目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第5話 新種覚醒






 脳が理解を拒む。だがしかし、現実を直視しなければ。

 途切れそうな意識の中で、クロバラは自身の現状を。

 腹を突き破った、ナニカを凝視する。




「なに、が」




 力を振り絞って、後ろを見てみると。

 そこに居たのは、今まで姿形も見えなかった、大型の魔獣。



 原型となっているのは、クモであろうか。



 鋼鉄のように変異した、8本の足が生えており。

 そのうちの1本が、クロバラを背後から貫いていた。




(バカな。俺が、気づかなかった?)




 クロバラが疑問に思っていると。

 大型魔獣の姿が、一瞬だが透明になり、背景へと溶け込んだ。




(ステルス、とは。そんな進化まで)




 驚きも、何もかもが遅く。すでにその一撃で、勝負は決まっていた。

 大型魔獣は無造作に足を振り払うと、クロバラは力なく投げ捨てられる。



 腹に開いた大穴からは、これでもかと血肉が溢れており。

 立ち上がろうにも、指の1つも動かせない。



 体が冷たく、あれだけ湧き上がっていた怒りも、消えてしまいそうな。

 クロバラという生物の活動が、停止しようとしていた。




(これでは、10年前と、何も)





 心がどれだけ引っ張っても、体は動かない。


 無力な自分の姿が、俯瞰に見える。





――お父さん。




 懐かしい声が、聞こえるような。




――約束だからね。




 魂に刻まれた、忘れられない言葉。

 それを走馬灯のように、思い出しながら。





「……ツバ、キ」





 誰にも届かない、小さな声とともに。

 左目に付けられた眼帯が、音もなく外れた。















 それは、思い出の断片。

 脳ではなく魂に刻まれた、存在しない記憶。




 1人の少女が、こちらを見て笑っている。

 その姿は、クロバラに瓜二つ。


 違いといえば、髪の色が鮮やかな赤色で、しっかりと両目があることか。


 その少女と比べたら、クロバラは出来損ないの人形のように見える。

 髪の色は真っ白で、左目は眼帯に隠されているのだから。




――行かないで、お父さん。




 赤髪の少女が、こちらに手を伸ばす。


 自分も手を伸ばそうとするも、それは決して届かずに。


 無数の刃が、自分の体を貫いた。





(……こんな、力では)





 肉体が再構築されていく。

 戦うためでも、生きるためでもない。


 ただ、もう一度、今度こそ。

 あの手を掴み取るために。





(――まだ、終われん)





 心臓の鼓動が、大きく高鳴る。


 植物が根を張るように、その影響は全身へと。


 その肉体は、新たなる種へと覚醒した。

















 クロバラを葬った大型魔獣は、その強靭な肉体をもって列車を襲っていた。


 すでに殲滅された、小型の魔獣たちとは違い。その行動は効率的とはとても言えず。

 誰も居ない先頭車両から、粉々に切り刻みながら進んでいた。


 じわりじわりと訪れる、確かな恐怖。

 まるで、それを人々に味わわせるのが目的であるかのように。


 絶望の化身として。

 大型魔獣は、やがて人々の密集する後方車両へと近づいていく。




「あ、アニキ」


「……おふ」




 生き残った人々の先頭には、あのチンピラ2人の姿があった。

 他の者たちよりも度胸があるのか、それとも弾き出されたのか、それは定かではないが。

 ただ1つ確かなのは、死に最も近い場所に立っていることだけ。




「アニキ、俺の銃で、どうにかしやしょうか」


「ばかやろうお前、何をどうするってんだよ」


「そりゃあれっすよ。魔獣には絶対、弱点の花が咲いてるから。それを撃てば倒せるって本に」


「花だって? お前、あれが見えねぇのか!?」




 アニキが指摘するのも無理はない。

 なぜならその知識の通り、確かに大型魔獣の体、クモで言う腹の部分には、大量の花々が咲いていた。


 そう、大量である。


 どれか1つでも潰せば死ぬ、そんなバカな話はないだろう。小型の魔獣が体内に隠していたように、この大型個体も生存能力の面において進化を果たしていた。


 おそらくは、即死点である花はたった1つで、残りは全てダミーなのだろう。

 無論、それを目視で判別することは不可能に近い。




「な、ならどうすりゃ」




 チンピラの脳裏に、あの少女の言葉がよぎる。

 本当の本当にヤバいって時以外、引き金は引くな。


 つまりは、素人が銃を使っても危ないだけ、下手に使おうとするなという忠告である。

 けれども、もう一つの捉え方も出来る。


 本当の本当にヤバい時には、迷うことなく引き金を引け。

 チンピラは彼女の言葉を、そうやって解釈し。





「俺だって。お、俺だってぇ!!」





 どのみち死ぬのであれば。意地を見せて、せめてもの抵抗を。



 チンピラは銃を構えると、銃口を魔獣の顔面に向ける。



 震える手を、もう一方の手で押さえつけて。

 狙いを定めて、引き金を引いた。





 乾いた銃声、脆弱な弾丸。

 けれどもそれは、幸運にも鮮やかな軌道を描き。


 無数に存在する魔獣の瞳、特徴的な十字の眼球の1つを、見事に撃ち抜いた。





 視界の1つを潰されて、大型魔獣は僅かに動揺する。


 クモのように、複数ある目の1つが潰されただけ。大したダメージでは無いものの。

 まさか怯える人間から反撃を受けるとは思っていなかったのか、魔獣は動揺していた。




「や、やった。俺やった!」




 まさか弾が当たるとは思わず。歓喜の声を上げるチンピラであったが。



 残念なことに、人類の反撃はここまで。



 魔獣の恐ろしさは、常識外れの身体能力と、適応能力を持つこと。

 撃ち抜かれた眼球は、すでに自然治癒が始まっていた。



 小さな勇気によって放たれた、一発の銃弾。

 それは単に、敵を怒らせただけだったのかも知れない。





 魔獣の瞳、特徴的な十字の瞳孔が、真っ赤に染まっていき。



 口付近に、眩いほどのエネルギーが集まっていく。



 それはもうお遊びではない。

 ただ純粋に、敵を殲滅させるための力。



 魔獣の口から、強力な破壊光線が放たれた。





「ひ」





 もはや抗うことの出来ない、絶対的な死の光。

 チンピラだけでなく、後ろにいた多くの人々も、恐怖から目をつむり。



 その衝撃を、受ける。

 はずだったのだが。





「……お、おぅ?」





 目前まで迫っていた、死と痛みの恐怖が、いつになっても襲ってこない。


 どういうことかと、チンピラが目を開けてみると。





 そこに立っていたのは、見覚えのある少女の後ろ姿。





 少女は左手を前に向けて。


 そこには、花のような形状をした鮮やかな光の障壁が展開されていた。


 紛うことなき、魔法の力である。





「――すまない、遅くなった」





 少女、クロバラは魔力障壁を維持したまま、穏やかな声でチンピラに語りかける。


 真正面から魔獣と対峙し、人々に背を向けたまま。




 あるいは、あえて顔を背けているのかも知れない。

 急いで来たせいか、今のクロバラは眼帯をしておらず。




 異端を象徴する左目。


 魔獣と同じ十字の瞳が、青く輝いていた。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?