目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
第4話 怒れる瞳






 のっそりとした動きで、異形の怪物は立ち上がる。流石に、顔面を少女に蹴られた程度で、活動停止することはないらしい。

 クロバラは銃を構え、敵の動きを見定める。今までとは打って変わり、遊びのない表情で。



(……それにしても、見たことのないタイプだな。少なくとも、戦時中の個体とは明らかに様子が違う)




 まるで、かつて戦ったことがあるかのように。

 それでも彼女は、魔法少女ではない。




「さて、どうくる?」



 相手の出方をうかがうクロバラであったが。





 俊敏な動きで、外から列車内に侵入する影が複数。


 蹴り飛ばしたものと同種の個体が、4体侵入してくる。


 単純に、クロバラ1人に対して、敵の数は5体となった。





「……そうきたか」




 もはや、1対1で悠長に様子を見る暇はない。

 クロバラは、自分から打って出ることに。



 渾身の力で地面を蹴ると、人間離れした速度で跳躍し。

 そのままの勢いで、敵の1体に飛び蹴りを行う。


 だがしかし、怪物はその動きに対応し、ギリギリでクロバラの蹴りを回避した。




(この反応速度! やはり、魔獣とは別物か?)




 そう困惑するも、敵の動きは待ってはくれず。

 数匹の怪物が、一斉にクロバラへと襲いかかってくる。


 だがしかし、




「こっちも、10年前とは違う」




 凄まじい身体能力を持つのは、彼女も同じ。

 いいや、むしろそれ以上。



 空中で姿勢を立て直すと、一切無駄のない動きで怪物の攻撃を回避。

 そのうちの1体に、カウンターで拳を叩き込んだ。



 音もなく、背後から怪物が刃を向けるも。クロバラはそれすらも察知し。

 ひらりと回転すると、顎に思いっきり蹴りを食らわせた。




「ふっ。個々の能力は高いが、連携能力は皆無だな」




 5体1という圧倒的な戦力差でも、クロバラは華麗に立ち回る。


 だがしかし、蹴りや拳を叩き込んだところで、それは決定打にはならない。

 怪物たちはケロッとした様子で、再び動き出す。




(……即死点は、どこだ? こいつらが本当に魔獣なら、必ずどこかにあるはずだが)




 魔獣相手の戦い方、その殺し方も、クロバラの頭には入っている。

 しかし未だに、決定打を繰り出せずにいた。

 5体の怪物、その体を隅々まで観察してみるも、弱点は見当たらない。




(やはり魔獣とは関係ない、全く別の生命体なのか?)




 クロバラがそう考えていると。

 眼帯によって隠された左目が、微かに光り輝き。


 薄っすらとではあるものの、敵の心臓部分に反応を感じ取る。




「……まさか」




 それはあり得ないと、頭の中では思いつつ。

 クロバラは行動に出ることに。




 襲いかかってくる、1匹の怪物。その攻撃を捌くと、カウンター気味に顔面を殴り。


 今まで使ってこなかった右手、そこに握られた拳銃を、怪物の心臓付近に向けて。


 重たい銃撃を一発、怪物に食らわせた。




「流石の威力だ」




 銃の性能に感心しつつ。クロバラは間髪を入れず、撃ち抜いた敵の胸部に左手を突っ込み。



 そこにあったモノを、力ずくで引き抜いた。



 敵の体内から引き千切ったのは、ここでは場違いとも言える、一輪の花。

 だがその花が、怪物にとっては重要な部位だったのか。花を抜かれた怪物は、そのまま地面へと崩れ落ちた。




「まさか体内にあるとは。たった10年で、これほど進化したのか?」




 倒すことは出来たものの、クロバラの顔に笑顔はない。

 むしろ、敵に対する驚きの方が勝っていた。



 クロバラが僅かに困惑するも、他の魔獣たちは変わらずに襲いかかってくる。


 それに対して、クロバラは真っ赤な瞳で睨みつけ。


 より精度の高い弾丸と、渾身の手刀によって。

 2体の魔獣の心臓を、同時に貫いた。




「悪いな。そっちの進化には感心するが。今は俺も、同じように速くなれる」




 弱点さえ判明すれば、もはや勝負にすらならない。

 動きの止まったもう1体の魔獣に対して、クロバラは弾丸を叩き込み。



 残る魔獣は、あと1匹。



 するとその魔獣は、まるで逃げるかのように列車の外へと消えていった。




「……撤退。これも、今までには無かった行動だな」




 驚きは尽きることなく。それでも、相手を逃がすという選択肢は存在しない。


 クロバラも急ぎ、逃げた魔獣を追いかけた。















「……これは、酷いな」




 魔獣を追いかけて、列車の外に出て。

 そこに広がっていた光景に、クロバラは顔をしかめた。



 周囲に散らばっていたのは、原型を残さないほどにバラバラにされた、大勢の死体。

 この短時間で、どれほどの犠牲者が出たのだろうか。




 クロバラがそう考えていると。

 待ち受けていたように、魔獣たちが姿を現す。


 数は、先ほどの倍以上。

 十数体の魔獣が、クロバラを囲むようにして出現する。





「これで勢揃いか?」



 けれども、彼女は一切動揺することなく。銃を触り、残る弾丸の数を数えていた。




「まぁ、弾は足りそうだな」




 心配するのは、それだけ。

 クロバラは微塵も、自分が負けるなどとは考えていなかった。




(……しかし、これほどの新種が現れるとは。ラグナロクで、魔獣は全滅したんじゃなかったのか?)




 自然と、拳に力が入る。

 それは一体、何に対する怒りなのか。




(どれだけの魔法少女が、犠牲になったと)





 残響のように、クロバラの脳裏に声が鳴り響く。


 多くの少女たち、多くの戦士たち。別れすら言えなかった、かつての仲間達の声が。





――花は好き?



「……いいや、大嫌いだ」





 その怒りに呼応するように。

 眼帯の下、隠された左目が赤く輝いていく。




「お前たちは、ここで駆逐する」




 10年の時を経て、蘇った新種の魔獣と。

 魔法少女ならざる、異端の少女。


 双方の力が、正面から激突した。
















「はぁ、はぁ」




 激しい、戦闘の跡。

 ひどく荒れた大地に、クロバラは1人立っていた。


 あれだけ大量にいた魔獣は、全て心臓を穿たれて。対するクロバラは、疲れこそあるものの、目立った外傷もなかった。




(随分と、手強い相手だな)




 こうやって、殲滅は出来たものの。クロバラは決して、敵を弱いとは思っていなかった。

 むしろ、その逆である。




(運動性能は、かつての魔獣とは比べ物にならず。おまけに、即死点が体内に隠されている。現行の魔法少女たちで、対処可能な相手なのか?)




 この列車を襲った魔獣たちが、最初で最後とは限らない。一体、どれほどの個体がこの世に存在しているのか。

 今はまだ、何もわからない。




「……たった、10年? あれだけの犠牲を払って、得られた平和が10年だと?」




 信じられない現実に、クロバラの手が震える。




「ラグナロクは失敗だった。ならこれは、俺自身の――」





 何かを、口にしようとして。


 けれどもクロバラは、言葉を発することが出来なかった。





「――かっ、は」





 激しい痛みと、衝撃。


 鋭利な剣のようなものが、彼女の腹を突き破っていた。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?