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第9話 ゼロの未来






 真っ暗な部屋。

 ただ1つ、コンピューターの光だけが灯る部屋で、カチカチとキーボードを叩く音が鳴り響く。


 コンピューターを操作するのは、ボサボサの髪型が特徴的な、銀髪の女性。年は若く、10代後半程度に見える。しかしながら、その瞳は完全に死人のようであり、感情の1つもなくコンピューターと向かい合っていた。


 そんな真っ暗な部屋に、突如として明かりが灯る。

 しかし、女はまったく動揺する様子がなく、淡々とキーボードを叩き続けていた。




「……それで、情報は手に入りましたか?」


「ああ」




 明かりをつけた人物。部屋にやってきた人物は、軍服を身にまとった男性。

 顔に刻まれたシワやヒゲから、女性よりも遥かに年上なのは明らかである。




「机の上に置いておいてください」


「……」




 彼女がそう言うものの、男性はどうしたものかと考える。

 なぜなら彼女の周囲、というよりも部屋全体が多くの書類などで散らかっており、とても物の置き場があるようには見えない。


 仕方がないと。男性はため息を吐きつつ、女性の側まで近寄っていく。明らかに彼のほうが年上で、組織の中でも上官と呼べる存在なのは確かである。

 しかしそれでも、その態度を咎められない理由が、彼女にはあった。




「悪いが、すぐに目を通してくれ。対処に当たった部隊いわく、色々と想定外の結果らしいからな」




 男性がそう言葉を放つと。数秒ほど経ってから、キーボードを叩く音が止まる。どうやら、彼女の興味を引く内容だったらしい。

 女性は下がった眼鏡の位置を直すと、男性から資料を受け取った。




「例の新種。たしか、七星剣が派遣されたはずでは?」


「ああ。何しろ10年ぶりの出現だからな。何があってもいいように、軍としても最大戦力を送り込んだわけだ」


「なるほど」




 さらさらと、まるで流れるように女性は資料に目を通していく。その内容をすべて読み込んでいるのならば、信じられないほどの速度である。

 やがて、内容を読破したのか、彼女は資料を閉じると、それを地面へと投げ捨てた。非常に無造作と言える動作だが。その内容は、確かに彼女の脳内へと刻まれていた。


 少々、顔をしかめつつ、女性は考えるような仕草をする。




「……この報告書、内容は確かですよね。10年ぶりの出撃ゆえに、相手の戦力を見誤ったということは?」


「それはない。七星剣は、たしかに戦後に組織された部隊だが、その練度は折り紙付きだ。彼女たちがそう認識したのだから、その報告書が出来上がった」


「……なるほど」




 何を考えているのか。女性は深刻そうな表情で考え込むと、何かを確かめるように再びキーボードを叩き、コンピューターに表示された情報に目を通す。


 しばらく、画面を見続ける女性であったが。

 やがて諦めたかのように、深くため息を吐いた。




「小型の個体も、大型の個体も、とても魔獣とは思えない戦闘能力です。もしも10年前の生き残りが進化を遂げた結果だとすれば、これは驚くべき飛躍です」


「それは、俺も資料を見て思った。確かに大戦時も、厄介な魔獣はそれなりに居たが。新たに確認されたこの2種は、それらを遥かに上回る存在だ」


「……それで、わたしに聞きたいことは? わざわざ資料を手渡しに来たということは、わたしの口から聞きたいことがあるんでしょう?」


「……うむ」




 女性の鋭い指摘に、上官である男は頭が上がらない。それゆえに、こういった態度を許しているのだが。




「単刀直入に聞こう。君の開発している新技術、魔導デバイスが実用化すれば、この新種にも十分対応可能か?」


「……そう、ですね」




 女性は、先程脳内にインプットした魔獣のデータをコンピューターに打ち込み、それを踏まえたうえで何らかの計算式を起動させた。

 これで、彼の求める回答が得られるのだろうか。


 しばらくすると、画面が切り替わり。そこに映し出されたデータに、女性の表情が険しくなる。

 その変化は、見ていた男性にも容易に分かるほど。




「どうした? 表情から察するに、あまり良い言葉は聞けそうにないが」


「そうですね。将軍の予想通り、かなりまずい状況かと」


「……詳しく教えてくれ」


「了解しました」




 女性は冷静に、ただ事実のみを口にする。




「本来、わたしの開発していた魔導デバイスは、あくまでも既存の魔法少女の補助をする程度の代物です。彼女たちの長所を伸ばし、短所を補うことで、結果的に全ての魔法少女の戦闘能力を30%引き上げることを目的にする。これに関しては、各種適性検査、試験用デバイスの開発状況から判断して、十分可能であると思います」


「ふむ。それは、頼もしい事実だな。魔法少女の能力が30%も向上すれば、大戦時とは言わないものの、それに近い戦力を用意することが可能だ」


「はい、それはわたしも同意見です。この魔導デバイスが、軍に所属する全ての魔法少女に配備された場合、魔獣との全面戦争が再度発生したとしても、97%の確率で勝利するでしょう」


「それに関しては、前にも同じ話を聞かされた。だからこそ、多額の資金を君に任せ、魔導技術の研究を自由に行わせた」


「それは純粋に感謝します。わたしとしても、当初の予定通りに開発を進めることができ、近い内に、適性の高い魔法少女を対象とした実験用部隊の設立を要請しているところです」


「……そこまで聞かされると、何も問題がないように思えるが。やはり今回の新種の情報で、事態は変わりそうか?」


「はい」




 女性は即答する。




「確かに本来の計算では、再び魔獣との戦争が起こったとしても、97%の確率で人類が勝つという結果になっています。しかしそれは、あくまでも魔獣の戦闘能力が10年前と同等か、少々上回っていることを想定した計算結果です」


「つまり、実際に新種が現れたことで、その計算結果に変動があると?」


「その通りです。現場から上がってきた報告書は、実際に戦闘を行った魔法少女たちの主観が大きく含まれているため、正直、全てを鵜呑みには出来ませんが。おそらく大戦時の個体と比べて、10倍以上の性能向上が見込まれます」


「……10倍、だと。それは本当か?」


「ええ。今回対処に当たったのは、アジア最高の魔法少女部隊、七星剣です。彼女たちだからこそ、運良く殲滅できただけだと、わたしは考えます」




 決して、受け入れがたい事実だとしても。

 それでも彼女は科学者として、その結論を告げずにはいられない。 




「とって。たとえ魔導デバイスが設計通りの稼働を行ったとしても、我々人類が新種の魔獣との戦いに勝てる可能性は――」




 そう遠くない内に訪れる、最悪の未来を。




「――限りなく、ゼロに近いでしょう」






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