のっそりとした動きで、異形の怪物は立ち上がる。流石に、顔面を少女に蹴られた程度で、活動停止することはないらしい。
クロバラは銃を構え、敵の動きを見定める。今までとは打って変わり、遊びのない表情で。
(……それにしても、見たことのないタイプだな。少なくとも、戦時中の個体とは明らかに様子が違う)
まるで、かつて戦ったことがあるかのように。
それでも彼女は、魔法少女ではない。
「さて、どうくる?」
相手の出方をうかがうクロバラであったが。
俊敏な動きで、外から列車内に侵入する影が複数。
蹴り飛ばしたものと同種の個体が、4体侵入してくる。
単純に、クロバラ1人に対して、敵の数は5体となった。
「……そうきたか」
もはや、1対1で悠長に様子を見る暇はない。
クロバラは、自分から打って出ることに。
渾身の力で地面を蹴ると、人間離れした速度で跳躍し。
そのままの勢いで、敵の1体に飛び蹴りを行う。
だがしかし、怪物はその動きに対応し、ギリギリでクロバラの蹴りを回避した。
(この反応速度! やはり、魔獣とは別物か?)
そう困惑するも、敵の動きは待ってはくれず。
数匹の怪物が、一斉にクロバラへと襲いかかってくる。
だがしかし、
「こっちも、10年前とは違う」
凄まじい身体能力を持つのは、彼女も同じ。
いいや、むしろそれ以上。
空中で姿勢を立て直すと、一切無駄のない動きで怪物の攻撃を回避。
そのうちの1体に、カウンターで拳を叩き込んだ。
音もなく、背後から怪物が刃を向けるも。クロバラはそれすらも察知し。
ひらりと回転すると、顎に思いっきり蹴りを食らわせた。
「ふっ。個々の能力は高いが、連携能力は皆無だな」
5体1という圧倒的な戦力差でも、クロバラは華麗に立ち回る。
だがしかし、蹴りや拳を叩き込んだところで、それは決定打にはならない。
怪物たちはケロッとした様子で、再び動き出す。
(……即死点は、どこだ? こいつらが本当に魔獣なら、必ずどこかにあるはずだが)
魔獣相手の戦い方、その殺し方も、クロバラの頭には入っている。
しかし未だに、決定打を繰り出せずにいた。
5体の怪物、その体を隅々まで観察してみるも、弱点は見当たらない。
(やはり魔獣とは関係ない、全く別の生命体なのか?)
クロバラがそう考えていると。
眼帯によって隠された左目が、微かに光り輝き。
薄っすらとではあるものの、敵の心臓部分に反応を感じ取る。
「……まさか」
それはあり得ないと、頭の中では思いつつ。
クロバラは行動に出ることに。
襲いかかってくる、1匹の怪物。その攻撃を捌くと、カウンター気味に顔面を殴り。
今まで使ってこなかった右手、そこに握られた拳銃を、怪物の心臓付近に向けて。
重たい銃撃を一発、怪物に食らわせた。
「流石の威力だ」
銃の性能に感心しつつ。クロバラは間髪を入れず、撃ち抜いた敵の胸部に左手を突っ込み。
そこにあったモノを、力ずくで引き抜いた。
敵の体内から引き千切ったのは、ここでは場違いとも言える、一輪の花。
だがその花が、怪物にとっては重要な部位だったのか。花を抜かれた怪物は、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「まさか体内にあるとは。たった10年で、これほど進化したのか?」
倒すことは出来たものの、クロバラの顔に笑顔はない。
むしろ、敵に対する驚きの方が勝っていた。
クロバラが僅かに困惑するも、他の魔獣たちは変わらずに襲いかかってくる。
それに対して、クロバラは真っ赤な瞳で睨みつけ。
より精度の高い弾丸と、渾身の手刀によって。
2体の魔獣の心臓を、同時に貫いた。
「悪いな。そっちの進化には感心するが。今は俺も、同じように速くなれる」
弱点さえ判明すれば、もはや勝負にすらならない。
動きの止まったもう1体の魔獣に対して、クロバラは弾丸を叩き込み。
残る魔獣は、あと1匹。
するとその魔獣は、まるで逃げるかのように列車の外へと消えていった。
「……撤退。これも、今までには無かった行動だな」
驚きは尽きることなく。それでも、相手を逃がすという選択肢は存在しない。
クロバラも急ぎ、逃げた魔獣を追いかけた。
◇
「……これは、酷いな」
魔獣を追いかけて、列車の外に出て。
そこに広がっていた光景に、クロバラは顔をしかめた。
周囲に散らばっていたのは、原型を残さないほどにバラバラにされた、大勢の死体。
この短時間で、どれほどの犠牲者が出たのだろうか。
クロバラがそう考えていると。
待ち受けていたように、魔獣たちが姿を現す。
数は、先ほどの倍以上。
十数体の魔獣が、クロバラを囲むようにして出現する。
「これで勢揃いか?」
けれども、彼女は一切動揺することなく。銃を触り、残る弾丸の数を数えていた。
「まぁ、弾は足りそうだな」
心配するのは、それだけ。
クロバラは微塵も、自分が負けるなどとは考えていなかった。
(……しかし、これほどの新種が現れるとは。ラグナロクで、魔獣は全滅したんじゃなかったのか?)
自然と、拳に力が入る。
それは一体、何に対する怒りなのか。
(どれだけの魔法少女が、犠牲になったと)
残響のように、クロバラの脳裏に声が鳴り響く。
多くの少女たち、多くの戦士たち。別れすら言えなかった、かつての仲間達の声が。
――花は好き?
「……いいや、大嫌いだ」
その怒りに呼応するように。
眼帯の下、隠された左目が赤く輝いていく。
「お前たちは、ここで駆逐する」
10年の時を経て、蘇った新種の魔獣と。
魔法少女ならざる、異端の少女。
双方の力が、正面から激突した。
◇
「はぁ、はぁ」
激しい、戦闘の跡。
ひどく荒れた大地に、クロバラは1人立っていた。
あれだけ大量にいた魔獣は、全て心臓を穿たれて。対するクロバラは、疲れこそあるものの、目立った外傷もなかった。
(随分と、手強い相手だな)
こうやって、殲滅は出来たものの。クロバラは決して、敵を弱いとは思っていなかった。
むしろ、その逆である。
(運動性能は、かつての魔獣とは比べ物にならず。おまけに、即死点が体内に隠されている。現行の魔法少女たちで、対処可能な相手なのか?)
この列車を襲った魔獣たちが、最初で最後とは限らない。一体、どれほどの個体がこの世に存在しているのか。
今はまだ、何もわからない。
「……たった、10年? あれだけの犠牲を払って、得られた平和が10年だと?」
信じられない現実に、クロバラの手が震える。
「ラグナロクは失敗だった。ならこれは、俺自身の――」
何かを、口にしようとして。
けれどもクロバラは、言葉を発することが出来なかった。
「――かっ、は」
激しい痛みと、衝撃。
鋭利な剣のようなものが、彼女の腹を突き破っていた。