第17話 光と音
「……困ったな」
軍の入隊試験が終わり。
クロバラは一安心して、今日は帰るだけとなったのだが。
基地の門で仁王立ちをする人物、閃光のティファニーの存在よって、その帰り道は険しいものとなっていた。
(面倒な奴に目をつけられた。やはりあの時、無視をしておくべきだったか)
後悔しても、もう遅く。
ティファニーの目的は完全にクロバラであり、まったくもって動こうという気配がない。
「クロバラちゃん?」
「すまない。ちょっと待っていてくれ」
クロバラの側にいるのは、一応は同い年である少女、メイリン。同じ部隊に配置となったことで、彼女を家まで送ろうと考えていたのだが。
門に立ちはだかる人物によって、足止めを食らっていた。
どうしたものかと、クロバラが考えていると。
「あら、こんな所で何をしているの?」
「うわっ」
いつの間にか。2人の背後には、1人の女性が。
赤いドレスを身に纏った美女、オクタビアが立っていた。
クロバラはその気配に気づいていたため、特に動揺はないものの。メイリンは思いっきり驚いていた。
「オクタビア」
「試験が終わったって聞いたから、迎えに来たのだけれど。その子は?」
「同じ部隊に配属される新人、メイリンだ。まだ12歳だからな、家まで送ろうと思ってたんだが」
「察するに、門にいるあの金髪の子が問題かしら」
オクタビアも、ティファニーの存在に気づいていた。
「ああ。閃光のティファニーとかいう、ここらでは有名な悪ガキらしい。待合室で話した時に、ちょっと刺激してしまってな」
「閃光のティファニー? まさか、あの問題児が入隊試験に?」
「ああ。やっぱり有名なのか」
「そうね。悪い意味で、有名な魔法少女よ」
少々、目を細めて。オクタビアは、物陰からティファニーの姿を睨みつける。
「普通、覚醒した魔法少女は政府に登録する義務があって、好き勝手に魔法を使うことは許されないのよ。魔法は、人に対しては強すぎる力だから。基本的に、軍や警察機関に所属する魔法少女以外は、抑制剤でその力を抑え込まなきゃいけないの」
「だが、それに従わない者もいるわけか」
「ええ。そしてその筆頭が、閃光のティファニー。数年近くに渡って、警察の追跡を逃れ続けただけなく、派遣された軍の魔法少女すら退けたって話よ」
「なるほど。それなら確かに、あの自信満々な態度にも説明がつくな」
実戦レベルの力を持っている。ティファニーの言葉は、しっかりと根拠のあるもの。
そんな面倒な相手に対して、喧嘩を売ってしまったのは、クロバラとしても失敗であった。
「ラグナロクで仲間も大勢死んじゃったから、あんまり人手が足りてないのよ。だから軍も、彼女の対処に力を入れられなかったのね」
「その問題児が、軍に入隊したのは確かに良いことだが。まさかここまで睨まれるとは、わたしも想定外だった」
「ふぅん」
クロバラの話を聞いて、オクタビアは何かを考えて。
名案を思いついたと、笑みを浮かべた。
「あのガキには、わたしも思うことがあったから。ちょっと注意を引いておくわ。その隙に、あなた達は帰りなさい」
「……そうか? なら頼んだ、オクタビア」
「任せてちょうだい、きょーかん」
「ふっ」
オクタビアがどうにかしてくれるということで、クロバラは彼女に対処を任せることに。
すると、瞬きほどの合間に、オクタビアは2人の前から姿を消した。
「消えた? もしかして、瞬間移動の魔法?」
「いいや。ただ単に、足が馬鹿みたいに速いだけだ」
音速のオクタビア。
彼女がどれほどの実力者なのかを、クロバラは誰よりも理解している。
それゆえに、安心して任せることが出来た。
◆
「で、こんな場所まで呼び出して、どういう了見だ?」
場所は移り変わり、人気のない路地裏へ。
そこにやって来たのは、閃光を名乗る魔法少女、ティファニーと。
とっくに現役を引退した過去の兵士、オクタビア。
「お前、魔法少女だよな? 基地に所属してる奴か?」
「……」
ティファニーの問いかけに対し、オクタビアは答えず。
ただ、不気味に微笑むのみ。
「あっ。もしかして、新人潰しってやつか? ははっ、名前が売れると大変だぜ」
「あらあら、そんな大層なものじゃないわ。それにわたし、退役して随分経つから、新人潰しなんてする必要ないもの」
「あぁ?」
ひらひらと、ドレスを華麗に揺らして。
オクタビアは自己紹介を行う。
「わたしはオクタビア。音速のオクタビアって、聞いたことないかしら」
その名前に、ティファニーは僅かに驚く。
「音速って、戦争に参加してた奴じゃないのか?」
「ええ。いうなれば、あなたの大先輩かしら」
「へぇ。で? そんな大先輩サマが、アタシに何のようだ?」
「そうね。言うなれば、忠告かしら。あなた、ちょっと腕に自信があるからって、他の子たちを威圧してるみたいだから」
「それが何だってんだ? 現役の魔法少女ならともかく、テメェみたいなババアには関係ねぇだろ」
ババア。
その言葉を受けて。
カチリ、と。オクタビアの雰囲気が変わる。
ティファニーは完全に、彼女の地雷を踏んでしまった。
「まったく。かなりの問題児とは聞いてたけど、先輩への態度すらなってないなんて」
「それは悪かったな、ババア」
また一つ、地雷に対して刺激が。
「かつては有名な魔法少女だったとしても、退役してかなり経つんだろ? つまりはそこらの一般人と変わらないザコってことだ。なんで、あたしが敬意を払わないといけないんだ?」
「あら、それはどうかしら。別に現役を引退したとはいえ、全ての力を失うわけじゃないのよ? それに、ある程度努力すれば、維持することは可能だもの」
そう言って、オクタビアは自慢の肉体美を見せつける。
現役の魔法少女とはまた違う、妖艶さを併せ持つ美しさを。
だがしかし、
「はっ。つまりは、若作りだろ? 無理すんなババア」
「……」
その言葉に、オクタビアの纏う力が変わる。
「音速とか言っても、所詮は昔の基準だからなぁ。衰えた今のお前だったら、多分どこにも――」
瞬間。
風が舞い。
「……は?」
気がつけば、ティファニーは地面にひっくり返っていた。
そんな彼女を、オクタビアは見下すように見つめている。
「いったい、何が」
「あら。速すぎて見えなかった?」
人目のつかない、暗い路地裏にて。
光と音が、衝突する。