第10話 無垢なる卵
そこには、多くの少女たちが存在していた。
年齢は、12歳から15歳ほどの少女たち。彼女たちは自分の意志で、あるいは他の誰かの意思によって、この場所へと足を運んでいた。人を超えた存在、魔法少女となるために。
大勢の少女たちだが、その一人一人が、それぞれの事情を抱えている。そしておそらく、彼女たちは知り合いや友人同士でもないのだろう。
誰もが、孤独を抱えるように。ある者は膝を抱えて、ある者は他者を睨みつけて、またある者は知らぬ存ぜぬと自己の世界に閉じこもる。
そんな少女たちの中。
眼帯を付けた異端の者、クロバラは、静かに他の少女たちの様子を眺めていた。
「……」
白髪で、左目に眼帯。そんな彼女が珍しいのか、何人かの少女はクロバラに目を向けるも。彼女に見つめ返されると、揃って視線を外していた。
恐ろしいのか、それとも単に関わりたくないのか。そんな少女たちの反応に、クロバラは複雑な感情を抱きつつ。救いようのない時間を、ただ無力に過ごすしかなかった。
そんな中で、クロバラは1人の少女を視界に収める。それは大勢の少女の中でも、とびきり幼い、怯えるちっぽけな少女だった。
軍に所属できる魔法少女の最低年齢は、12歳から。正確に言えば、学校の初等部などを卒業した者からとなる。おそらくその少女は、その中でも最年少。それでいて、最も体が小さく、それゆえに幼く見えた。
実のところ、最も幼く見えるのはクロバラ自身なのであるが。本人にはそんな認識がないため、クロバラはその小さな少女から目を離すことが出来なかった。
ゆえにクロバラは、少女の元へと歩みを寄せた。
「隣、座ってもいいか?」
「……え?」
突然、声をかけられて。その少女は驚き、戸惑いに声を失う。
しかしそんな彼女に対し、クロバラは優しく微笑みながら、隣へと座った。
「見たところ、同い年くらいだろう? まだ小さいのに、よくこんな場所に来たな」
「え、えっと。その」
小さいのに。そう言われても、少女は困惑するしかなかった。
声をかけてきたクロバラのほうが、どう見ても背が低いのだから。
しかし、クロバラに声をかけられたことで、少女はどこか安心したような表情になる。
「わ、わたし、メイリン。よろしくね」
「あぁ、よろしく。わたしはクロバラだ。もしも入隊することになれば、わたしたちは同期になるからな。お互いに頑張ろう」
「うん。……えっと、その。クロバラちゃんって、凄いね。わたしよりも小さいのに、そんなに落ち着いてて」
「ふむ。まぁ、経験の差というものだな」
「そっか」
一体、どういう経験なのか。自分よりも小さな少女の言葉に、メイリンは少々疑問に思いつつも、特に気にすることはなかった。
なぜなら自分と同じ、小さな子供なのだから。
「メイリン、年はいくつだ?」
「12歳。学校には行ってなくて、友だちもあんまり」
「そうか」
「お家がね、お父さんの仕事とかでお金が無くて。よく分かんないけど、魔法少女になれば給料が良いからって」
「……親に、送られたのか?」
「……うん」
自分の意志で、ここに来たわけではない。自分の意志で、魔法少女になる道を選んだわけではない。
そんな少女までここにいる事実に、クロバラは静かに拳を握り締める。
「でも、クロバラちゃんに会って安心した。わたしよりも小さいのに、堂々としてるから。だからわたしも、頑張るね」
「……頑張る、必要なんて」
クロバラは何かを言いかけて、それでも口をつぐんだ。
自分以外の人生、他人の家庭事情にまで、口を出す権利などないのだから。
「だがまぁ、安心しろ。軍は規律に厳しい場所だが、魔法少女は特別扱いされる。しっかりと他人の言葉を聞いて、それでいて自分の意見を持つ。そうすれば、問題なくやっていけるだろう」
「わぁ。それって、どこで習ったの?」
「さぁ、どこかの大人かな? もしも、お互いに軍に入れたら、わたしを頼ってくれ。微力ながら手を貸そう」
「うん。ありがとね、クロバラちゃん」
「……あぁ」
無垢なる少女。まだ何者でもない、魔法少女でもない1人の人間が、屈託のない笑顔で笑っている。
引き返せ。
もっと別の人生もある。
そんな言葉が脳内を巡るも、クロバラはそれを言うことはできなかった。
◆
「これより、適性試験の実施へ移ります。魔力ステージが0の者は、血清による覚醒を行うので、別室へ。すでに覚醒している者は直接の検査を行うので、指示があるまでここで待機してください」
軍服を着た若い男が、部屋にいる少女たちへと声をかける。
内容はひどく簡潔だが、相手は幼い少女たち。すぐさま動き出す者もいれば、困惑する者まで。仮にも魔法少女、軍隊へと入ろうという者たちだというのに。
この現状を生み出している不条理さに、クロバラは顔をしかめる。
「えっと。これって、わたしは」
「……メイリンは、まだ魔法に目覚めていないんだろう? つまりはステージ0。他の連中と一緒に、別室へ移動すればいい」
「あ、そっか。……クロバラちゃんは、違うの?」
「ああ。わたしは少し前に、魔法を使えるようになったからな。ここで、ひとまずお別れだ」
魔法を使えるようになった。簡単には言うものの、クロバラは新型魔獣との戦闘で負傷し、そのさなかで魔法へと覚醒した存在である。
こんな段階で、困惑する理由など微塵もなかった。
それでも、他の少女たちは違う。
ゆえにクロバラは立ち上がると、メイリンの頭を優しく撫でた。
「大丈夫だ。君は強い子だから、何も怖くない」
「……本当?」
「ああ」
見た目は、誰よりも幼い少女だと言うのに。この眼帯を付けた少女は、なぜこうも大きく見えるのか。
メイリンには、分かるはずもなかった。
「ちなみに。血清というのは注射のことだから、もしかしたら痛いかも、な」
「……え」
注射、痛い?
幼いメイリンでも、その言葉の恐ろしさは理解できた。