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第3話 魔獣






 急停止した列車。

 その中で、2人のチンピラはもみくちゃになり、やっとのことで姿勢を立て直す。




「ったく、何だってんだよ」


「ほんと最悪っすね。アニキの体重のせいで、俺も死ぬかと思いましたよ」




 なにはともあれ。巨漢の男も、赤ら顔の男も。大した怪我はしていないようで。一体何が起きたのかを、冷静に考え始める。




「おい、バカス。ちょっと見てこい」


「えっ、俺だけっすか?」


「ばかやろう。俺の体格じゃ、つっかえてろくに進めねぇだろ。なんで止まったのか、運転手を締め上げてこい!」


「へ、へい」




 アニキにそう命令され。渋々といった様子で、チンピラは車両の様子を見に行くことに。

 とりあえず通路に出てみると。案の定、混乱する人々でごった返していた。




「こりゃたしかに、アニキじゃ無理かぁ」




 チンピラは人々の間をかき分けて、先頭車両へと向かう。

 すると、次第に人々の様子が変わっていくのを感じた。


 聞こえてくるのは、悲鳴。




「うん?」



 一瞬、チンピラは立ち止まる。




 何か異常が起きている。人々が、何かに巻き込まれている。ゆえに悲鳴が聞こえてくる。

 気がつけば、先頭車両の方から何人かの人々が血相を変えて走ってくる。


 何が、それほど恐ろしいのか。何から逃げているのか。


 人間の多くは、他者からの影響を強く受けるもの。パニックに巻き込まれれば、それにつられてしまうもの。

 けれども残念なことに、このチンピラはそういう感覚が人よりも鈍いようで。


 恐怖の感情ではなく、疑問が湧き出てしまう。


 それゆえに、死の気配が漂う場所。

 先頭車両まで、無謀にも足を進めてしまった。















「何だぁ、おい」




 先頭車両までたどり着き、チンピラは思わずつぶやいた。


 そこにあったのは、静寂。

 乗客は1人として残っておらず、異様な雰囲気を醸し出していた。


 急ブレーキの影響なのか。窓ガラスが無数に割れて、地面にその破片が散らばっている。

 その破片の中に、微かに赤く染まった物があることに、チンピラは気づかなかった。




「んん?」



 チンピラは鈍い頭を働かせ、何が起きているのかを考えて。





 その瞬間、目の前を何かが通り過ぎ。

 微かな悲鳴が、聞こえたような気がした。



 けれども彼が顔を上げても、そこには何も無い。

 呆けたような表情で、チンピラが頭をかいていると。



 ポタリ、と。肩に何かが落ちてくる。

 ポタポタと、それは液体のようで。




「う?」




 チンピラがそれを拭うと、それは粘り気のある赤。それが何なのか、鈍い彼の頭は一瞬では判断できず。

 反射的に、上を見上げて。




「……あ」




 ようやく、事態の深刻さに気づく。


 車両の天井にあったのは、無惨に引き裂かれた人間の亡骸であった。



 何が起きているのか。なぜ、人々は逃げていたのか。

 どんな馬鹿な人間でも理解できてしまう。



 これは、虐殺と呼ばれるもの。





 何もかもが、手遅れになった頃。

 窓ガラスを割って、何かが車両の中に入ってくる。


 それを見て。

 チンピラは、言葉を失った。





「あ、あ、あ」




 何と表現すればいいのか。

 それはとにかく、異形としか言いようがなかった。




 図鑑に載っている、人類の知識にある生物ではない。けれどもそれは手足を持ち、獰猛な獣のように動いている。


 人間や猿、それに近い形態をしているのか。体毛こそ存在しないものの、それは二足歩行で立っており。

 何よりも恐ろしいのが、口以外、顔に何も存在しないこと。


 体毛がなく、顔には口しかなく。

 それに加えて、その肉体は非常に筋肉質で、爪や牙は刃物のように尖っている。



 何なんだ、この生物は。

 チンピラの脳には、答えが出なかった。



 10年前に絶滅したという、魔獣の一種であろうか。けれども魔獣は、最終戦争によって根絶されたはず。

 魔獣に対するそれくらいの知識は、このチンピラにもあった。おそらく多くの人たちも、その程度の認識なのだろう。


 ゆえにパニックを起こし、ある者は逃げ出し、ある者は餌食になった。


 それで言うならば、チンピラは犠牲者になる側であろう。恐怖と混乱から足がすくみ、その場から動くことが出来なかった。



 すると異形の怪物が、彼を獲物としてロックオンする。

 目に相当する器官が存在しなくとも、どうやら周囲の状況は認識できるらしい。




 人型をした、異形の怪物。

 それは異常なまでの初速で踏み出すと、チンピラの喉元へと爪を向けて。



 彼の背後から現れた小さな影に、顔面を。

 少女、クロバラのドロップキックをもろに食らい、怪物は蹴り飛ばされた。




 その小さな体から、どれだけの力が発揮されたのか。

 怪物は完全に押し負けて、車両の奥の壁へと激突する。




「ふぅ」




 空中で一回転して、クロバラは華麗に着地。

 余裕な表情で、チンピラの方へ顔を向けた。




「よう。生きてたか、こそ泥」


「あ、あんた。あんたぁ、俺の命の恩人だぁ!!」




 緊張の糸がほぐれたのか。チンピラは感情を爆発させて、クロバラの体へと抱きついた。

 クロバラは特に何も言わないものの、絵面だけを見ると完全にアウトである。




「泣きつくな、鬱陶しい」




 そう言いながら。

 クロバラが手にするのは、見覚えのある黄金の拳銃。




「そいつは、アニキの」


「ああ。ここに来る途中、人混みの中で詰まってたからな。少々拝借してきた」




 この拳銃の威力ならば、魔獣を葬ることも不可能ではない。




「なら、俺の銃も使ってくれ!」


「……いや。流石に、お前のはいい」




 チンピラの銃を、クロバラは突っぱねる。

 デブから借りてきたデザートイーグルとは違い、チンピラの持つ銃は本当に質の悪い安物である。

 仮に手元で暴発したら、もはや目も当てられない。




「あの化け物はわたしが対処する。お前は早く、後方の車両へ戻れ」


「わ、わかった」


「それと! 本当の本当にヤバいって時以外、その銃の引き金は引くなよ」


「お、おう。あんたも頑張ってくれ。魔法少女なら、あんな化け物楽勝だろう?」


「……あぁ、もちろん」




 クロバラは振り返らずに。

 チンピラは急いで、元の車両へと走っていった。




「……魔法少女、か」




 クロバラは皮肉げに微笑む。

 なぜならそれは、真っ赤な嘘なのだから。


 そもそも彼女は、人間なのかも定かではない、異端児なのだから。




「まぁ。魔獣を殺せるなら、何の問題もないか」




 慣れた手つきで、銃を構える。

 まだ幼い少女だと言うのに。その姿はまるで、歴戦の兵士のようにも見えた。






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