第12話 魔力強度
常に電気を漏らしているような。怒りを表面に表しているような。
そんな少女、ティファニーに睨まれながら。クロバラはじっと、軍の施設の中で待機を続けた。
すると、適性検査の準備が整ったのだろうか。
この部屋に残された数人の少女、すでに魔法に目覚めた少女たちが、1人ずつ名前を呼ばれていき。
結果的に、クロバラが最後まで部屋に残り、検査を受けるのも最後となった。
名前を呼ばれ、クロバラが別室に入ると。そこは真新しい機械に囲まれた、病室のような部屋。
すでに他の少女たちは検査を終えたのか、その姿を消しており。
白衣を纏った数人の検査員と、軍人の姿しかなかった。
「ではこれより、あなたの魔法少女としての資質を測ります」
白衣を着た女性検査員の指示に従って、クロバラは検査を受けることに。
眼帯に隠されたモノなど、いくつか不安様子はあるものの。表面上は穏やかに、指示に従っていく。
「まず初めに、あなたの潜在的魔力強度の測定を行います。これは将来、あなたがどれだけ強い魔法少女になれるのかを簡単に数値化するものです。残念ながら、この数値が一定よりも低いと、あなたは軍の魔法少女にはなれません」
「はい、理解しています」
魔法少女は、ある意味では特別な軍人であり、またある意味では兵器としても扱われる。
魔力の低い、兵器としての出力が低ければ、軍としても必要ではない。クロバラは、それをよく理解していた。
自分にどれだけの力が、魔力があるのかを、クロバラは知らない。なぜなら魔力に目覚めたのはほんの少し前、あの列車での戦いの中である。
新種の魔獣に対して、クロバラの魔法は確かに力を示したものの。潜在的な数値となれば、未だに未知数であった。
(……これに関しては、完全に祈るしかないな)
もしも、ここで基準を満たさなければ、ここまでやって来た意味がない。オクタビアなどの古い友人を頼って、自分の全てを偽って。
それでも、たった1つの願いのために。このような場所で、クロバラはつまずくわけにはいかなかった。
真剣な表情で、クロバラはごそごそと。
すると、それを見ていた女性検査員が、思わず唖然とする。
「あ、あの。どうして服を脱ぐのかな?」
気づけば。クロバラはすでに上半身裸になっており、準備完了という表情をしていた。
女性検査員からの問いに、逆に疑問を覚えるほどに。
「心配は結構です。こう見えてわたしは、しっかりと勉強をしていますので。軍の入隊試験で、魔法少女がどういった検査を受けるのかはすべて理解しています。さぁ、ぱっぱと終わらせましょう!」
妙に自慢げな表情で、クロバラはそう言い放つも。対する女性検査員は、なんとも言えない表情を。
その他の男性職員や軍人たちは、彼女を直視しないように目を背けていた。
「じゃあ、とりあえず。服を着てもらっていいかしら」
「……はい?」
その言葉を理解するのに、クロバラは少々時間が必要であった。
「魔力強度の測定ですよね? わたしは恥ずかしくないので、このままお願いします」
「いや、そういう問題じゃないというか。こっちの機械に、両手を乗せるだけで検査できるから、服を脱ぐ必要はないのよ?」
「……え」
クロバラの持つ知識が、すべて無駄となる。
「その、どこで教わったのかは知らないけど。検査で裸になってたのは、何十年も昔の話だから。流石に今は、ねぇ」
「……なる、ほど」
顔を真っ赤にしながら、クロバラは脱いだばかりの服を再び着用していく。
なんと、虚しい時間であろうか。
(そう、だった。オクタビアが魔法少女になったのは、半世紀近く前のことだった)
試験に対して、確かにクロバラは勉強を行ってきた。
しかし、選んだ教師が悪かった。
少々、恥ずかしがりながら。
クロバラはまっさらな気持ちで、検査に臨むことに。
そんな彼女の前に用意されたのは、縦に伸びる2つの棒状の機械。その先端には、大きな水晶玉のようなものが付いてた。
「この丸い部分に、ゆっくりと両手を乗せてみて。それで、あなたの魔力強度を測るから」
「了解です」
女性検査員の指示に従って、クロバラは水晶のような部分に両手を乗せる。
(こんなもので魔力強度を測れるとは。随分と、便利なものができたな)
そんなことを思いつつ、クロバラが待機していると。
白衣を着た検査員たちが、周囲の装置を動かし始める。
「一瞬、ピリピリって感じがするかも知れないけど。痛くないから、手を離さないように」
「はい」
すると、静かに駆動音が鳴り。
一瞬、クロバラの全身を電気のようなものが駆け巡る。
心臓が大きく鼓動するような、初めての感覚であった。
(……これが、魔力強度の検査。実査に受けてみると、感慨深いな)
クロバラは、遠い昔の記憶を思い出しつつ。
静かに次の指示を待っていると。
周囲の医者たちが、不思議とざわざわし始める。
「……あの、どうかしましたか?」
「あー、うん。気にしないで。ちょっと機械の不具合なのか、正確に強度を測れなかったみたい」
どうやら、なにかトラブルが起きているようだが。
それほど深刻な空気は感じないため、クロバラは気にしないことに。
「もう一回、検査するから。深呼吸、リラックスしてちょうだい」
「はい。お願いします」
言われた通りに、クロバラは心を落ち着かせて。
再び、検査用の機械が駆動し始める。
先ほどと同様に、電気が流れるような感覚を感じるも。
「パルスに反応なし。出力、すでに通常の倍ですが、どうしましょう」
「……この子は、すでに魔力に覚醒済みだから、他の子よりも素の強度が高いのかも。試験用のプログラムじゃなくて、正規の魔法少女に対するものに変更しましょう」
「了解」
またしても、検査が思い通りにいかなかった様子だが。
クロバラは、特に表情を変えず。
「えっと、クロバラさん? あなたは多分、十分試験を合格できるくらいの魔力を持ってそうだけど。一応、正式な数値を測らないといけないから。ちょっとだけ、強めの信号を流すわね」
「はい。あと、わたしの体は問題ないので、感応パルスを最大にして構いません」
「あら。やっぱりあなた、こういう技術に詳しいのね」
「……まぁ、勉強をしてきたので」
改めて、クロバラは検査を受ける体勢に。
ゆっくりと呼吸をして、機械の駆動音を待つ。
すると、これまでとは比べ物にならないほど、強い衝撃が全身を駆け巡り。
「ッ」
瞬間、何かが壊れるような感覚を。
耳鳴りのようなものを、クロバラは感じ取った。
しかし、検査は上手くいったようで。
「……凄い。凄いわ、クロバラさん! あなたの魔力強度、信じられないくらいに高い。これは現役のトップクラス、もはや記録的と言っていい数値だわ!」
「なるほど。それは、よかったです」
女性検査員を初めとして、白衣を着た人々は揃って検査結果に驚き、釘付け状態になっていた。
自分の検査結果を、まじまじと見られるのは少し恥ずかしいものの。少なくとも、最悪の事態を回避することはできた。
魔力が低くて試験に落ちる、それは考え得る中でも最悪のルートであった。
「わたしの魔力強度、そんなに高い数値でしたか」
「ええ! 先に検査した、あの子。閃光のティファニーも十分過ぎるほどに優秀だったけど、あなたはもう別次元よ。最年少での七星剣入り、いいえ、もっと凄い功績を残せるかも」
「は、はぁ」
検査員たちは大興奮。
監視役の軍人も、まるで祝福するかのように拍手をしている。
もはや、これ以上の結果がどれだけ悪かろうと、ここから帰れそうにない雰囲気であった。
「……ふぅ」
なにはともあれ、最初の検査が完了してクロバラは安堵する。
こんな場所で試験に落ちようものなら、今までの苦労が水の泡である。
ホッとした様子で、クロバラが機械の水晶部分から手を離すと。
まるで、緊張の糸がほぐれるかのように。
パリンという音を立て、2つの水晶が粉々に砕け散った。
「あ」
水を打ったような静けさとは、まさにこのような状況か。
当事者であるクロバラも、それを見ていた医者たちも。
予想もしない現象に、完全に言葉を失う。
「……すみません」
とりあえず、クロバラは謝った。