第27話 異端児
全力で遊べという命令のもと、疾風のアイリは空へと飛翔し。
持てる能力の全てを費やして、他のメンバーの捜索へと当たった。
すると、瞬く間に彼女の索敵にメンバーたちが捉えられていく。
最初に発見されたのは、謎多き銀髪の少女、ゼノビア。彼女は隠れるというよりも、訓練場の日陰で読書をしていたため、そもそもかくれんぼの開始以前に発見されていた。
「所詮は遊びなので。わたしは、遊ぶために軍人になったわけじゃありません」
まごうことなき正論に、アイリはぐうの音も出なかった。
次に発見されたのは、新人の1人であるルーシィ。彼女は本気でかくれんぼに挑んでおり、彼女なりに魔力も隠そうと努力をしていたようだが。ずば抜けたアイリの索敵能力の前には、無力に等しかった。
「こ、殺さないで〜」
「殺しません。ほら、歩いて訓練場へ戻りなさい」
アイリの言葉に従って、ルーシィは訓練場へと戻っていく。
そうして、アイリは自分の中のスイッチを切り替えた。
(さて、どう出ますか?)
簡単に見つかるのは、この程度であろう。残りのメンバーを相手にするのは少々骨が折れそうだと、アイリは魔力を全開にする。
それは、まるで波動のように。波を打つ魔力が、基地の全域へと広がっていく。それはまるで、敵を発見するためのレーダーのように。全ての魔力を、索敵能力へを注ぎ込む。
ここは軍の基地。無論、アンラベル以外の魔法少女も多く存在しており、レーダーには多くの反応が引っかかる。けれども、アイリはその中から、自分の見つけ出すターゲットを絞り出す。
不自然な場所。あるいは、不自然な動き。軍隊という規律の中で、そのような存在が混ざっていれば、自然と浮かび上がってくるもの。
やがてアイリは、ターゲットの1人を発見し、一直線に飛翔した。
「ッ、来やがったな」
ティファニーは、敵の反応を察知する。
彼女なりに魔力を隠蔽して、倉庫の中で身を潜めていたのだが。膨大なアイリの魔力に当てられて、つい反応を漏らしてしまった。
だがしかし、ここで終わるティファニーではない。彼女にとってかくれんぼとは、隠れるだけが全てではなかった。
「あたしを見つけたって、そう判断できるなら、やってみろや!」
ティファニーの手の中に、魔力が集い。膨大な電力が発生する。それは凄まじい光となり、もはやティファニーの姿そのものを隠してしまうほど。
これこそが、彼女の作戦。
見れるものなら、見てみろと。
閃光のティファニー。
その異名通り、彼女は目眩まし作戦へと移行した。
◇
(……この魔力、ティファニーか?)
トイレの個室。そのシンプルな場所に隠れるクロバラは、遠い場所から魔力の波動を感じ取る。
どうやらティファニーは、アイリから逃れるためにかなりの無茶をしているようで。激しい魔力の波動と、それに付随する爆音が、遠いこの場所まで響いていた。
(結構、結構。その作戦はどうかと思うが、時間稼ぎにはなるだろう)
ティファニーとアイリの攻防も、クロバラにとってはどうでもいい。なぜなら彼女は、自分の能力的にも、そして隠れ場所的にも、見つかる可能性が低いと考えていた。
クロバラが隠れているのは、男性用トイレ。最悪見つかったとしても、ここに入る度胸はないだろうと。そういう打算も込みで、クロバラはこの場所を隠れ場所に選んでいた。
それゆえ、余裕綽々と隠れ続けるものの。
「君、凄いねぇ〜」
「ッ」
突如、声をかけられ、クロバラは警戒心をあらわにする。
「やっほー。となり失礼?」
となりの個室から、身を乗り上げて。
メンバーの1人であるレベッカが、クロバラに話しかけていた。
「まさか男子トイレに隠れるなんて、普通じゃ考えないって。やっぱり、君はトクベツ?」
「……そういう君も、なかなかのスキルだな。正直、声をかけられるまで、まるで気配に気づかなかった」
冗談抜きで、クロバラは称賛する。
少なくとも、今まで見てきた生き物の中で、レベッカは随一のステルス能力を有していた。
「えへへ。ずーっと、1人で引きこもりみたいな仕事をさせられてたから、気配を隠すのが上手くなったのかも」
「そうか」
そんな会話をしつつ。
レベッカは身を乗り出したまま、ニコニコとクロバラを見つめている。
「その、なんだ? こっちに入るか、そっちに入るかしたらどうだ? そんな場所だと、下手したら他の人間に見つかるぞ」
「おっと、そうかも」
そう言って、レベッカはクロバラの入っている個室へと降りてくる。
「えっへへ」
「こうなると、共倒れの未来もあるな」
レベッカという少女が、どういう人格なのかは不明だが。無理に追い出そうとしても、きっと難しいことは確かである。
仕方がないので、クロバラはここで2人で隠れることに。
◆
基地内の倉庫。そこでは、2人の魔法少女による激しい攻防が行われていた。
閃光の名を自称するティファニーと、疾風の異名を隠すアイリ。
これはかくれんぼのはずだが。ティファニーによる抵抗によって、未だにアイリは彼女を見つけることが出来ていなかった。
魔法によって生成される、無数の電気の塊。それはさしずめ、閃光弾、スタングレネードのように機能しており。無限に生み出される閃光によって、倉庫の中は目も開けられない状況になっていた。
目を開けないなら、ティファニーを視認できない。視認できないのなら、見つけた扱いにならない。無敵の閃光コンボによって、ティファニーは籠城作戦を決め込んでいた。
「ハハハッ! さっさと諦めて、他の奴のところに行くんだな!」
ただ閃光を放つだけならば、無限に行うことが出来る。
ティファニーも何も見ることが出来ないが。タイムアップになるまで、このまま続ければいい。
そのはず、だったのだが。
閃光を生み出す手を、何者かに掴まれる。
「なっ」
目を開けられず、近づけるはずもないのに。
アイリは、ティファニーの元へやって来ていた。
「声がうるさいのと、ダダ漏れの魔力。目を瞑っていても分かります」
激しい光の中でも、目を開けなければ問題ない。そしてアイリは、魔力の反応だけで相手の位置を探ることが可能であった。
ゼロ距離で、しかも腕を掴まれている。
かくれんぼとしては、当然、詰みなのだが。
「だったら、気絶してらぁ!」
ティファニーは往生際が悪く。アイリを気絶させる勢いで、凄まじい電気を流し込んだ。
常人相手なら、命に関わるほどの攻撃だが。
アイリは、動じてすらいなかった。
「なっ、直だぞ!?」
直接触れた状態で、本気の電気を流しているのに。なぜ目の前の少女は、何食わぬ顔をしているのか。
ティファニーは動揺を隠せない。
「……潤沢な才能。その力の使い道を、あなたはもう少し考えたほうがいい」
「ッ」
アイリの実力を微かに感じ取ったのか、ティファニーは距離を取る。
「目視確認。あなたは発見されました。ですので、おとなしく訓練場へ戻ってください」
色々と妨害している時点で、すでにかくれんぼとしては破綻している。
だがしかし、問題児にとっては関係のないこと。
ティファニーは、臨戦態勢に入る。
「こんな遊びはどうだっていいが、負けるのは気に入らねぇ」
「……かくれんぼのルール、知っていますか?」
「うるせぇ!」
猛烈な電気を纏う。
隠れるためではない、明らかに戦うために。
「知ってるか? 強烈なショックを受けると、記憶が吹き飛ぶこともあるらしいぜ?」
アイリを気絶させて、あわよくばここでの記憶を消したいのだろう。
これこそが、ティファニーの最終手段であった。
対して、アイリは冷静な目を向ける。
「……まるで、井の中の蛙ですね」
「あぁ?」
「あなたは、自分より強い魔法少女と戦ったことがありますか?」
「はっ、そんなの関係ねぇ。たとえあたしより強いやつが居ても、さっさと追い越せばいいだけだ」
これは、かくれんぼのはず。
けれども両者は、一触即発の雰囲気になっている。
「なるほど。少しだけ、あなたのことが分かってきました」
「あ?」
「わたし達は案外、似た者同士かも知れません」
ティファニーに対して、アイリはそう告げる。
「より強く、より高みへ近づくために。だからあなたは、軍へ所属することを選んだ。違いますか?」
「……だとしても、テメェと一緒にすんじゃねぇ。あたしが目指してんのは、一番テッペンだ!」
「てっぺん、ですか?」
テッペン。その単語には、アイリは心当たりがあった。
なにせ彼女自体が、それに数えられているのだから。
「ああ。七星剣とか名乗ってる、この国のトップの1人。あたしは前に、そいつにボコボコにされたんだ」
それがティファニーの過去。
ただの問題児であった彼女を変えた、決定的な出来事。
「だからあたしは決めた! そいつと同じ軍に入って、絶対に引きずり下ろしてやるってな!」
「……なるほど」
ティファニーの言葉を聞いて。
それでもなお、アイリは変わらない。
「やはり我々は、似た者同士のようですね」
「何だと?」
「わたしも、実は同じなんです。最強と謳われる七星剣ですが、その中でも格差は存在し。その中でも最上位とされる魔法少女は、まさに別次元の存在です。……わたし自身、手も足も出ないほどに」
かつてアイリも、その魔法少女へ挑んだことがあるのだろう。
そして敗れた。
アイリの纏う雰囲気が変わり。
その身体を、信じられない密度の魔力が包み込む。
「テメェ、一体?」
「あなたがライバルならば、わたしも手は抜きません」
風が音を立てる。
アイリが操るのは、自然そのもの。
「どちらが先に、あの頂へ辿り着けるのか」
ティファニーを、1人の魔法少女として認めたのか。
アイリはここで、本気を出すことに。
風と、電気。
2つの魔力が、正面から衝突した。