第14話 エラー
「ちょっと、またエラーじゃない。何度繰り返せば気が済むの?」
「あー、もう。少し黙っててくれ」
大量のコードに繋がれた、脳をスキャンするための検査装置。
それを頭部に着けられたまま、すでに20分近く、クロバラは椅子に座り続けていた。
最初の検査、魔力強度を測る装置のように、機械が破損することはないものの。何度も何度も繰り返しても、コンピューターのエラーは止まらない。
白紙の検査結果が、何枚もプリントアウトされていく。
「……」
なぜエラーが出るのか。その正確な理由は定かではないが、クロバラは罪悪感に苛まれていた。
自分は普通の人間ではない。左目の眼帯の下には、獣の証が存在している。
ならば脳の構造も、普通の人間とは異なる可能性があった。
人間を想定した機械に、他の動物を適応したらどうなるのか。間違いなく、異常な検査結果となり、コンピューターもエラーを吐き出すだろう。
「ごめんなさい、クロバラさん。この検査、ちょっと辛いでしょう? 少し休憩しましょうか」
「いえ、わたしは平気なので。そちらの都合さえよければ、検査を続けてください」
「そ、そう?」
確かに、装置が起動するたびに、クロバラは頭痛にも似た感覚を味わっていた。とはいえ、ここでギブアップするわけにはいかない。
軍の魔法少女になる。そのためならば、どんな苦痛にも耐えられる。それだけの強い意志を持って、クロバラはこの場所に来ているのだから。
しかし、何度スキャンを行っても、結果はエラー。
白紙の検査結果がプリントされるのみ。
時間も無限ではなく、クロバラもいつまでも耐えられるわけではなかった。
「あの。これはつまり、わたしの脳に問題があるということでしょうか? 軍人として、魔法少女として、適した人格ではないと」
「いいえ、そんなことはないはずよ。今まで、もっとひどい子というか、人格の破綻した魔法少女とかも検査してきたけど。一応、検査結果は出てきたから」
「そう、ですか」
ならばなぜ、コンピューターはエラーを表示し続けるのか。
やはり、自分がまともな人間ではないせいなのか。
(見た目は誤魔化せても。やはり、人格は誤魔化せないということか)
耳鳴りのような感覚、頭痛に苦しみながら、クロバラは考える。
(少女らしい人格なら、検査をクリアできるのか? だが、少女らしいとはなんだ? 甘いもの、漫画、おしゃれ? ……くそ、理解ができん)
軍人や検査員たちが、機械のエラーに悩まされる中。
それと同じくらい、クロバラも自分の中で戦っていた。
(俺の知っている時代。いやダメだ。そもそも、自分を俺と認識する時点で、少女として破綻している。ここは常に、わたしと意識するべきか。…………いや、俺や僕と言っている魔法少女も、いるにはいるか)
自分の中で、なるべく魔法少女らしい思考を意識してみるも。
結局は、意識している時点で無駄であることに、クロバラは気付いた。
(……機械は正確だな。魔法少女として、適した人格かどうかを選んでいる)
自分が、一番良くわかっている。
どうしようもなく、魔法少女に相応しくないと。
「この項目だけ、適当に誤魔化せないのか?」
「……それは無理よ。むしろガラテア博士は、この最終項目を一番重要視してたから。最初と最後の結果さえよければ、合格でいい。なんて言ってたくらいだし」
先ほどまで、魔力強度の高さから、あれほど盛り上がっていたというのに。
最終項目の検査が終わらないというだけで、クロバラだけでなく、軍人や検査員たちも疲弊していた。
たった1人の少女のために、これ以上の時間は費やせない。
だがしかし、これだけの資質を持つ存在を不合格にしたくはない。それゆえに、どうしても検査を終わらせることが出来なかった。
「こうなったら、仕方ないわね」
やがて、何かを決意したように。女性検査員は持ち場を離れて、部屋に備え付けられた電話機の元へと向かった。
どこかへ、連絡しているのだろうか。
クロバラは無言で、それを見つめることしか出来ない。
しばらく、電話で会話をした後。女性検査員はクロバラの元へと戻って来る。
「こっちのトラブルで、無理をさせてごめんなさい。今、上に連絡して、この検査装置の開発者を呼んでもらったから」
「……そう、ですか」
装置の開発者。つまりは、エラーの原因、クロバラの脳内を解明可能な者がやって来るということ。
確かにそうすれば、この地獄のような時間も終わるのかも知れない。
しかしそれは、クロバラの正体が明かされることを意味する。
「……」
最悪の場合、この施設から逃げられるよう。クロバラは扉などの配置を確認する。
秘密が暴かれたら最後。魔法少女を含めた、軍の全てが敵になるのだから。
そんなことを、考えていると。
扉を開けて、白衣を着た1人の女性が部屋の中へとやって来る。
「――まったく。ただでさえ忙しいのに、スキャナーの不具合程度で呼び出さないでくれる?」
不機嫌さを隠そうともせず。やって来たのは、メガネをかけた銀髪の女性。
そしてなぜか。
その声、その顔に。
クロバラは、思わず目を見開いていた。
――どうか、ご武運を。
魂に焼き付いた、鮮明な最期の記憶。
懐かしい声が、クロバラの脳に響き渡る。