第28話 三者三様
「む。ティファニーの魔力が消えたな」
「そうなの?」
「ああ、反応が微弱になった。どうやら抵抗むなしく、確保されたらしい」
そもそも、かくれんぼなのに抵抗するというのは、ルールに反しているような気がするものの。
オニ側が魔法を使っている時点で、もはや些細な問題であろう。
息を潜めて、クロバラは隠れようとするが。
残念なことに同居人は、同じ考えではないらしく。
「ねぇ、クロバラちゃんだっけ? クロバラちゃんは、どうして左目に眼帯をつけてるの?」
「生まれつき、目が見えないからだ」
「そっかぁ。じゃあ、えぐられたり、潰されたりしたわけじゃないんだね」
「そうなるな」
「うーん、残念。そういう傷跡だったら、見てみたかったんだけど」
「……なるほど。君が問題児と呼ばれる理由が、少し分かってきたぞ」
会話を交わしていく内に、クロバラはレベッカという少女の人格を理解していく。
確かに、問題児と呼ばれるに相応しい少女なのかも知れないが。
少なくともクロバラにとっては、さほど珍しい存在ではなかった。
「うーん。問題児って言うけどさぁ。わたしを軍に入れたのは、無能な試験官でしょ? わたしのことを理解せずに、安易に入隊させたことが、そもそも悪いと思うけどなぁ」
「賢いな、君は。だがそもそも、どうして軍に入ろうと思ったんだ?」
「それはもちろん! 合法的に人を殺せるからに決まってるじゃん。軍人って、そういう職業でしょう?」
「……まぁ、そう考えることも出来るか」
まるでカウンセリングをするかのように、クロバラはレベッカの言葉を引き出していく。
こういう魔法少女の扱いについても、彼女には心当たりがあった。
「確かに、過去にも君のような魔法少女は居たらしいからな。かつて活躍した戦時中の魔法少女にも、何人か居たはずだ」
「えっ、そうなの?」
「ああ。とはいえ、昔は人間同士で殺し合う暇はなかったからな。基本的に、彼女たちが殺すのは魔獣だった。魔獣を殺すことが快感で、ずっと戦い続けていた」
「そっか、そうなんだぁ。いいなぁ、昔の魔法少女は。今は魔獣なんて絶滅しちゃったから、簡単に殺せないじゃん」
「……そうだな」
魔獣は絶滅した。
それが真実ならば、どれほど素晴らしい話だろうか。
「あっ、そうだ。クロバラちゃんは、人を殺したことある?」
「どうしてそんな質問を?」
「だってクロバラちゃん、わたしとおんなじ目をしてるから」
2人の瞳が、交差する。
相手の心を覗いていたのは、クロバラだけではなかったらしい。
「絶対、わたしよりいっぱい殺してるよね?」
「その言い方をすると、君も人を殺していることになるが」
「そうだねぇ。でも、クロバラちゃんよりかは少ないよ? だって、わたしが殺したのはお母さんだけだから」
「……」
まさかの言葉に、クロバラは言葉を失う。
前言撤回。
このような魔法少女とは、今まで出会ったことがない。
「なーんて、うそうそ。本当に親を殺したなら、魔法少女になれるわけないでしょ?」
「……そうだな」
けれども、クロバラは思う。
目の前の少女は、1つも嘘を吐いていないと。
クロバラの中で、レベッカという少女の重要性が、大きく上昇した。
◆
「くそったれ。テメェ、覚えてろよ!!」
抵抗むなしく、ティファニーはロープでぐるぐる巻きにされ。
まるで荷物のように、訓練場へと運び込まれた。
いい汗をかいた、という表情で。
アイリは再び上空へ。
残るメンバーは、レベッカ、クロバラ、メイリンの3人。広範囲にわたって魔力を張り巡らせているものの、未だに索敵に引っかかっていなかった。
「ここまで巧妙に魔力を隠せるとは、想定外ですね」
けれども、彼女は疾風の異名を持つ魔法少女。魔力を元にした索敵以外にも、別のやり方というものを知っている。
アイリは魔力の質を変えると、基地内に流れる、全ての風を掌握した。
「何だ、この感覚は」
「確かに、なにか感じる?」
クロバラとレベッカは、ともに僅かな風の流れを感じ取り。
そしてその反応を、アイリ自身も感じ取る。
「なるほど。トイレの個室に、反応が2つ。まったく関係のない、いかがわしい行為の可能性もありますが。とりあえず行きましょう」
異常を察知した場所。クロバラとレベッカの隠れるトイレへと、アイリは飛翔した。
その気配を、トイレ側の2人も感じ取る。
「……どういう理屈かは知らんが、バレたな」
「ふふっ、どうする? わたし達も抵抗してみる?」
どうやらティファニーと同じく、レベッカはかくれんぼのシステムに反逆するつもりらしい。
けれども、クロバラは難色を示す。
「とはいえ、仮にもかくれんぼだからな。変に場所を変えたり、逃げたりするのは邪道じゃないか? 向こうがこちらを見つけたのなら、そこは負けを認めるべきかも知れない」
「うわぁ、大人っぽくてツマンナイなぁ」
ここまで、一緒に隠れてきたクロバラとレベッカであったが。
最後の最後で、意見が分かれることに。
「それじゃ、わたしはちょっと遊ぼっかな?」
レベッカは個室の扉を開けて、敵を迎え撃つ準備へ取り掛かる。
◇
とある男子トイレ。その前で、アイリは仁王立ちをする。この場所に、魔法少女が隠れているのは間違いない。けれども、ここが男子トイレというだけで、アイリの足を非常に重たいものに変えていた。
「2人とも、ここにいることは分かっています! 大人しく、その汚らわしい場所から出てきなさい!」
入ることは出来ない。ゆえに、アイリは声を上げるしかなかった。
「魔法少女として、恥じらいというものはないのですか!」
「ないデース!」
アイリの声に対抗するように、男子トイレの中から声が聞こえてくる。
「その声は、レベッカですね。一緒にいるのが誰かは知りませんが。どちらにせよ、不用意に動かないほうが懸命です。なぜなら、そのレベッカという少女は――」
その言葉を、遮るように。
強烈な蹴り。
かかと落としが、アイリに襲いかかる。
「ッ」
トイレからやって来たのその攻撃を、アイリはすんでのところで回避。
襲いかかってきた人物と、対峙する。
「避けられましたぁ。ザンネン?」
現れたのは、バケツを被った魔法少女。けれども、黒のツインテールが丸見えで、正体がレベッカなのは一目瞭然である。
「……レベッカですね、発見です。無駄な抵抗はやめて、投降しなさい」
「レベッカ? なにそれ、だれそれ」
バケツを被った魔法少女は、あくまでしらを切る。
「わたしはトイレの妖精、バケツマンだよ?」
「……顔が見えなければ、発見扱いにならないという理屈ですか」
「おー? りくつ?」
ティファニーの次は、レベッカ。どうして問題児たちは、こうも武力に訴えたがるのか。
仕方がないと、アイリは相手をすることに。
「ならばそのバケツを剥いで、顔を拝ませてもらおう!」
男子トイレの前で、アイリとレベッカの戦いが始まった。
◇
風を切るような音と、激しい打撃音。
男子トイレ前における攻防は、驚くほどに白熱していた。
「……」
個室の中に閉じこもったまま、クロバラは外の戦いを感知する。
(感じられる魔力からして、アイリは間違いなく上級魔法少女だな。下手したら、異名持ちクラスかも知れん)
鋭い直感と、感知能力によって、クロバラはアイリの戦闘能力を把握していた。
(とはいえ、室内という環境と、レベッカの卓越した格闘センス。それらの条件が重なったことで、予想以上に苦戦しているわけだな)
冷静に2人の攻防の音を聞きながら、クロバラはトイレの窓から身を乗り出すと。
外にある、大きな時計を見る。
(もうこんな時間か。そろそろランチタイムだな)
もはや、ルール無用のかくれんぼだが。
少なくとも、制限時間というものは残っているはず。
「おい、2人とも。そろそろ時間だぞ、終わりでいいんじゃないか?」
トイレの中から、クロバラは声をかけるも。
戦闘音が激しすぎて、まるで声が届いていなかった。
「おーい! そこのバカふたり!」
仕方がないと。トイレの個室から出て、わざわざ近づいて声をかけるも。
レベッカは、バケツを被っているせいか声が届かず。
アイリは単純に、戦いに夢中で声が届いていない様子であった。
問題児だろうと、そうでなかろうと。魔法少女というものは、総じて扱いづらい存在である。
そしてそれを、クロバラは誰よりも理解していた。
「……これだから、ガキ共は」
言っても聞かないのであれば。
クロバラは静かに、拳を鳴らす。
◇
トイレ前の廊下。
その狭い空間で、レベッカとアイリは拳と蹴りによる攻防を続けていた。
「あはははっ。あなた凄い! こんな子初めて」
「ッ」
バケツを被った状態で、信じられない動きを見せて。
完全に、レベッカは戦闘に酔っていた。
その気迫、技量は凄まじいもので。
最強の魔法少女。七星剣に数えられるアイリを、ほんの僅かながらに圧しているようだった。
(これが、レベッカの実力。確かに、人格面を考慮しなければ、凄まじい才能だな)
戦いの中で、アイリは考える。
室内、しかも廊下という限られたスペースは、アイリにとって得意な戦場ではなかった。高威力の魔法を、気軽に放つことも出来ない。
せめてもう少し広い場所なら、他の戦い方も可能だが。
たった一瞬でも、相手から逃げる。
そんな行動は、七星剣としてのプライドが許さなかった。
戦いという状況に、ひたすら酔いしれるレベッカと。
そのプライドゆえに、引き下がることの出来ないアイリ。
そんな正反対にして、相性最悪の2人。
両者の戦いはこのまま、どちらかが崩れるまで終わらない。
そんな雰囲気すら、感じられたものの。
「――よし、終わり」
突如として現れた、クロバラという名の横槍。
それによって、両者の拳は完全に受け止められていた。
しかも、それだけではない。
いつの間にか、レベッカの被っていたバケツも吹き飛ばされている。
「残念、見つかったな」
戦いも終わり、かくれんぼも終わり。
決着は、あまりにも静かであった。