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第6話 花の魔法少女






 この世界において、花は、忌み嫌われる存在である。

 かつては違ったが、魔獣という生き物が生まれてからは、完全に花は人類に忌避される存在となった。



 ゆえに、花を愛でる人間、趣味を持つ人間は、この世界では変人扱いされる。

 視界にも入れたくない、という人も珍しくはないだろう。




 ならばその魔法少女は、異端と言わざるを得ない。

 魔獣の光線を受け止める、その強固な魔力障壁。



 人々を守る魔法の形状が、巨大な花の形をしているのだから。






 まぁ、そんなことは気にせずに。


 クロバラは僅かに振り向くと、呆然とするチンピラへと微笑みかけた。




「おい」


「へ、へい!」




 2度も窮地を救われたことで、彼は完全にクロバラに従う舎弟のように振る舞っていた。




「お前、銃を撃つのは初めてか?」


「あ、はい。一応、そうっすね。ずっと持ってはいたんすけど、撃つのは怖くって」


「そうか。……なかなか、いいセンスをしている」




 異端の象徴である、左目は決して見せずに。

 それでもクロバラは、彼に対して称賛の言葉を送る。




「訓練すれば、一人前の兵士になれるかも知れんぞ? どうだ、一緒に軍隊に入らないか?」


「い、いやぁ。俺はちょっと、楽して生きたい性分なんで。へへっ」


「ふむ。それは、残念だ!」




 チンピラとの会話は、ここで切り上げ。

 クロバラは改めて、魔獣と真っ向から対決する。




 かざした左手に力を込めると、供給される魔力の量が増加。


 花の輝きが、更に強く。

 放たれた光線を掻き消して、大型魔獣を後方に弾き返した。


 力勝負に打ち勝って、クロバラは満足気に障壁を解除する。




「なるほど、これが魔法。知ってはいたが、こんな感覚か」




 ぶっつけ本番。イメージ通りに使えるか不安であったものの。

 そんな心配を吹き飛ばすほどに、魔法は強力な盾として具現化を果たした。



 なぜか花の形状になったのは、完全に予想外であったが。



 腹部に開いた大きな傷は、跡形もなく消え去り。なおかつ、着ていた服すら元通りになっていた。

 貫かれる前とは、明らかにクロバラの雰囲気が変わっている。



 そんな彼女を前にして、大型魔獣は完全に硬直していた。

 一体、何を戸惑っているのか。




「ん、どうかしたか? 同じ目をしてることが、そんなに不思議なのか?」




 青い、十字の瞳を輝かせて、クロバラは微笑む。




「お揃いだろう? そっちは沢山で、こっちは左目だけだが」




 魔獣は言葉を発さない。ゆえに、何を考え、動揺しているのかは定かではない。

 ただそれでも、クロバラに対して驚いているのは明確であった。


 獣の瞳を持った、人間の少女。

 それが、何を意味しているのか。




「まぁ、お前に刺されたおかげで、こっちも魔法に目覚めるきっかけになった。というわけで、リベンジといこうか」




 左手には、魔力の輝きを纏わせ。


 右手には、もはや相棒とも言える黄金のデザートイーグルを。


 クロバラと大型魔獣、その第2回戦が始まった。

















 クロバラに対して動揺していた魔獣も、ようやく冷静さを取り戻したのか。

 改めて彼女を敵として認識し、鋭い足による突きを繰り出した。



 先ほどは、不意打ちで背後から食らってしまったが。

 今のクロバラには、もはや脅威と呼べるものではない。



 再び左手をかざすと、先ほどと同様に花の形状をした魔力障壁が展開。

 鋭い魔獣の攻撃を、完璧に防ぎ切る。



 魔獣の攻撃も、決して弱いわけではない。足の硬度は得体の知れない金属製で、列車を軽々と斬り刻む事ができる。

 その足による攻撃を、たやすく受け止めているのだから。魔力障壁の強固さが際立った。




「ここは人も多いし。お前も、外のほうが戦いやすいだろう?」



 左手の輝きが、更に増し。





「そら、さっさと出ていけ!」





 花の形をした魔力障壁が、鋭い衝撃と共に弾け飛び。

 その威力によって、大型魔獣は列車の外まで吹き飛ばされる。




 クロバラもそれを追って、列車の外へと飛び出した。




 雲も少ない、青空の下。

 殺戮に特化した怪物と、獣の瞳を持つ少女が対峙する。



 もはや、邪魔になるものは存在しない。

 ここから先は、ただ強い者のみが生き残る。






 クロバラの力を警戒してか。

 大型魔獣は擬態能力を開放、その姿が背景へと溶け込み、肉眼では捉えられなくなる。



 大きな図体だが、クモのような足で器用に移動しているのだろう。

 耳を澄ましても、魔獣の足音は聞こえてこない。




「高性能ステルスに加え、即死点の花を無数のダミーでカバー。とことん、驚異的な能力だな」



 恐るべき能力だが、クロバラは全く動じない。




「おまけに、超硬度の足による一撃は、魔法少女にすら致命傷を与えかねない」



 敵がどこにいるのかも分からないのに、それを全く恐れない。




「だが、まぁ。相手が悪かったな」




 普通の魔法少女が相手なら、完全な初見殺し。むしろ生態を理解していたとしても、倒すのは難しいかも知れない。



 だがしかし、クロバラはただの魔法少女ではない。



 その青い獣の瞳は、他者とは見えている世界が違う。

 ゆえに、眼前へと迫る魔獣の攻撃も、完全にお見通しであった。




 鋭い魔獣の突きを、ひらりとかわし。

 無防備となったその足へ、魔力の宿った渾身の拳を叩き込んだ。



 金属同士がぶつかったような、重厚な音が鳴り響き。

 けれども強度で勝ったのは、クロバラの拳。


 魔獣の足の1つは、そのまま真っ二つにへし折られた。




「!?」




 姿を消した、完全なる不意打ち。それを防がれ、あまつさえカウンターを叩き込まれた。

 それに動揺してか、魔獣はステルスを解除すると、クロバラから急いで距離を取る。


 その様子を見て、クロバラは笑う。




「ははっ。言葉は話さんが、随分と表情豊かだな」




 互いに、強力な力を持った怪物でも。培ってきた経験が違うのか。

 クロバラは攻守ともに隙がなく、表情にも余裕が見えた。




「さて、次はどうする? 同じような攻撃をしても、足がどんどん無くなるだけだぞ」




 その挑発が、言葉が通じているのかは不明だが。

 大型魔獣は、大地に7本の足を突き立て。




 それを支えにするように、再び口から、高出力の破壊光線を発射した。




 クロバラの反応速度なら、それを避けることも可能であったが。背後に列車があることもあり、防御手段を取ることに。



 現状使うことの出来る、ほぼ唯一の魔法。

 花の魔力障壁を展開し、破壊光線を正面から受け止めた。



 この実力勝負は、列車内でも行われたもの。破壊光線の出力は先ほどと変わらず。

 それ故、クロバラも余裕を持って防御することが出来た。




 だがしかし。


 破壊光線が消失し、クロバラも障壁を消し去ると。

 すでに、大型魔獣の姿は消えており。




「ちっ」



 左側から繰り出された高速の攻撃を、クロバラは何とか受け止める。




 だが、敵の動きは止まらない。

 何かが高速移動するような、甲高い音が鳴り響き。


 クロバラは、見えない包囲網に閉じ込められていた。




「……なるほど。図体はデカいが、その足で高速移動も可能なのか」




 クモを原型としているせいか。大型魔獣は、図体に似合わない俊敏性をも持ち合わせており。

 目にも留まらぬスピードでクロバラの周囲を跳び回っていた。




(単純な速さも中々だが、ステルスも同時に使ってるな? これは確かに脅威だ)




 姿も見えない巨大な怪物が、超高速で動き回っている。

 これが大型魔獣の全力、持てる性能の全てを出し切った動きなのだろう。


 移動のさなかに、時折攻撃も混ぜて。


 クロバラはそれに反応するも、カウンターを叩き込むほどの余裕はなかった。




(何とも恐ろしい、これが新種の魔獣か。もしも戦時中だったら、どれだけの被害を出していたか)




 認めざるを得ない。10年という歳月をかけて、魔獣は驚くほどの進化を遂げていた。

 これに対応可能な魔法少女は、かなり限られてしまうだろう。



 だがやはり、今回は相手が悪かったと言わざるを得ない。



 なぜならクロバラは、隻眼の獣は、どんな状況にも適応できるのだから。




「……そろそろ、慣れてきたな」




 何も存在しない空間に対して、クロバラは渾身の拳を叩き込み。

 ちょうどその位置にあった魔獣の足を、またしても粉々に折り砕いた。




「よし、残りは6本か」




 クロバラに足を砕かれても、魔獣の高速移動は止まらない。


 すでに8本中、2本の足を失っているはずだが。クモの特性を色濃く受け継いでいるのか、運動性能にさほどの影響はないらしい。


 それでも、必ず限界というものは存在する。




「よっと」




 背後から迫る不可視の攻撃を、クロバラは華麗に回避し。

 魔獣の足の1本を、その手で掴み取った。


 さすれば当然、魔獣の高速移動も不可能となる。




「少し痛いだろうが、我慢しろよ?」




 握り潰すほどの強靭な握力で、クロバラは魔獣の足を引っ張ると。

 その隣りにある足に対して、今度は鋭い回し蹴りを繰り出した。


 その蹴りによって、足は当然のようにへし折れて。


 掴まれていたもう1本の足も、異常なまでの握力によって握りつぶされた。




「!?」




 一体何が起こったのか。

 理解する間もなく、魔獣は慌てた様子でクロバラから距離を取る。



 気づけば無惨なことに、8本あった魔獣の足は、すでに半分まで数を減らしてしまっていた。

 もはやこうなれば立っているのもやっとで、高速移動など不可能である。



 自身の部位欠損を悟ってか。

 魔獣はステルス能力すら解除し、クロバラと正面から向かい合う。


 始まりと同じ構図だが、その戦局は一方的であった。




「ふむ。あいつに撃たれた目は、とっくの昔に完治してるのに。足に関しては、治る気配すらないな」



 クロバラは冷静に、敵の体を観察する。




「強度と運動性に特化した結果、再生能力が退化している? 進化といっても、万能ではないか」




 敵はすでに、手負いの獣。

 クロバラは気を緩めることなく、敵を仕留める準備へと入る。


 だが魔獣も、生存を諦めるつもりはないようで。

 威嚇するようなポーズをすると、渾身の力を振り絞って跳躍。


 クロバラめがけて、重量を武器に突進してくる。




 しかしそんな単純な行動に、クロバラは表情の1つも変えず。


 冷静に、デザートイーグルを握りしめる。




「愚かだな。自らの利点を活かせない、空中へ飛び出すとは」




 左手をかざし、魔力障壁を展開。しかし今度の目的は、敵の攻撃を防ぐことではなく。


 その巨大な図体を、受け止めること。


 大きな花に包みこまれるように、魔獣は空中で身動きが取れなくなる。

 足を失い、宙吊りになったクモなど、もはや脅威とは呼べない。




 クロバラは冷静に、銃を構えて、狙いを定める。


 魔獣の腹部には大量の花が咲いていたが、青く輝く左目は、たった1つの本物を見抜いていた。




「……こういうときに限って、タバコが恋しくなるのはどうしてだ?」




 ため息を吐きながらも、その瞳はしっかりと敵の即死点を捉えており。


 引き金に、指をかける。





「一応、感謝しよう。お前の不意打ちのおかげで、俺は魔法少女に適合できた」





 捨て台詞は、それくらいに。


 重い銃声が、一発鳴り響く。


 怪物同士の戦いは、クロバラの勝利という形で終結した。






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