第18話 見た目は少女
オクタビアのおかげか、いつの間にか基地の門からティファニーの姿は消えており。
クロバラとメイリンは、気兼ねなく基地を後にすることが出来た。
2人はまだ、出会ったばかり。しかしクロバラは、どうにもメイリンのことが心配なようで。今日のところは、彼女を家まで送ってあげることに決めていた。
クロバラとメイリン、小さな少女が2人、大きな街を歩いていく。
しかし今日からは、紛れもなく軍に所属する魔法少女であった。
「送ってくれて、ありがとう」
「都会では、ギャングが問題になってるらしいからな。子ども一人で歩くには、ちょっと不安だろう」
「そうだけど。表側を歩いてれば、基本的に大丈夫だよ?」
「だとしても、何が起こるかは分からない。せっかく軍に入隊できたのに、事故や事件に巻き込まれたら意味がないぞ?」
「うーん。ほんと、クロバラちゃんはよく考えてるよね」
ゆっくり、トコトコと。
少女の小さな歩幅で、2人は帰路を進んでいく。
「クロバラちゃん、田舎から来たんだよね? そっちの話、聞いてみたいな」
「ああ、構わんぞ」
傍から見れば、同年代の友達同士に見えているのだろう。
街の大人たちは、少なくともそういう目線で2人を見守っていた。
「川の水が飲めるって本当? 森には行ったことある?」
「そうだな」
無邪気で、好奇心に溢れた、メイリンからの質問。クロバラは微笑みながら、その一つ一つに丁寧に答えていく。
どこか、遠い昔。
懐かしさを感じるように。
◆
「くっ」
息を漏らしながら、ティファニーは地面へと倒れ込む。
彼女の服は、所々が破れており。
本人の身体にも、軽い傷がいくつも見える。
完全に、ボロボロといった様子であり。
優雅な仕草でそばに立つ、無傷のオクタビアとは対照的であった。
怪我どころか、汗の一つもかいておらず。
オクタビアは淡々と、ドレスに付いたホコリを払っていた。
「……かつて、戦争に参加してた魔法少女たちは、頭のイカれた連中ばっかでね。何十年、何百年も戦い続ける猛者もいて、100年戦士とか呼ばれてたわ」
ティファニーに対して、オクタビアは語る。
「その中でも、わたしは速さを追求し続けて、やがては音速と呼ばれるようになった。並み居る歴戦の猛者を押さえて、わたしが最速の称号を得たのよ? それがどれだけのことか、あなたに分かる?」
オクタビアが問いかけるも、ティファニーは何も言えず。
ただ苦悶の表情で、腹のあたりを押さえていた。
「閃光のティファニー。この程度のガキが、光を名乗るだなんて。おこがましいにもほどがある」
「……くそ」
どれだけ悔しくても、怒りを覚えても。ティファニーには、反撃するだけの力が残されていなかった。
肉体だけでなく、精神すら痛めつけられたように。
「あなたは新人魔法少女でしょ? だから怪我にならないよう、手加減するのに苦労したわ。骨だって折れてないから、頑張って立ち上がってみなさいよ」
「くっ」
オクタビアの言う通り。確かに、ティファニーは大きな怪我を負ってはいない。骨や臓器に達するような、強力な攻撃は受けておらず。
ただ、純粋な痛みによって、立ち上がることが出来なかった。
「ふふっ。頑張りなさい、ルーキーさん。わたしみたいに、良い教官に恵まれるといいわね」
このくらいで十分であろうと。
何事もなかったかのように、オクタビアはその場から姿を消した。
残されたティファニーは、ただ地面を睨むことしか出来ず。
圧倒的なまでの実力差を、その体に刻まれた。
◆
「クロバラちゃん? どうかしたの?」
メイリンの家に向かって、都会の街並みを歩く2人であったが。
とある建物の前で、クロバラは突如としてその足を止めた。
「……」
先程まで、他愛もない話に花を咲かせていたのに。
その建物を見つめる彼女の表情は、一言では言い表せないほど複雑なものであった。
「ここは、映画館かな? クロバラちゃんの地元には、なかった?」
「いいや、あった。こんなに大きくはないが、わたしの町にも映画館はあった」
「そうなんだ」
都会の中にある、大きな映画館の前で、立ち止まる2人の少女。
気がつけば、クロバラの右目からは大粒の涙が溢れ出していた。
本人すらも、気づかぬ内に。
「えぇ!? どうしたの? なにか、嫌なこととかあった?」
「いや、別に」
「でも、泣いてるよ?」
「……」
クロバラは、静かに涙を拭う。
手に触れてみて、ようやくそれが自分の涙だと気付いた。
「……ちょっと、思い出してな。どうしてわたしが、魔法少女を目指すことになったのかを」
目を閉じて、深く呼吸をする。
小さな少女の体の中で、心臓の鼓動が大きく揺れていた。
「約束を、したんだ。親子で一緒に、映画を見に行こうって」
「……それって、お父さんとか、お母さんと?」
クロバラの脳裏に浮かぶのは、色褪せてしまった、遠い過去の記憶。
今の自分と、まったく同じ顔をした少女が、こちらを見ながら笑っている。
――お父さん。
決して、忘れることの出来ない。
繋ぎ止めなくてはならない声が、頭の中に響き渡る。
ただ、その手をもう一度握るために、ここまでやって来たのだから。
「ああ、大切な約束だ」
そこに立つのは、1人の魔法少女。
その胸に宿すのは、鋼に等しい兵士の魂。
強く、強く。
クロバラは約束を果たすため、戦い続けることを誓った。