「――死者、17名。生存者は131名。この襲撃で、これだけの人々が生き残るとは、奇跡としか言いようがありません」
魔獣による襲撃から、数時間が経過した頃。
破壊された列車の周囲には、軍人と思わしき人々が集まっていた。
「ふーん。そうなんだ」
その中には、目立つ格好をした少女が1人。
明らかに他の軍人たちとは雰囲気が違う、特別な力を持つ少女である。
「それでこいつら、本当に魔獣なの?」
少女が見つめるのは、心臓を穿たれた無数の魔獣の死骸。
後方には、大型魔獣の死骸も鎮座していた。
軍人たちは、揃ってその調査を行っている。
「間違いありません。データベースには該当ありませんが、確かに花が咲いていますから」
「そうね。聞いてた話より、いっぱい咲いてるわ」
大型魔獣の死骸を見ながら、少女はつぶやく。
魔獣の腹部には多くの花が咲いていたが、たった1本だけ銃弾によって潰されていた。
「しかしこの新種、信じられない生態をしています。体内に即死点が隠されているなんて、前代未聞ですよ」
「ふーん」
「あっちの大型は、見ての通り無数のダミーで擬態をしています。この新種が他にもいるとすれば、とてつもない脅威です」
「……そうね」
少女は大型魔獣の死骸に近づくと、残っている脚部に触れた。
「……この足、信じられないくらい硬いわね。それを粉々にするなんて、どんな攻撃をしたのかしら」
「現状では不明です。おそらく、物理攻撃だとは思いますが」
「そうね」
もう興味をなくしたようで、少女は魔獣から目を離した。
「で、こいつらは誰に倒されたわけ?」
「……残念ながら、それも不明です」
「はぁ? 何よそれ」
「す、すみません」
少女の立場は、他の軍人たちよりも高いようだった。
「乗客も混乱していたようで、まともな情報が集まらないんです。ただ、白い髪をした少女が戦っていたと、いくつか証言が」
「まさか、単独?」
「確証は、ありませんが。少なくとも目撃者は全員、少女が1人で戦っていたと」
「……信じらんない」
魔獣による破壊現場と、その死骸たち。
それは現役の魔法少女である彼女にとっても、信じられない光景であった。
「どんな化け物よ、そいつ」
白い髪の少女は、すでにここには存在せず。
真実は、誰にも分からないまま。
◆
「……ななっ」
軍人たちが、列車に到着している頃。
クロバラは一足先に、逃げるように移動し、目的地である北京に到着していた。
だがしかし、街の中心部にて、彼女は呆然と立ち尽くす。
「何だ、この巨大な建物は」
見たことのない、巨大な建造物。ビルというものを初めて見て、その高さに圧倒されていた。
驚く要素は、それだけではない。
整備された街に、走る多くの自動車。
街中から聞こえてくる、人々の話し声まで。
「一般市民が、小型の携帯端末を所持している? たった10年で、ここまで進歩するとは」
携帯電話という物体にも、驚きを隠せない。
クロバラは完全に、田舎者のような動きをしていた。
大都会、北京の様子に驚きながら。クロバラは地図を片手に、目的地へと進んでいき。
これまた大きな、それも豪華な建造物の前へと辿り着く。
見たところ、高級ホテルのようだった。
「……とりあえず、入ってみるか」
自分の場違い感を認識しながらも。
クロバラは1人、ホテルの中へと入っていった。
◇
「すまない。ここのオーナーに会いたいんだが」
「はい。……えっ?」
ホテルのエントランス。受付のホテルマンは、客と思わしき声に反応するも。
驚くことに、目の前には誰も立っていなかった。
気のせいかと、首を傾げると。
「おーい。下だよ、下。すまないが、オーナーに通してくれ」
「おっと。これは失礼、お嬢さん」
身を乗り出さなければ、見えないほど。
あまりにも小さなお客に、ホテルマンは意外に思う。
「それで、もう一度要件を」
「だーかーらー。オーナー、支配人に合わせてくれ」
「は、はぁ」
どう見ても、10歳程度にしか見えない少女。しかも、髪の色は真っ白で、左目には眼帯を付けている。
ホテルマンの彼にとっても、初めて見るタイプの客であった。
とはいえ、一応は相手をしなければならない。
「失礼ですが、アポイントはございますか? うちの支配人は、そう簡単には会えないのですが」
「あぁ。それだったら、この紙を見せればいいんだろう?」
そう言って、クロバラが取り出したのは。黄金の文字が刻まれた、真っ黒な紙。
その紙を見て、ホテルマンは血相を変える。
「わ、ワルプルギスの関係者でしたか。申し訳ありません、すぐにお繋ぎいたします」
ホテルマンは慌てた様子で、支配人へと繋がる電話に手をかけた。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「クロバラだ。シャルロッテの紹介だと言えば、おそらく通じるだろう」
「かしこまりました」
クロバラから名を聞くと、ホテルマンは電話越しに会話を始める。
どうやら、その支配人と繋がっているらしい。
「……はい、白い髪の少女です。……はい、左目に眼帯が」
クロバラの方を見ながら、ホテルマンは支配人と通話をする。
「魔法少女かどうか? いや、それはちょっと、自分には分かりませんが」
どうやら、向こうからの要求が多いようで。
「はい、はい。申し訳ありません」
電話越しながら、ホテルマンは完全に頭を下げて謝っていた。
クロバラはその様子を、何とも言えない表情で眺め。
しばらくして、通話は終わる。
「支配人がお会いになるそうです。どうぞ、ご案内いたします」
「あぁ、ありがとう」
ホテルマンの言葉に従って、クロバラはホテルの奥へと入っていった。
◆
「どうぞ、こちらへ」
案内を受けて、クロバラは1つの部屋へと入る。
おそらく支配人の部屋なのだろう、広くて豪華な部屋であり。
何らかの書類が置かれたテーブルが、部屋の中心に。
そして部屋の奥には、ドレスを着用した赤毛の女性が立っていた。
「では、わたしはこれで」
ホテルマンが扉を閉じ、部屋にはクロバラとドレスの女性だけ。
互いに数秒、無言で向かい合う。
最初に口を開いたのは、ドレスの女性であった。
「初めまして、クロバラさん。わたしはこのホテルのオーナーにして、アジアにおけるワルプルギスの筆頭。オクタビアよ、よろしく」
「あぁ、こちらこそ。シャルロッテから聞いていると思うが、しばらく厄介になる」
「えぇえぇ。聞いているわ。偽造したあなたの戸籍情報も、必要な書類も、すでに用意してあるから」
「それはありがたい」
おそらくは、中央のテーブルに置いてあるのが、その書類なのだろう。
クロバラはそれを確認しようと、テーブルに近づくと。
ほんの刹那に、風が吹き。
テーブルの上にあった書類は消えて。
気づけば、ドレスの女性、オクタビアの手に移動していた。
「……どういうつもりだ」
「ごめんなさい。意地悪するつもりは無かったのだけど、やっぱり納得できなくて」
オクタビアは書類を手に、クロバラを見つめる。
「いくらシャルロッテの紹介とはいえ、得体の知れない小娘に、どうしてここまでしてあげないといけないのかしら。戸籍データの偽造だって、かなり大変だったのよ?」
「それは申し訳ない。だが納得できないと言われても、わたしは何をすればいい?」
「……そうねぇ」
書類をくるくると丸めながら、オクタビアは考え。
頭に浮かんだ名案に、思わず笑みを浮かべる。
「あなた、軍に入りたいのよね?」
「ああ」
「軍所属の魔法少女なんて、茨の道よ? 見たところまだ幼いのに、それだけ重大な理由があるってこと?」
「ああ」
クロバラは真っ直ぐと、オクタビアの問いに答える。
彼女が見た目通りの子どもではないことは、オクタビアにも薄々と理解できた。
「でもねぇ。元魔法少女のわたしからすると、片目が見えないのはかなりのハンデよ? 悪いことは言わないから、諦めて田舎に帰りなさい」
オクタビアは、クロバラの正体までは知らないのだろう。あくまでも、魔法少女を目指す幼い少女。それも、片目の見えない少女と、見た目だけで決めつけていた。
すると、そんな彼女の言葉に呆れたのか、クロバラは大きなため息を吐く。
「現役を退いて何年だ? 随分と、衰えたらしいな」
「……なんですって」
クロバラの一言に、オクタビアは怒りをあらわにする。
「かつては、音速と謳われた魔法少女だというのに。その書類を取るときのスピードも、あまり大したことなかったな」
「……その呼び名を知っておいて、このわたしに喧嘩を売ってるの?」
「ああ。所詮はかつてのあだ名だろう。今のお前に、全盛期ほどのスピードがあるとは思えん」
オクタビアの雰囲気が、変わる。
彼女の周囲に、高密度の魔力が漂っていく。
「シャルロッテの紹介だから、優しくしてあげたけど。どうやらあなた、目上の人間に対する態度がなってないみたいね」
書類を、その手から離し。
オクタビアの全身に魔力が迸る。
その表情は、怒りそのもの。
生物を遥かに超越した速度で、オクタビアはその姿を消し。
瞬きを許さぬほどの間に、クロバラの背後へと移動していた。
「地面に頭をつけて、謝りな――」
その言葉を、言い終わる前に。
オクタビアの腹には、クロバラの強烈な蹴りがめり込んでいた。
「かはっ」
強烈な蹴りをもろに食らって、オクタビアは扉の方に吹き飛ばされ。
そのままの勢いで、扉をぶち破り、外へと放り出される。
「……そん、な」
壁に倒れながら、オクタビアは愕然とする。
自分の速度に対応された上で、カウンターまで浴びせられた。
そんな単純な現実すら、理解が追いつかない。
一体この少女は、何者なのか。
そう疑問に思っていると。
「スピード自慢は結構だが。相手の後ろを取りたがるクセは、直すように言ったはずだ」
そう話しながら、近づいてくる少女。
左目に眼帯を付けた、クロバラの姿を見て。
見覚えのある姿が、奇妙に重なる。
「嘘よ。あなた、もしかして」
自分の目の前に立っているのが、一体誰なのか。
オクタビアは、それを理解して。
静かに、涙を流した。