに成功する。
「なるほど、ね」
「……」
クロバラは、緊張した表情を。
それも無理はないだろう。なぜなら、自分にとって最も大切な存在。探しているものの情報が、そこにあるのだから。
「……結論から言うと、情報は無しね。あなたの娘、ツバキという少女の行方は分からないわ」
「……そうか」
クロバラの表情が、目に見えて落ち込む。
オクタビアも、どうしようもないという様子であった。
「そのツバキって子は、今の貴方と瓜二つの容姿をしていたんでしょ? 少なくとも10年前の時点で」
「そうだな。目の色と、髪の色は違うが」
落胆ゆえか、クロバラの声に力はない。
「あなたの写真を加工して、ワルプルギスの仲間たちに送ったのよ。それと似たような顔をした、ツバキという人間を知らないかって。でも、収穫はゼロ。ツバキっていう名前自体が珍しいから、たぶん本当に見つからなかったのね」
この時代、この世界で、花の名前を持つ人間は多くはない。
なぜなら花は、魔獣を象徴する存在であるから。
「あなたが娘を託したのって、プリシラよね?」
「ああ。だが聞く話によると、行方不明になっているらしい」
「そうね。そっちの方も探ってみたけど、同じく収穫はゼロ。戦後確かに、プリシラが赤髪の少女を連れていた、という話はあるけど。残念ながら、現在に繋がる情報は無いわ」
「……そうか」
クロバラは、深くため息を吐く。
「そもそも、プリシラに託したのが間違いだったんじゃない? あいつが行方不明にならなければ、こんな面倒なことにはならなかったんだし」
「……彼女が行方をくらます、理由はあるか?」
「さぁね。魔法少女を殺す病、ハート病のワクチンを開発して。その少しあとに、行方不明になったらしいわ。少なくとも、恨みを買っていた様子はなさそうだけど」
「娘は確かに、プリシラに託したんだ。死ぬ間際だったから、忘れられるはずもない」
クロバラの探し求める、一輪の花。
けれどもその行方は、まるで手がかりが存在しなかった。
◆
「世話になったな、オクタビア」
「気にしないで。あなたも、頑張ってちょうだい」
ホテルのエントランスで、クロバラとオクタビアは別れの挨拶を交わす。基地とこのホテルでは、距離はそれほど離れていないものの。軍に所属する以上、それほど頻繁に会うことも出来ないだろう。
「例のことに関しては、まだまだ調査を続けるから。なにか有益な情報が入ったら、すぐにあなたに伝えるわ」
「感謝する。色々と手を回してくれて、本当に助かった」
これから魔法少女になるクロバラと、かつて魔法少女だったオクタビア。
けれども両者の間には、それ以上のものが存在していた。
「それと、これは忠告」
オクタビアは目にも留まらぬスピードで、クロバラのそばへ。
彼女だけに声が届くよう、耳打ちをする。
「あなたが言っていた、新種の魔獣。もしもそれが、本当に以前のように発生したとしたら、ここから先は地獄よ。きっと、考えられないほど過酷な時代がやって来る」
それは、経験者の語る言葉。
「多分あなたは、その最前線に立つことになるわ。その覚悟があるの?」
「……俺を、誰だと思ってるんだ?」
クロバラは不敵に笑う。
彼女は、戦うことを恐れてはいなかった。
「お前たち、魔法少女を守るためなら、俺はいくらでも戦える」
何よりも恐ろしいのは、大切なものを失うこと。
「……ご武運を、親愛なる教官さん」
「ああ」
別れの挨拶を交わして、クロバラは離れていく。
その背中を見つめながら、オクタビアは拳を僅かに握りしめた。
「悔しいわね。あと10年早ければ、一緒に戦えたのに」
かつて、音速の異名を持つ魔法少女だったとしても。今はもう、全盛期ほどの力を有してはいない。
最新にして、最強の魔法少女たちには、きっと遠く及ばないであろう。
それが何よりも、悔しかった。