第11話 サンダーガール
あれだけいた多くの少女たちが、別室へと消えていき。残ったのは、クロバラを含めてわずか数名の少女たち。
言い換えれば、すでに魔法に目覚めた存在、魔法少女と呼ばれる者たちである。
だがしかし、それほど特別な存在ではないだろう。血清、つまりは薬品によって喚起させることで、別室の少女たちも魔法少女に覚醒するのだから。
それほどまでに、魔法少女は簡単に生み出すことが可能であった。
(まだ、目覚めてもいない。覚醒すらしていない少女たちが、これほど入隊を希望するとは)
クロバラは、静かに考える。
いくら魔法少女が特別、給与の多い仕事だとしても、紛れもなく軍の入隊試験である。
魔獣の全滅が確認されて10年が経過しているとはいえ、魔法少女は武力を求められる仕事であった。
(今の経済状況は、それほど良くはないということか?)
そんなことを、考えていると。
1つの影が、クロバラの側へとやって来る。
「――よぉ、チビ。その眼帯はおしゃれのつもりか? あぁ?」
「……」
クロバラに声をかけてきたのは、ラフなTシャツ姿をした金髪の少女。
ここに集められた少女の中でも、おそらく特に年齢の高い部類であろう。クロバラと比べると、かなり大人びた容姿をしていた。
とはいえ、そのような年齢差など、クロバラにとってはどうでもいいこと。
年上相手に、微塵も臆する様子はない。
「これは別に、ファッションで着けているわけではない。わたしは生まれつき左目が見えないから、こうして眼帯をしているだけだ」
「はっ、目が見えない? そんなショーガイ持ちが、軍の魔法少女になれると思ってんのか?」
「……確かに、これはハンデになり得るが。それを補えるだけの実力があれば、魔法少女としては活動可能だろう」
「なるほど? つまりテメェは、ちょっと魔法に自信があるわけか」
「いいや、それほどでもない」
見た目からして、5歳ほどの年齢差があってもおかしくない両者だが。クロバラはまったくもって、相手に臆することはなく。
それゆえに、金髪の少女は苛立ちを覚えた。
「おい、チビ。ガキのくせにチョーシ乗るなよ? アタシだって、テメェくらいの年には魔法に目覚めてたんだよ」
「それはそれは。なら、どうして今頃になって入隊試験を?」
「あぁ? テメェまさか。このアタシ、閃光のティファニーを知らねぇのか?」
閃光のティファニー。金髪の少女がそう名乗った瞬間、クロバラ以外の少女たちが一斉に動揺をあらわにする。
どうやら、その名前はそれなりに知られているのだろう。それも、あまり良くない方面で。
絶対に関わりたくない、そう言わんばかりに。クロバラ以外の少女たちは、揃ってティファニーから目を背けた。
そんな彼女たちの様子に、当の本人は笑みを浮かべる。
「はっ、素人のガキ共が。テメェらザコと違って、アタシはすでに実戦レベルの力を持ってんだよ。同じタイミングで試験を受けてるからって、仲間ズラすんじゃねぇ」
周囲を威嚇するように、ティファニーは大きな声を上げて。それに対して、他の少女たちは何も言い返せない。
それだけでなく、監視役であろう軍人でさえも、彼女を恐れているかのようだった。
「……」
だがしかし。最も近くにいる存在、クロバラだけは態度を一切変える様子がなく。
ただ無言で、ティファニーのことを見つめていた。
「あ? テメェまさか、ほんとにアタシを知らねぇのか?」
「ふむ。すまないが、田舎育ちだからな。残念なことに、閃光の異名を持つ魔法少女は聞いたことがない」
「くははっ、なんだテメェ。ガキでショーガイ持ちで、そのうえ田舎モンかよ。あーあ、こんなんまで試験を受けに来るとか。今期の魔法少女は、アタシ以外全員外れじゃねぇか?」
ティファニーは愉快そうに笑うも。
対して、クロバラは無表情のまま。
ただ変わらぬ表情で、目の前の魔法少女を見つめていた。
「ちなみに、だが。その閃光という名前は、自分で考えたのか?」
「……あぁ?」
ティファニーの鋭い眼光が、クロバラを睨みつける。
「わたしの記憶が確かなら、異名というのは魔法少女にとって特別な意味を持つものだ。大戦時なら、音速のオクタビアや、鉄血のテレサ、紅蓮のアカネ。そのどれもが戦場で功績を上げ、軍によって異名を与えられた存在だった」
「……テメェ、何が言いてぇんだ?」
「いや、ちょっとした疑問だ。軍にまだ所属もしていないのに、閃光という大層な異名を持っているとは。よっぽどの大物なのか。はたまた、自分でそう名乗っているだけか。……もしも後者なら、とんだ間抜けだろう」
「……」
軽く笑いながら、そう話すクロバラに対して。
目に見える形で、ティファニーの様子が変わった。
拳に、力が。
バチバチと音を立て、激しい電気が彼女の体から発せられる。
完全に、ティファニーの表情は怒りに染まっていた。
「なるほど、電気か」
感電しそうなほど、すぐ側に立ちながら。それでもクロバラは態度を一向に変える様子がない。
むしろ、開き直ったかのように、堂々と腕を組む。
「それで、何を見せてくれるんだ? 閃光というからには、目眩ましが得意なのか?」
「テメェ、マジで殺されてぇのか?」
煽るようなクロバラの言葉に、ティファニーの纏う電気は激しさを増していく。
その様子に、他の少女たちは怯えるように距離を取った。
同じ魔法少女だからこそ、その圧倒的な力を感知できるのだろう。
しかしそうでないもの。
責任ある立場である軍人たちは、これ以上黙っているわけにもいかない。
「そこの君、魔法を使った危険行為は禁止されている! ただちに止めなさい」
「……あぁ?」
声を上げた軍人に対して、ティファニーは睨みをきかせる。
「男のくせに、アタシに指図すんのか?」
「うっ、く」
「止めろって言うなら、力ずくでどうにかしてみろよ。ほら、軍人は強いんだろ?」
そう言って、挑発するティファニーに対して、軍人の男はただ引き下がることしかできない。
力を持たないただの人間にとって、眼の前のティファニーは、まさに制御不能の平気に等しかった。
「はっ、情けねぇ」
試験を受けに来た他の魔法少女たちも、それを監督する立場の軍人たちも。ティファニーという、たった一人の問題児に対して手を出せない。
これが、圧倒的な力の差。
魔法少女と、それ以外の明確な違いであった。
「……」
しかし、ただ一人。
最も幼い少女のみ、ティファニーに対する怯えが存在せず。
クロバラはあえて一歩、前へと踏み出した。
「なっ」
その態度に、ティファニーは驚きを隠せない。
「テメェ、なに考えてやがる」
「それは、こっちのセリフだ」
触れてしまいそうなほど、クロバラはティファニーの側に寄り。
その揺るがぬ瞳に、ティファニーは圧倒される。
「資格もない魔法少女が、危険な力を振りかざすな。ここで暴れて怪我人を出せば、お前の立場も危うくなるんだぞ?」
「ッ」
至極真っ当な言葉に、ぐうの音も出ない。
「それに、ここで働く人たちは、将来的にわたし達の上官や先輩、同僚となる存在だ。口の聞き方を、誰にも教わってこなかったのか?」
「テメェ、言わせておけば」
ティファニーは声の圧を、電気を強めるものの。
そんな脅しに、クロバラは一切動じない。
「こんな場所で、こんなくだらない理由で、お前は試験を失格になってもいいのか」
「……ちっ」
ティファニーの放つ電気が、弱まっていく。
「話が理解できたなら、そのビリビリを引っ込めて、黙って座っていろ。わたしたちが命じられたのは、ここでの待機のはずだ。それを守れていないのは、お前と、ごちゃごちゃ喋っているわたしだけだ」
自分よりも遥かに小さい、クロバラからの忠告。
それを受けて、ティファニーは電気の放出を止めると。
少しだけ、離れた場所へと座った。
「……テメェ、名前は?」
「クロバラだ。もしも互いに入隊できたなら、同僚として、よろしく頼む」
「あぁ、そうだな」
クロバラは、まるで変わらない様子で。
しかし、対するティファニーは違った。
「覚えてやがれ。次にアタシと会った時が、テメェの最期だ」
「……」
純粋無垢な少女から、敵意剥き出しの問題児まで。
軍の試験には、こうも様々な人種が集まるものだろうか。
大変な場所へ来てしまったと、クロバラは改めて実感した。