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第23話 ルームメイト

第23話 ルームメイト





「よし」




 門をくぐり、クロバラはアジア連合軍、北京基地へと足を踏み入れる。試験のためにやって来たときとは違う。今日から、ここが職場になるのである。

 眼帯の下には、青い獣の瞳が眠っている。違和感が酷いため、試験以降コンタクトレンズは着用していなかった。ゆえに、絶対に眼帯の下を見られるわけにはいかなかった。

 とはいえ、その程度のことは想定通り。クロバラは真剣な表情で、基地の中へと入っていった。



 ひらひらとした、真っ赤なドレスが若干恥ずかしいため。

 心なしか、その歩みは速かった。













 事前に渡された資料と、他の軍人たちの話を頼りに、クロバラは自分の配属された部署へと向かう。

 試作魔導デバイス実験部隊、アンラベル。少なくとも10年前の段階では、魔導デバイスという単語すら存在しなかった。ゆえに、どういう部隊なのかは想像すら出来ない。けれども、メイリンという幼い同僚も同じ部署に配属されたため、ここで弱気になるわけにもいかない。


 しばらく歩き、クロバラはアンラベルに割り当てられた宿舎へと到着する。見るからに、新しい建物であり、作りもそれなりに立派と。少なくとも外見上は、良い居住環境に見えた。

 隣を見てみれば、こちらもアンラベルに割り当てられた専用の訓練所が建っている。居住用の宿舎に、訓練用の建物。自分の新しい生活空間に、クロバラはわずかに心が躍る。


 宿舎は平屋建てで、部屋は2つ。ドアのそばを見てみれば、それぞれの部屋に名前が書かれていた。クロバラの名前は、1号室に割り当てられている。




(1号室は4人部屋で、2号室は3人部屋。……メイリンは2号室か)




 残念ながら、縁のある彼女とは別室になってしまったらしい。それだけなら、別にどうでもよかったのだが。

 自分と同じ1号室のメンバーの名前に、クロバラの顔が固まる。


 自分以外のメンバーの名は、アイリ、レベッカ、ティファニーとなっている。アイリとレベッカに関しては全く知らない名前だが、ティファニーという名前には聞き覚えがある。というより、因縁をつけられた覚えがある。




「……ふぅ」




 同じ名前の、関係のない別人かもしれない。そう願いつつ、クロバラは1号室の扉を開いた。


 1号室の中に居たのは、1人の少女。幸運なことに、あの電気を纏った金髪の少女ではなかった。

 クロバラやメイリンと比べると、年上に見える少女。外見上の年齢は、15~16ほどであろうか。黒のショートヘアをした、魔法少女であった。




(こいつ)




 クロバラは直感する。目の前に立っている魔法少女が、新人ではないこと。

 そして、確実に強いということを。


 クロバラが部屋に入ってきたことで、黒髪の少女も気づき、声をかけてくる。




「あなたが、この部屋の最後のメンバーですね。わたしはアイリです、どうぞよろしくお願いします」


「ああ。わたしはクロバラだ。よろしく頼む」




 4人部屋ではあるものの、部屋の中はかなりの広さであった。少なくとも、窮屈さを感じることはないだろう。

 どうやらここに到着したのは、クロバラが最後のようで。4つあるベッドのうち、3つがすでに埋まっていた。




「残念ながら、ベッドは先着順ですので。そちらをお使いください。ロッカーもご自由に」


「ありがとう」




 新人であるクロバラに対し、アイリは必要な助言を行っていく。もしかしたら彼女は、ここに来るメンバーが迷わないように、ここで待機していたのかも知れない。

 少なくとも、このアイリという魔法少女はまともそうである。そう考えながら、クロバラは自らの荷解きを行っていく。とはいえ、それほど荷物は多くないのだが。


 荷物をロッカーに入れて。用意された制服に着替えようと、手に取った瞬間。

 その行動を察してか、アイリはクロバラと逆方向へと向きを変えた。おそらく、プライバシーを気にして配慮してくれたのだろう。




(真面目、それでいて律儀だな)




 かったるいドレスを脱ぎ捨てて、クロバラは魔法少女専用の軍服へを袖を通す。

 部屋に鏡が無いため、自らの姿を確認することは出来ないものの。これを身に纏っているという事実に、クロバラは複雑な感情を抱いた。




「着替え終わったぞ」


「……はい」




 アイリは、律儀にもずっと顔を背けていたため。クロバラは声をかけてあげることに。

 改めて、同じ制服を着た両者が、向かい合う。


 同室のメンバー。つまり、これから任務遂行を共にする、アンラベルの仲間であることは確かである。それでも、こういうシチュエーションはクロバラにとっても初めてなため、どう言葉をかけたものかと考える。


 対するアイリも、同じような状況なのか。

 無表情のまま、両者はしばらく見つめ合った。




「……その。残りの2人は、あなたよりもかなり早くに到着し、隣の訓練所へと向かったようです」


「そうか」


「どのみち分かることなので、先に言っておきますが。残る2人の同居人は、かなりの問題児です。見たところ、あなたはまともそうなので。ここはどうか、お互いに頑張りましょう」


「なる、ほど」




 残る2人は、かなりの問題児。着任して早々にそう言われるとは、よほどの問題児なのだろう。

 クロバラはすでに、ここでやっていけるのか心配になっていた。




「失礼だが。もしかするとあなたは、先輩の魔法少女では? 雰囲気からして、わたしと同じ新人とは思えませんが」


「おや、ご明察ですね。あなたの言う通り、わたしは今年で3年目になります。ですが、なんてことはない下級魔法少女ですので、タメ口のままでお願いします」


「そうか?」




 明らかに、下級という雰囲気ではないものの。クロバラは、口には出さないことに。

 残りのメンバーが、どのような問題児なのかは知らないが。おそらく、最も警戒するべきなのは、このアイリという少女なのだから。




「部屋割りを見て分かる通り、アンラベルは総勢7人という小規模な部隊です。わたしも先輩として、できるだけサポートするつもりなので、どうかよろしく――」





 アイリの言葉を、掻き消すほどに。


 凄まじい轟音が、どこからか鳴り響く。





「――てめぇ、このクソアマ!! 消し炭にしてやる!!」





 轟音とともに聞こえてくるのは、聞き覚えのある少女の声。

 問題児のうちの1人は、間違いなくあのビリビリ少女であろう。




「どうやら、隣の訓練所からのようですね」


「……だな」




 まだ、1つの訓練すら始まっていないのに、すでに問題が発生している。

 そんな現実に、クロバラはため息を吐いた。






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