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第7話 帰還






「――死者、17名。生存者は131名。この襲撃で、これだけの人々が生き残るとは、奇跡としか言いようがありません」




 魔獣による襲撃から、数時間が経過した頃。

 破壊された列車の周囲には、軍人と思わしき人々が集まっていた。




「ふーん。そうなんだ」




 その中には、目立つ格好をした少女が1人。

 明らかに他の軍人たちとは雰囲気が違う、特別な力を持つ少女である。




「それでこいつら、本当に魔獣なの?」




 少女が見つめるのは、心臓を穿たれた無数の魔獣の死骸。

 後方には、大型魔獣の死骸も鎮座していた。


 軍人たちは、揃ってその調査を行っている。




「間違いありません。データベースには該当ありませんが、確かに花が咲いていますから」


「そうね。聞いてた話より、いっぱい咲いてるわ」




 大型魔獣の死骸を見ながら、少女はつぶやく。

 魔獣の腹部には多くの花が咲いていたが、たった1本だけ銃弾によって潰されていた。




「しかしこの新種、信じられない生態をしています。体内に即死点が隠されているなんて、前代未聞ですよ」


「ふーん」


「あっちの大型は、見ての通り無数のダミーで擬態をしています。この新種が他にもいるとすれば、とてつもない脅威です」


「……そうね」




 少女は大型魔獣の死骸に近づくと、残っている脚部に触れた。




「……この足、信じられないくらい硬いわね。それを粉々にするなんて、どんな攻撃をしたのかしら」


「現状では不明です。おそらく、物理攻撃だとは思いますが」


「そうね」




 もう興味をなくしたようで、少女は魔獣から目を離した。




「で、こいつらは誰に倒されたわけ?」


「……残念ながら、それも不明です」


「はぁ? 何よそれ」


「す、すみません」




 少女の立場は、他の軍人たちよりも高いようだった。




「乗客も混乱していたようで、まともな情報が集まらないんです。ただ、白い髪をした少女が戦っていたと、いくつか証言が」


「まさか、単独?」


「確証は、ありませんが。少なくとも目撃者は全員、少女が1人で戦っていたと」


「……信じらんない」




 魔獣による破壊現場と、その死骸たち。

 それは現役の魔法少女である彼女にとっても、信じられない光景であった。




「どんな化け物よ、そいつ」




 白い髪の少女は、すでにここには存在せず。

 真実は、誰にも分からないまま。


















「……ななっ」




 軍人たちが、列車に到着している頃。

 クロバラは一足先に、逃げるように移動し、目的地である北京に到着していた。


 だがしかし、街の中心部にて、彼女は呆然と立ち尽くす。




「何だ、この巨大な建物は」




 見たことのない、巨大な建造物。ビルというものを初めて見て、その高さに圧倒されていた。


 驚く要素は、それだけではない。


 整備された街に、走る多くの自動車。

 街中から聞こえてくる、人々の話し声まで。




「一般市民が、小型の携帯端末を所持している? たった10年で、ここまで進歩するとは」




 携帯電話という物体にも、驚きを隠せない。

 クロバラは完全に、田舎者のような動きをしていた。




 大都会、北京の様子に驚きながら。クロバラは地図を片手に、目的地へと進んでいき。


 これまた大きな、それも豪華な建造物の前へと辿り着く。

 見たところ、高級ホテルのようだった。




「……とりあえず、入ってみるか」




 自分の場違い感を認識しながらも。

 クロバラは1人、ホテルの中へと入っていった。















「すまない。ここのオーナーに会いたいんだが」


「はい。……えっ?」




 ホテルのエントランス。受付のホテルマンは、客と思わしき声に反応するも。

 驚くことに、目の前には誰も立っていなかった。


 気のせいかと、首を傾げると。




「おーい。下だよ、下。すまないが、オーナーに通してくれ」


「おっと。これは失礼、お嬢さん」




 身を乗り出さなければ、見えないほど。

 あまりにも小さなお客に、ホテルマンは意外に思う。




「それで、もう一度要件を」


「だーかーらー。オーナー、支配人に合わせてくれ」


「は、はぁ」




 どう見ても、10歳程度にしか見えない少女。しかも、髪の色は真っ白で、左目には眼帯を付けている。

 ホテルマンの彼にとっても、初めて見るタイプの客であった。


 とはいえ、一応は相手をしなければならない。




「失礼ですが、アポイントはございますか? うちの支配人は、そう簡単には会えないのですが」


「あぁ。それだったら、この紙を見せればいいんだろう?」




 そう言って、クロバラが取り出したのは。黄金の文字が刻まれた、真っ黒な紙。

 その紙を見て、ホテルマンは血相を変える。




「わ、ワルプルギスの関係者でしたか。申し訳ありません、すぐにお繋ぎいたします」




 ホテルマンは慌てた様子で、支配人へと繋がる電話に手をかけた。




「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」


「クロバラだ。シャルロッテの紹介だと言えば、おそらく通じるだろう」


「かしこまりました」




 クロバラから名を聞くと、ホテルマンは電話越しに会話を始める。

 どうやら、その支配人と繋がっているらしい。




「……はい、白い髪の少女です。……はい、左目に眼帯が」



 クロバラの方を見ながら、ホテルマンは支配人と通話をする。




「魔法少女かどうか? いや、それはちょっと、自分には分かりませんが」



 どうやら、向こうからの要求が多いようで。




「はい、はい。申し訳ありません」



 電話越しながら、ホテルマンは完全に頭を下げて謝っていた。




 クロバラはその様子を、何とも言えない表情で眺め。

 しばらくして、通話は終わる。




「支配人がお会いになるそうです。どうぞ、ご案内いたします」


「あぁ、ありがとう」




 ホテルマンの言葉に従って、クロバラはホテルの奥へと入っていった。

















「どうぞ、こちらへ」




 案内を受けて、クロバラは1つの部屋へと入る。

 おそらく支配人の部屋なのだろう、広くて豪華な部屋であり。


 何らかの書類が置かれたテーブルが、部屋の中心に。


 そして部屋の奥には、ドレスを着用した赤毛の女性が立っていた。




「では、わたしはこれで」




 ホテルマンが扉を閉じ、部屋にはクロバラとドレスの女性だけ。


 互いに数秒、無言で向かい合う。

 最初に口を開いたのは、ドレスの女性であった。




「初めまして、クロバラさん。わたしはこのホテルのオーナーにして、アジアにおけるワルプルギスの筆頭。オクタビアよ、よろしく」


「あぁ、こちらこそ。シャルロッテから聞いていると思うが、しばらく厄介になる」


「えぇえぇ。聞いているわ。偽造したあなたの戸籍情報も、必要な書類も、すでに用意してあるから」


「それはありがたい」




 おそらくは、中央のテーブルに置いてあるのが、その書類なのだろう。

 クロバラはそれを確認しようと、テーブルに近づくと。


 ほんの刹那に、風が吹き。

 テーブルの上にあった書類は消えて。


 気づけば、ドレスの女性、オクタビアの手に移動していた。




「……どういうつもりだ」


「ごめんなさい。意地悪するつもりは無かったのだけど、やっぱり納得できなくて」




 オクタビアは書類を手に、クロバラを見つめる。




「いくらシャルロッテの紹介とはいえ、得体の知れない小娘に、どうしてここまでしてあげないといけないのかしら。戸籍データの偽造だって、かなり大変だったのよ?」


「それは申し訳ない。だが納得できないと言われても、わたしは何をすればいい?」


「……そうねぇ」




 書類をくるくると丸めながら、オクタビアは考え。

 頭に浮かんだ名案に、思わず笑みを浮かべる。




「あなた、軍に入りたいのよね?」


「ああ」


「軍所属の魔法少女なんて、茨の道よ? 見たところまだ幼いのに、それだけ重大な理由があるってこと?」


「ああ」




 クロバラは真っ直ぐと、オクタビアの問いに答える。


 彼女が見た目通りの子どもではないことは、オクタビアにも薄々と理解できた。




「でもねぇ。元魔法少女のわたしからすると、片目が見えないのはかなりのハンデよ? 悪いことは言わないから、諦めて田舎に帰りなさい」




 オクタビアは、クロバラの正体までは知らないのだろう。あくまでも、魔法少女を目指す幼い少女。それも、片目の見えない少女と、見た目だけで決めつけていた。


 すると、そんな彼女の言葉に呆れたのか、クロバラは大きなため息を吐く。




「現役を退いて何年だ? 随分と、衰えたらしいな」


「……なんですって」




 クロバラの一言に、オクタビアは怒りをあらわにする。




「かつては、音速と謳われた魔法少女だというのに。その書類を取るときのスピードも、あまり大したことなかったな」


「……その呼び名を知っておいて、このわたしに喧嘩を売ってるの?」


「ああ。所詮はかつてのあだ名だろう。今のお前に、全盛期ほどのスピードがあるとは思えん」




 オクタビアの雰囲気が、変わる。

 彼女の周囲に、高密度の魔力が漂っていく。




「シャルロッテの紹介だから、優しくしてあげたけど。どうやらあなた、目上の人間に対する態度がなってないみたいね」




 書類を、その手から離し。

 オクタビアの全身に魔力が迸る。




 その表情は、怒りそのもの。




 生物を遥かに超越した速度で、オクタビアはその姿を消し。


 瞬きを許さぬほどの間に、クロバラの背後へと移動していた。





「地面に頭をつけて、謝りな――」





 その言葉を、言い終わる前に。


 オクタビアの腹には、クロバラの強烈な蹴りがめり込んでいた。





「かはっ」




 強烈な蹴りをもろに食らって、オクタビアは扉の方に吹き飛ばされ。


 そのままの勢いで、扉をぶち破り、外へと放り出される。




「……そん、な」




 壁に倒れながら、オクタビアは愕然とする。


 自分の速度に対応された上で、カウンターまで浴びせられた。


 そんな単純な現実すら、理解が追いつかない。





 一体この少女は、何者なのか。

 そう疑問に思っていると。





「スピード自慢は結構だが。相手の後ろを取りたがるクセは、直すように言ったはずだ」





 そう話しながら、近づいてくる少女。

 左目に眼帯を付けた、クロバラの姿を見て。


 見覚えのある姿が、奇妙に重なる。





「嘘よ。あなた、もしかして」





 自分の目の前に立っているのが、一体誰なのか。

 オクタビアは、それを理解して。


 静かに、涙を流した。






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