第26話 意味はない
メンバーの自己紹介が終わり。これからどうしたものかと、ガラテアは考える。彼女は軍人ではなく、こうやって部隊を率いるという経験も初めてである。それゆえ、まったく持ってプランを用意していなかった。
ゆえに、経験者に聞くことに。
「ねぇアイリ、どうしたらいいかしら。午後まで訓練できないし、この子たち暇になっちゃうんだけど」
「そうですね。普通の部隊でしたら、先輩たちによる簡単な歓迎会が行われることが多いですが。この部隊は新設されたばかりですので。何にせよ、決定権を持つのは少佐だけです」
「あら、そういうものなの?」
軍の風習など、何も知らないガラテアであったが。アイリの放った歓迎会という言葉に、何やら着想を得たようで。
「なら、決めたわ。ランチの時間まで暇だから、みんなでかくれんぼをしましょう!」
ガラテアの下した決断に、魔法少女たちは衝撃を受ける。
特に、軍人としての経験の長いアイリにとっては、まるで理解の出来ない単語であった。
「あの、少佐。確かに、まだ幼い者も多いですが。これでも全員、試験を受けて入隊した軍人です。流石に、かくれんぼというのは」
けれども、ガラテアの決定は覆らない。
「ふふ。軍人なら、上官の命令は絶対でしょ? ほら、かくれんぼよ。あなた達はかくれんぼをするの」
理不尽な形で、ガラテアは上官としての振る舞いを始める。
「オニ役は、そうね。最年長っぽいアイリにしましょ。分かった?」
「……了解、しました」
非常に、不服そうだが。軍人として、アイリは上官に逆らうわけにはいかなかった。
「えっと、とりあえずルールだけど。制限時間は、ランチタイムになるまで。今から10分後にアイリが探し始めるから、みんなはこの基地のどこかに隠れなさい。敷地内ならどこでもいいわ」
「少佐、基地のすべてが範囲ですか?」
「そうよ。今そう言ったじゃない」
「ですが流石に、他の隊などの迷惑になるのでは」
「いいのよ。わたしがいいって言ったんだから、それはもういいってこと。他の人に何か言われても、ガラテア少佐による命令ですって言いなさい」
もはや。何が何でも、かくれんぼをやりたいという強い意志が感じられた。
「それじゃ、ランチタイムまでかくれんぼね。所詮はお遊びだけど、せっかくのイベントなんだから、みんな本気でやりなさい。最後まで逃げ切った人には、わたしから豪華なプレゼントをあげるわ。アイリに関しては、そうね。見つけた人数に応じて考えるから」
「……はい。了解しました」
そうして、理不尽な上司による命令で、アンラベルの少女たちはかくれんぼをやらされることになった。
◇
「はぁ。まさか、こんなことになるとはな」
基地の敷地内を走りながら、クロバラはため息を吐く。せっかく苦労をして、はるばる北京までやって来たというのに。まさか軍に入って最初にやることが、かくれんぼになるとは。
流石のクロバラも、ここまでは予想ができなかった。
どうしたものかと、小走りで考えていると。
「ちょっと。待ってよ、クロバラちゃーん」
後方から聞こえてくるメイリンの声に、クロバラは仕方がないと立ち止まる。幼い少女の言葉を無視するのは、流石に気が引ける。
頑張って追いかけてきたのか、メイリンはすでに息を切らしていた。
「ねぇ、クロバラちゃん。一緒に隠れない?」
「いや、気持ちは分かるが」
かくれんぼで同じ場所に隠れるのは、まったくの無意味であろう。少なくとも、戦術的な意味合いは皆無である。
しかし、これはただの遊び。
であるなら、メイリンに付き合うのも悪くないだろうと、そう考えるクロバラであったが。
(……本当に、これはただの遊びなのか?)
おかしな方向へと脳が回転し始め、クロバラは別の可能性へとたどり着く。すなわち、これはかくれんぼと呼称しながらも、実際には極秘訓練の類ではないか、と。
遊びとは言いつつも、発案者は天才とも称させるガラテアである。ゆえに、このかくれんぼにどう対処するのかで、何らかの性能評価を下している可能性もある、と。
(もしもこれが訓練なら、本気で隠れる必要があるな)
オニ役に選ばれたのがアイリであることも、これで説明がつく。実は彼女はガラテア側の人間であり、魔法を使って本気で探しに来る可能性がある。
クロバラは、そこまで予想をしていた。
(彼女の力量は不明だが、魔力探知はお手の物だろう。となれば、最低限魔力を隠す能力は必要だが)
そうなれば、問題なのは一つ。
クロバラは、メイリンに目を向ける。
わざわざ探す必要のないほどに、メイリンの体からは膨大な魔力が溢れていた。昨日の検査で、魔力に覚醒したばかりで、未だに自覚すらしていないのだろう。
「メイリン、魔力は隠せそうか?」
「うーん、どうだろう。正直、わたしまだ、魔力とか魔法とかよく分かってなくて」
「……そうか」
残念ながら、メイリンはこのかくれんぼを生き残れないだろう。このダダ漏れな魔力をどうにかしない限り、彼女に道はない。
クロバラは考える。自分ひとりだけなら、きっと最後まで逃げ切ることが出来るだろう。魔法少女から逃げる方法は、すでに経験済みであった。
だがしかし、メイリンをここで見捨てるわけにもいかない。そこは、プライドがどうしても許さない。
「仕方ない」
「……え?」
心を、鬼にして。
クロバラは、ある決断を下した。
◇
少女たちが散ってから、10分が経過。
アンラベルの訓練場には、オニ役であるアイリと、見物者であるガラテアの姿だけが残っていた。
「少佐。これより捜索を開始しますが、その前に一ついいでしょうか」
「あら、なに?」
つまらなそうな顔で、ガラテアは質問に答える。
「このかくれんぼ、真の目的は何ですか? わたしをオニ役に選んだ以上、他のメンバーの実力を測るのが、おおよその目的なのは分かりますが」
「……なに言ってるの? 別に、目的とかないわよ?」
「……えっ」
真顔で放たれる言葉に、アイリは唖然とする。
「ランチタイムまで時間があるから、暇つぶしするって、さっきも言ったじゃない。だからほら、あなたも全力で遊びなさい」
「……わかり、ました」
まるで、釈然としない。軍人として、魔法少女として、これまで活動してきたアイリにとって、ガラテアの命令はまるで理解の出来ないことであった。
しかし、アイリは無駄に真面目な性格であり。
――全力で遊びなさい。
その命令に対し、ただ従うことを選択する。
「全力で、探します」
魔力を、風を纏って。
七星剣。疾風のアイリは、空へと飛翔した。