第24話 集いし少女たち
突如として、鳴り響いた轟音と、聞き覚えのある怒号。それを確かめるために、クロバラとアイリは宿舎の隣りにある訓練場へと足を運ぶ。
訓練場は、かなりの広さを有していた。おおよそ、100m四方ほどであろうか。たった7人の部隊に割り当てられるには、あまりにも広大と言える。
トラブルを確かめるために、やって来たクロバラたちであったが。訓練場の中へと入り、2人の少女と顔を合わせることに。
1人は、クロバラにとってはおなじみの少女、メイリン。そしてもう1人は、見知らぬ金髪の少女であった。年齢はメイリンと同じか、それとも少し年上ほどだろう。
「おはよう、クロバラちゃん」
「ああ、おはよう。制服も似合っているぞ」
「えへへ、ありがとう」
クロバラとメイリンが挨拶を交わすと。
メイリンの後ろから、ひょっこりと金髪の少女が顔を出す。
「ど、どうも。よろしく」
「ああ、こちらこそ」
若干、人見知りなのか。クロバラのことを、かすかに警戒しているようだった。
「この子は、ルームメイトのルーシィちゃん。すっごくいい子だよ。それに、わたし達と同じ試験を受けてたんだって」
「そうなのか。…………ん?」
ルーシィという、金髪の少女。その顔をよく見て、クロバラは記憶が蘇る。
「そういえば、見覚えがあるな。確かわたしと同じで、事前に魔力に目覚めていたメンバーだろう?」
「えっ、そうだけど。…………あっ!」
クロバラの顔を見て、ようやくルーシィも思い出したらしい。
同じ空間で体験した、あの出来事を。
「あなたもしかして、あの閃光のティファニーと言い争ってた子?」
「ああ。あの時は、怯えさせて悪かったな。あいつと絡んだわたしが悪かった」
「あ、いや。それは別にいいんだけど」
ルーシィは、なんとも言えない表情をする。
「ほら、その言い争ってた相手が、あんなことしてるから」
そう言って、ルーシィが指し示すのは、訓練場の中心。
そこには、また別の少女たちの姿があった
1人は、長い金髪が特徴的な少女、ティファニー。
明らかに苛立っている様子で、激しい電気を身に纏っていた。
それに対するは、黒髪のツインテールが特徴的な少女。
どうやら彼女に対し、ティファニーは苛立ちをあらわにしているらしい。
「あぁ、居ましたね。彼女たちが、我々のルームメイトです」
「……そうか」
告げられた事実に、クロバラは暗い声を出す。
部屋割りの名前から考えると、アイリ、ティファニー。そしてあのツインテールの少女が、レベッカとなるのだろう。
噂の問題児である。
まだ、決められた集合時間ではない。無論、任務も訓練も始まってはいない。
しかし、ティファニーとレベッカはすでに訓練場を使用しており、天井には黒焦げの穴が空いていた。
「よく分からないんだけど。あの2人、わたし達が来た時にはもう揉めてて。大丈夫かなぁって、ルーシィちゃんと一緒に眺めてたら。あっちの子が、ビリビリッと電気を出して」
「それで、天井に穴が空いたのか」
「うん」
少なくとも、轟音の理由は明らかになった。
「天井に穴が空いて、後で怒られたりしないのかな?」
「それに関しては、特に問題ないでしょう」
不安げなメイリンに対し、アイリが言葉を挟む。
「魔法少女の訓練ならば、設備や家屋が壊れるのは日常茶飯事です。理由さえ適当にでっち上げれば、お咎め無しになりますよ」
真面目そうな雰囲気とは裏腹に、アイリは意外にも問題児たちの肩を持った。
「まぁ流石に、訓練場を吹き飛ばしたりしたら、始末書を書く必要がありますが」
「そうなんだぁ」
アイリの言葉を、感心した様子で聞くメイリンであったが。
クロバラは、全く別の印象を感じていた。
(こいつ、たぶん吹き飛ばした経験があるな)
経験者は語る。
ゆえに、あの程度の穴では動じていないのだろう。
クロバラたちが見つめる中。
ティファニーとレベッカの衝突は、さらにヒートアップしていく。
「ごめんね? ごめんね? 怒らせるつもりはなかったんだよ? だからほら、仲良くしようよ! わたし達、絶対オトモダチになれると思うんだけど!」
「なれるわけねぇだろ、このクソアマ!」
レベッカが悪いのか、それともティファニーが怒りやすいだけなのか。
少なくとも、クロバラと口論していたときとは、段違いに派手な電気が発生していた。
「一歩でもあたしに近づいてみやがれ! 今度こそ本気でぶち上げるぞ?」
「えぇ!? なんでそんな酷いこと言うの!」
そう言いつつ、レベッカはティファニーのそばへと近寄っていく。
それに対し、流石にティファニーも耐えられなかったのか。
「気持ち悪いんだよ! この異常者が!」
激しい雷撃を、レベッカに対して解き放つ。
明確な攻撃魔法。
直撃すれば、間違いなく大怪我を負うレベルの一撃だが。
「わわっ、こわい!」
ひらひらとした動きで、レベッカは雷撃を回避。
そのまま、挑発的な態度をティファニーに見せつける。
そんな動きを見て。
(まるで無駄がない。あのレベッカとかいう少女も、かなり出来るな)
クロバラは冷静に、問題児の能力を見極めていた。
それゆえに、素人の少女たちには刺激が強いと判断する。
「あれに近づいて、注意するのも大変だな。流れ弾に当たる可能性もあるから、隅の方で待機していよう」
「うん、分かった」
そう言って、クロバラとメイリン、同じく新人のルーシィは、訓練場の中でも安全な場所へと移動する。
しかしただ1人、アイリだけは入り口付近に立ったまま。静かに、ティファニーとレベッカの様子を見つめていた。
◇
(理解不能だな)
アンラベルに配属された魔法少女の1人。七星剣の1人でもあるアイリは、この混沌とした現状に落胆する。
集められたのは、たった7人の魔法少女。しかも、そのうちの5人は今期採用されたばかりの新人魔法少女で、残りの1人はレベッカという問題児。現に今も、部隊として活動する以前に、揉め事を起こしていた。
(あの眼帯の少女、クロバラを監視しろとの話だが、それ以前の問題だろうに。異常者であるレベッカに、今期最悪の新人であるティファニー。それを1つの部隊に編成するとは、どういう考えなのか)
このアンラベルという部隊を招集した、ガラテア博士。その意図が理解できずに、アイリは困惑する。
視線を移せば、監視対象であるクロバラは、部隊の少女2人と安全な場所へと移っていた。常識的、模範的とも言える行動である。
アイリからしてみれば、この部隊の一番の問題点は、争っている2人の魔法少女であった。
(レベッカ。精神鑑定で適性を否定された彼女が、まさか部隊に編成されるなんて)
新人である閃光のティファニーも、もちろん問題児なのは確かだが。レベッカはそれとは次元の違う、明確な人格破綻者である。
怪我人が出る前に、ここで止めるべきかと。そう考えるアイリであったが。
「――ギャッ!?」
時すでに遅し。
訓練場へとやって来た誰かに、ティファニーの雷撃がぶつかってしまう。
よく見てみれば、それはこの部隊の責任者、ガラテア博士であった。
「やっべ、当てちまった」
「あははっ、アンラッキー?」
2人の問題児が、立ち止まっている中。
アイリは一目散に駆け寄り、ガラテアの安否を確認する。
「まさか、こんなことになるとは」
呼吸と、心臓の鼓動を確認。高威力の魔法が直撃したにもかかわらず、ガラテアは目立った傷を負っていなかった。
(この白衣、魔力を通しにくい材質? それで助かったのか)
ひとまず、ガラテアに怪我がないことを確認し、アイリは一安心する。
すると、
「……ここは? わたし達は、だれ?」
「ご無事ですか、ガラテア博士」
あまり大丈夫そうではないが、アイリは声をかける。
「あなたは確か、七星け――」
その先を言う前に、アイリはガラテアの口を塞いだ。せっかく、身分を隠して他のメンバーを監視できるというのに。こんな所でバラされては、まるで意味がなくなってしまう。
「わたしはこの部隊に配属された、下級魔法少女のアイリです。そうですよね、博士」
「……あー、えっと。そうね、そうだったわね」
アイリの圧に負けて、ガラテアは言葉を飲み込んだ。
「それにしても、一体何があったのかしら。まるで、一瞬意識が飛んだような」
「それはっ」
ティファニーの雷撃に当たった。素直にそう言えば、色々と面倒なことになるのは明らかである。天井に空いた穴についても、言い訳ができなくなってしまう。
アイリの思考は早かった。
「博士は、ここで転んだんです。どうやら頭の打ち所が悪かったようで、それで気を失ったんですね」
「あら、それ本当?」
「はい」
「ふーん。……よかった、生きてて」
電気ショックで、上手い具合に記憶も飛んでくれたらしい。
「てっきり、メンバー同士で喧嘩してて、わたしに流れ弾が飛んできたとか」
「そんなこと、あるわけがありません。仮にも軍の魔法少女ですので、そんな馬鹿げたことは絶対に」
そう言いながら、アイリはティファニーとレベッカを睨みつける。
誰のせいで、ここまで誤魔化すことになったのかと。
ちょっとしたアクシデントで、出だしはつまづいたものの。
ガラテアは立ち上がると、周囲にいる他のメンバーたちへと目を向ける。
「カッコ悪いところを見せちゃったわね。わたしはガラテア、階級は少佐よ。気軽に、少佐って呼んでちょうだい」
こうして、全てのメンバーが集い。
まだ意味を持たない少女たち、アンラベルという部隊が動き出した。