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第18話 見た目は少女

第18話 見た目は少女





 オクタビアのおかげか、いつの間にか基地の門からティファニーの姿は消えており。

 クロバラとメイリンは、気兼ねなく基地を後にすることが出来た。


 2人はまだ、出会ったばかり。しかしクロバラは、どうにもメイリンのことが心配なようで。今日のところは、彼女を家まで送ってあげることに決めていた。


 クロバラとメイリン、小さな少女が2人、大きな街を歩いていく。

 しかし今日からは、紛れもなく軍に所属する魔法少女であった。




「送ってくれて、ありがとう」


「都会では、ギャングが問題になってるらしいからな。子ども一人で歩くには、ちょっと不安だろう」


「そうだけど。表側を歩いてれば、基本的に大丈夫だよ?」


「だとしても、何が起こるかは分からない。せっかく軍に入隊できたのに、事故や事件に巻き込まれたら意味がないぞ?」


「うーん。ほんと、クロバラちゃんはよく考えてるよね」




 ゆっくり、トコトコと。

 少女の小さな歩幅で、2人は帰路を進んでいく。




「クロバラちゃん、田舎から来たんだよね? そっちの話、聞いてみたいな」


「ああ、構わんぞ」




 傍から見れば、同年代の友達同士に見えているのだろう。

 街の大人たちは、少なくともそういう目線で2人を見守っていた。




「川の水が飲めるって本当? 森には行ったことある?」


「そうだな」




 無邪気で、好奇心に溢れた、メイリンからの質問。クロバラは微笑みながら、その一つ一つに丁寧に答えていく。


 どこか、遠い昔。

 懐かしさを感じるように。











「くっ」




 息を漏らしながら、ティファニーは地面へと倒れ込む。


 彼女の服は、所々が破れており。

 本人の身体にも、軽い傷がいくつも見える。



 完全に、ボロボロといった様子であり。

 優雅な仕草でそばに立つ、無傷のオクタビアとは対照的であった。



 怪我どころか、汗の一つもかいておらず。

 オクタビアは淡々と、ドレスに付いたホコリを払っていた。




「……かつて、戦争に参加してた魔法少女たちは、頭のイカれた連中ばっかでね。何十年、何百年も戦い続ける猛者もいて、100年戦士とか呼ばれてたわ」




 ティファニーに対して、オクタビアは語る。




「その中でも、わたしは速さを追求し続けて、やがては音速と呼ばれるようになった。並み居る歴戦の猛者を押さえて、わたしが最速の称号を得たのよ? それがどれだけのことか、あなたに分かる?」




 オクタビアが問いかけるも、ティファニーは何も言えず。

 ただ苦悶の表情で、腹のあたりを押さえていた。




「閃光のティファニー。この程度のガキが、光を名乗るだなんて。おこがましいにもほどがある」


「……くそ」




 どれだけ悔しくても、怒りを覚えても。ティファニーには、反撃するだけの力が残されていなかった。

 肉体だけでなく、精神すら痛めつけられたように。




「あなたは新人魔法少女でしょ? だから怪我にならないよう、手加減するのに苦労したわ。骨だって折れてないから、頑張って立ち上がってみなさいよ」


「くっ」




 オクタビアの言う通り。確かに、ティファニーは大きな怪我を負ってはいない。骨や臓器に達するような、強力な攻撃は受けておらず。


 ただ、純粋な痛みによって、立ち上がることが出来なかった。




「ふふっ。頑張りなさい、ルーキーさん。わたしみたいに、良い教官に恵まれるといいわね」




 このくらいで十分であろうと。

 何事もなかったかのように、オクタビアはその場から姿を消した。



 残されたティファニーは、ただ地面を睨むことしか出来ず。

 圧倒的なまでの実力差を、その体に刻まれた。











「クロバラちゃん? どうかしたの?」




 メイリンの家に向かって、都会の街並みを歩く2人であったが。

 とある建物の前で、クロバラは突如としてその足を止めた。




「……」




 先程まで、他愛もない話に花を咲かせていたのに。

 その建物を見つめる彼女の表情は、一言では言い表せないほど複雑なものであった。




「ここは、映画館かな? クロバラちゃんの地元には、なかった?」


「いいや、あった。こんなに大きくはないが、わたしの町にも映画館はあった」


「そうなんだ」





 都会の中にある、大きな映画館の前で、立ち止まる2人の少女。


 気がつけば、クロバラの右目からは大粒の涙が溢れ出していた。


 本人すらも、気づかぬ内に。




「えぇ!? どうしたの? なにか、嫌なこととかあった?」


「いや、別に」


「でも、泣いてるよ?」


「……」




 クロバラは、静かに涙を拭う。

 手に触れてみて、ようやくそれが自分の涙だと気付いた。




「……ちょっと、思い出してな。どうしてわたしが、魔法少女を目指すことになったのかを」




 目を閉じて、深く呼吸をする。

 小さな少女の体の中で、心臓の鼓動が大きく揺れていた。




「約束を、したんだ。親子で一緒に、映画を見に行こうって」


「……それって、お父さんとか、お母さんと?」





 クロバラの脳裏に浮かぶのは、色褪せてしまった、遠い過去の記憶。

 今の自分と、まったく同じ顔をした少女が、こちらを見ながら笑っている。





――お父さん。





 決して、忘れることの出来ない。

 繋ぎ止めなくてはならない声が、頭の中に響き渡る。


 ただ、その手をもう一度握るために、ここまでやって来たのだから。





「ああ、大切な約束だ」





 そこに立つのは、1人の魔法少女。

 その胸に宿すのは、鋼に等しい兵士の魂。



 強く、強く。

 クロバラは約束を果たすため、戦い続けることを誓った。






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