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第8話 ファースト・コンタクト






「では、お名前を」


「はい、クロバラと言います。上海北西に位置する、小さな村の出身です」




 厳重なセキュリティ、鋼鉄の壁に囲まれた施設。

 そこにある部屋の一室で、クロバラは軍人と思われる女性と面談を行っていた。


 部屋の出入口には、武装をした警備担当者も立っており。ここがれっきとした、軍の一部であることを意識させる。


 テーブル越しに向かい合う女性が、クロバラの提出した書類に目を通す。

 メガネを着用した、真面目そうな女性である。




「教会育ちと書いてありますが、肉親は居ないということでしょうか」


「ええ、そうですね。赤ん坊の頃に捨てられたようで、親の顔は見たこともありません」


「なるほど」


「ですが、シスターや神父さんが育ててくれたので、何も不自由は感じていません」


「それは、とても素晴らしい心持ちですね」




 すらすらと、クロバラは身も蓋もない嘘を吐いていく。

 表情1つ変えず、見事なまでに。




「では、あなたの口から、どうして軍に入隊する気になったのかを教えてください。他の誰かではなく、あなた自身の言葉で」




 面接官の鋭い視線にも、クロバラは動じない。

 見た目は10歳そこらの少女でも、そのメンタルは鋼のように強靭だった。




「全て、恩返しのためです。わたしの育った教会は、とても優しい人達によって支えられた素晴らしい場所ですが。あまり、お金に余裕があるわけではありません。なので、軍の魔法少女になって、できるだけ多くの仕送りをしたいんです」


「……なるほど。まだ12歳になったばかりだというのに、素晴らしい考えです」




 面接官の女性は、手元の紙に何かを書き記していく。




「正直、第一印象はあまりにも幼く見えて。本当に12歳なのか、怪しくすら感じました」


「よく言われます。あまり、背も伸びないので」


「そうですね。ですがこうして面談をして、あなたはとても利口な少女だということが分かります。年齢はまだ幼いですが、それだけ物事を考えられるのであれば、きっと問題ないでしょう」


「ありがとうございます」




 どうやら、面接官からの印象は良かったようで。

 とりあえず、クロバラは一安心。


 だがしかし、最大の問題が残っている。




「提出した書類によれば、左目は生まれつき見えないとのことですが。それは、間違いありませんね」


「はい、もちろんです」




 クロバラは微笑みながら、当然のように嘘を吐く。




「申し訳ないのですが、こちらにもいくつか確認事項がありまして。その眼帯を外して、左目を見せてはもらえませんか?」


「……どうしても、ですか」


「はい。なるべく正確に審査するよう、こちらも上から言われているので」


「……分かりました」




 あまり、気は進まないといった様子で。

 クロバラはゆっくりと、左目の眼帯を外した。




「まぶたを、開けますか?」


「……はい」




 どこか、緊張したような雰囲気が、部屋の中に走る。


 何かを警戒しているのか。

 面接官の女性だけでなく、出入り口の警備員もその動向を見つめていた。


 そして、クロバラが左目を開くと。




「……なる、ほど」




 少々、歯切れの悪い様子ながら。

 面接官の女性はクロバラの左目を見て、また書類に何かを記載する。



 心配していた何かは、どうやら無かったらしく。



 クロバラの左目も、多少濁ってはいるものの。

 普通の人間と、さほど変わらない色をしていた。




「もう、いいですか? 左目を見せるのは、ちょっと恥ずかしいので」


「ええ、もちろん。眼帯を付けてもらって構いません」




 視力のない、濁った左目。それを隠すために、このクロバラという少女は眼帯をしている。

 それが、紛れもない事実として記録に刻まれる。




(ふっ)




 目の前の面接官や、背後の警備員からの警戒心も、もう感じられない。

 どうやら完全に、左目の見えないの少女として、認識されたらしい。


 それを悟ってか、クロバラは静かに微笑んだ。

















「似合うかしら」


「似合うわよ」


「ええ、絶対に似合うはず」


「……はぁ」




 クロバラが入隊試験を受ける前日。


 彼女の事情を知っている唯一の協力者、オクタビアの手によって、クロバラは着せ替え人形にされていた。


 オクタビアは1人だというのに。あまりのスピードによって、複数人いるように見える。

 そんな音速に囲まれながら、クロバラは辟易とした様子だった。




「魔法の無駄遣いはよせ」


「あら、無駄なんかじゃないわ。せっかくだから、とびっきりにおめかししないと」


「……わたしの設定を忘れたのか? 田舎の教会育ちだぞ? そんなヒラヒラした洋服を着ていたら、違和感しかないだろう。元の服で十分だ」


「も、元の服って、あなた一着しか持ってないじゃない」


「それで十分だ」


「……不衛生だし、臭いとかも」


「わたしの設定は、身寄りのない小娘だ。むしろ、もっとボロボロで、穴だらけの服でもいい。何なら風呂にも入らずに、相手の同情を誘うような感じでも」


「よくない! せっかくの美少女なのに、わざと汚すなんてナンセンスだわ!」




 明日の入隊試験を前にして、クロバラとオクタビアは無駄な部分で争っていた。




「どうせ入隊すれば、軍から制服を支給されるだろう」


「……はぁ。そうね、あなたはそういう人よね」




 クロバラの断固とした態度に、オクタビアは折れる。




「それに、せっかく偽造情報を用意したのに、服装なんかで疑われたら意味ないもの」




 冷静になって。

 音速の速さで、オクタビアは大量の洋服をどこかへ持っていった。


 そして何事もなかったかのように、クロバラの前へと戻って来る。




「で、残る問題は、その左目だけね」


「そうだな」




 オクタビアが指摘するのは、眼帯に隠されたクロバラの左目。



 それがやはり、最も懸念すべき点であった。



 クロバラが眼帯を外すと、そこに有るのは青い瞳。

 人ならざる十字、魔獣の瞳である。




「鏡と睨み合って、何とか消せないか試したが。こいつはどうにも無理らしい」




 左目の輝きは、揺るがない。




「眼帯で隠したまま入隊できるほど、軍も馬鹿ではないからな」


「それにあなた。シャルロッテのところに辿り着くまで、かなり暴れたんでしょ?」


「う」


「こっちに向かう列車でも、魔獣相手に大暴れしたとか」


「列車に関しては、不可抗力だった」


「……ま、そうね」




 列車の話になり、オクタビアの表情が僅かに曇る。




「新種の魔獣。正直、あなたの話じゃなかったら、信じてなかったかも」


「当たり前だ。誰だって、信じたくはないだろう」


「……そうよ。だってあいつらは、わたし達がこの手で、殲滅したんだから」




 怒りで、拳に力が入る。


 ラグナロクを生き残った、数少ない魔法少女として。

 オクタビアは複雑な心境であった。








「で、これは何だ?」


「知らないの? コンタクトレンズっていうのよ」




 最大の問題点である、クロバラの左目。


 それを誤魔化すために、オクタビアは秘密兵器、コンタクトレンズを用意していた。




「昔、噂には聞いたことがある。確か目の中に入れて、眼鏡の代わりになるとか」


「……まぁ、その認識でいいわ。とにかく、今は技術も進歩して、こういうのが一般で流通するようになったの」


「なるほど。それで、これでどうするんだ? 見たところ、透明だが」




 瞳に装着するコンタクトレンズ。

 しかしそれは透明で、獣の瞳を隠すことは出来ない。




「そこで、わたしの名案。このコンタクトレンズに、色を塗るのよ!」


「……なに?」




 クロバラが疑問を抱き、どういうことかと質問するより。

 オクタビアは音速のスピードで動き。


 気づけば、コンタクトレンズは真っ赤に染まっていた。




「とりあえず、絵の具で赤く塗ったわ。これを左目に装着すれば、軍の検査も誤魔化せるんじゃないかしら」


「……おい、待て」




 絵の具によって、赤く塗られたコンタクトレンズ。

 ひたひたと、赤い塗料が漏れている。




「色の付いたコンタクトって、天才的な発明じゃない? もしかしたらこれ、商品化できるかも」


「いや、おい」




 クロバラの動揺など、目に入らぬようで。

 オクタビアは自分の生み出した発明に興奮していた。




「落ち着け、オクタビア。コンタクトレンズを目に入れるのは、最悪よしとするが。絵の具で塗ったものを目の中に入れて平気なのか?」




 もっともな疑問である。

 オクタビアも、まるでロボットのように停止する。




「……大丈夫よ、きっと。ちょっと目に染みるくらいじゃない?」


「使った絵の具を見せてみろ、材料は自然由来か?」


「気にしないで!」




 オクタビアは目に見えない速度で移動し、絵の具をどこかへ隠してしまった。

 この場に残されたのは、真っ赤に塗られたコンタクトレンズのみ。




「ほら、今のあなたって、半分魔獣なんでしょ? 普通の人間がこれを目に入れたら、たぶん十中八九失明するけど、あなたなら治るわ」


「いや、だからといって、いきなり目に入れるのは」


「――はい!」




 問答無用。

 オクタビアは自身の持つ最大の速度をもって、コンタクトをつかみ取り。


 クロバラが抵抗する暇もなく、それを彼女の左目に突っ込んだ。




「ぐぁ、目がっ」




 たまらずに、クロバラは崩れ落ちる。


 オクタビアの動きが速すぎたのか、それとも絵の具コンタクトレンズが悪いのか。


 左目の激痛に、苦悶の声を抑えきれない。




「品質さえしっかりすれば、商品化は十分可能ね!」




 クロバラは、目を誤魔化す手段を。

 オクタビアは、新しい商品のアイデアを手に入れ。




「……目が、目がっ」




 そんな前日を経て、クロバラは軍の入隊試験に挑むことになった。















(早く取りたい、早く取りたい、早く取りたい)




 眼帯の下の違和感。それとずっと格闘しながら、クロバラは面接官とのやり取りを耐え抜いていく。


 文字通り、血の滲むような苦行であった。


 しかし、それを悟られないように、表面上は無表情を貫いていく。

 その苦労の甲斐もあってか。




「さて。とりあえず、メンタル面での問題はなさそうね。あとは適性検査だけだから、奥の部屋で待機してください」


「……了解しました」




 ようやく、この地獄も終わる。

 ホッとした気持ちの中、クロバラは面接官の指示に従って、扉の先へと向かう。


 そこで、待ち受けていたのは。




「……ふむ」




 まだ幼い、無数の少女たち。

 12歳以上という条件で集められた、魔法少女の卵たちである。


 その中の1人として、クロバラは混ざり。


 自分がこれから何を目指すのかを、再び考える。




(ここが、始まりか)




 魔獣の復活と、戦いの兆し。


 それよりも、クロバラには果たさなければならない目的があった。


 大切なものを、取り戻すための戦いが。






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