この世界において、花は、忌み嫌われる存在である。
かつては違ったが、魔獣という生き物が生まれてからは、完全に花は人類に忌避される存在となった。
ゆえに、花を愛でる人間、趣味を持つ人間は、この世界では変人扱いされる。
視界にも入れたくない、という人も珍しくはないだろう。
ならばその魔法少女は、異端と言わざるを得ない。
魔獣の光線を受け止める、その強固な魔力障壁。
人々を守る魔法の形状が、巨大な花の形をしているのだから。
まぁ、そんなことは気にせずに。
クロバラは僅かに振り向くと、呆然とするチンピラへと微笑みかけた。
「おい」
「へ、へい!」
2度も窮地を救われたことで、彼は完全にクロバラに従う舎弟のように振る舞っていた。
「お前、銃を撃つのは初めてか?」
「あ、はい。一応、そうっすね。ずっと持ってはいたんすけど、撃つのは怖くって」
「そうか。……なかなか、いいセンスをしている」
異端の象徴である、左目は決して見せずに。
それでもクロバラは、彼に対して称賛の言葉を送る。
「訓練すれば、一人前の兵士になれるかも知れんぞ? どうだ、一緒に軍隊に入らないか?」
「い、いやぁ。俺はちょっと、楽して生きたい性分なんで。へへっ」
「ふむ。それは、残念だ!」
チンピラとの会話は、ここで切り上げ。
クロバラは改めて、魔獣と真っ向から対決する。
かざした左手に力を込めると、供給される魔力の量が増加。
花の輝きが、更に強く。
放たれた光線を掻き消して、大型魔獣を後方に弾き返した。
力勝負に打ち勝って、クロバラは満足気に障壁を解除する。
「なるほど、これが魔法。知ってはいたが、こんな感覚か」
ぶっつけ本番。イメージ通りに使えるか不安であったものの。
そんな心配を吹き飛ばすほどに、魔法は強力な盾として具現化を果たした。
なぜか花の形状になったのは、完全に予想外であったが。
腹部に開いた大きな傷は、跡形もなく消え去り。なおかつ、着ていた服すら元通りになっていた。
貫かれる前とは、明らかにクロバラの雰囲気が変わっている。
そんな彼女を前にして、大型魔獣は完全に硬直していた。
一体、何を戸惑っているのか。
「ん、どうかしたか? 同じ目をしてることが、そんなに不思議なのか?」
青い、十字の瞳を輝かせて、クロバラは微笑む。
「お揃いだろう? そっちは沢山で、こっちは左目だけだが」
魔獣は言葉を発さない。ゆえに、何を考え、動揺しているのかは定かではない。
ただそれでも、クロバラに対して驚いているのは明確であった。
獣の瞳を持った、人間の少女。
それが、何を意味しているのか。
「まぁ、お前に刺されたおかげで、こっちも魔法に目覚めるきっかけになった。というわけで、リベンジといこうか」
左手には、魔力の輝きを纏わせ。
右手には、もはや相棒とも言える黄金のデザートイーグルを。
クロバラと大型魔獣、その第2回戦が始まった。
◆
クロバラに対して動揺していた魔獣も、ようやく冷静さを取り戻したのか。
改めて彼女を敵として認識し、鋭い足による突きを繰り出した。
先ほどは、不意打ちで背後から食らってしまったが。
今のクロバラには、もはや脅威と呼べるものではない。
再び左手をかざすと、先ほどと同様に花の形状をした魔力障壁が展開。
鋭い魔獣の攻撃を、完璧に防ぎ切る。
魔獣の攻撃も、決して弱いわけではない。足の硬度は得体の知れない金属製で、列車を軽々と斬り刻む事ができる。
その足による攻撃を、たやすく受け止めているのだから。魔力障壁の強固さが際立った。
「ここは人も多いし。お前も、外のほうが戦いやすいだろう?」
左手の輝きが、更に増し。
「そら、さっさと出ていけ!」
花の形をした魔力障壁が、鋭い衝撃と共に弾け飛び。
その威力によって、大型魔獣は列車の外まで吹き飛ばされる。
クロバラもそれを追って、列車の外へと飛び出した。
雲も少ない、青空の下。
殺戮に特化した怪物と、獣の瞳を持つ少女が対峙する。
もはや、邪魔になるものは存在しない。
ここから先は、ただ強い者のみが生き残る。
クロバラの力を警戒してか。
大型魔獣は擬態能力を開放、その姿が背景へと溶け込み、肉眼では捉えられなくなる。
大きな図体だが、クモのような足で器用に移動しているのだろう。
耳を澄ましても、魔獣の足音は聞こえてこない。
「高性能ステルスに加え、即死点の花を無数のダミーでカバー。とことん、驚異的な能力だな」
恐るべき能力だが、クロバラは全く動じない。
「おまけに、超硬度の足による一撃は、魔法少女にすら致命傷を与えかねない」
敵がどこにいるのかも分からないのに、それを全く恐れない。
「だが、まぁ。相手が悪かったな」
普通の魔法少女が相手なら、完全な初見殺し。むしろ生態を理解していたとしても、倒すのは難しいかも知れない。
だがしかし、クロバラはただの魔法少女ではない。
その青い獣の瞳は、他者とは見えている世界が違う。
ゆえに、眼前へと迫る魔獣の攻撃も、完全にお見通しであった。
鋭い魔獣の突きを、ひらりとかわし。
無防備となったその足へ、魔力の宿った渾身の拳を叩き込んだ。
金属同士がぶつかったような、重厚な音が鳴り響き。
けれども強度で勝ったのは、クロバラの拳。
魔獣の足の1つは、そのまま真っ二つにへし折られた。
「!?」
姿を消した、完全なる不意打ち。それを防がれ、あまつさえカウンターを叩き込まれた。
それに動揺してか、魔獣はステルスを解除すると、クロバラから急いで距離を取る。
その様子を見て、クロバラは笑う。
「ははっ。言葉は話さんが、随分と表情豊かだな」
互いに、強力な力を持った怪物でも。培ってきた経験が違うのか。
クロバラは攻守ともに隙がなく、表情にも余裕が見えた。
「さて、次はどうする? 同じような攻撃をしても、足がどんどん無くなるだけだぞ」
その挑発が、言葉が通じているのかは不明だが。
大型魔獣は、大地に7本の足を突き立て。
それを支えにするように、再び口から、高出力の破壊光線を発射した。
クロバラの反応速度なら、それを避けることも可能であったが。背後に列車があることもあり、防御手段を取ることに。
現状使うことの出来る、ほぼ唯一の魔法。
花の魔力障壁を展開し、破壊光線を正面から受け止めた。
この実力勝負は、列車内でも行われたもの。破壊光線の出力は先ほどと変わらず。
それ故、クロバラも余裕を持って防御することが出来た。
だがしかし。
破壊光線が消失し、クロバラも障壁を消し去ると。
すでに、大型魔獣の姿は消えており。
「ちっ」
左側から繰り出された高速の攻撃を、クロバラは何とか受け止める。
だが、敵の動きは止まらない。
何かが高速移動するような、甲高い音が鳴り響き。
クロバラは、見えない包囲網に閉じ込められていた。
「……なるほど。図体はデカいが、その足で高速移動も可能なのか」
クモを原型としているせいか。大型魔獣は、図体に似合わない俊敏性をも持ち合わせており。
目にも留まらぬスピードでクロバラの周囲を跳び回っていた。
(単純な速さも中々だが、ステルスも同時に使ってるな? これは確かに脅威だ)
姿も見えない巨大な怪物が、超高速で動き回っている。
これが大型魔獣の全力、持てる性能の全てを出し切った動きなのだろう。
移動のさなかに、時折攻撃も混ぜて。
クロバラはそれに反応するも、カウンターを叩き込むほどの余裕はなかった。
(何とも恐ろしい、これが新種の魔獣か。もしも戦時中だったら、どれだけの被害を出していたか)
認めざるを得ない。10年という歳月をかけて、魔獣は驚くほどの進化を遂げていた。
これに対応可能な魔法少女は、かなり限られてしまうだろう。
だがやはり、今回は相手が悪かったと言わざるを得ない。
なぜならクロバラは、隻眼の獣は、どんな状況にも適応できるのだから。
「……そろそろ、慣れてきたな」
何も存在しない空間に対して、クロバラは渾身の拳を叩き込み。
ちょうどその位置にあった魔獣の足を、またしても粉々に折り砕いた。
「よし、残りは6本か」
クロバラに足を砕かれても、魔獣の高速移動は止まらない。
すでに8本中、2本の足を失っているはずだが。クモの特性を色濃く受け継いでいるのか、運動性能にさほどの影響はないらしい。
それでも、必ず限界というものは存在する。
「よっと」
背後から迫る不可視の攻撃を、クロバラは華麗に回避し。
魔獣の足の1本を、その手で掴み取った。
さすれば当然、魔獣の高速移動も不可能となる。
「少し痛いだろうが、我慢しろよ?」
握り潰すほどの強靭な握力で、クロバラは魔獣の足を引っ張ると。
その隣りにある足に対して、今度は鋭い回し蹴りを繰り出した。
その蹴りによって、足は当然のようにへし折れて。
掴まれていたもう1本の足も、異常なまでの握力によって握りつぶされた。
「!?」
一体何が起こったのか。
理解する間もなく、魔獣は慌てた様子でクロバラから距離を取る。
気づけば無惨なことに、8本あった魔獣の足は、すでに半分まで数を減らしてしまっていた。
もはやこうなれば立っているのもやっとで、高速移動など不可能である。
自身の部位欠損を悟ってか。
魔獣はステルス能力すら解除し、クロバラと正面から向かい合う。
始まりと同じ構図だが、その戦局は一方的であった。
「ふむ。あいつに撃たれた目は、とっくの昔に完治してるのに。足に関しては、治る気配すらないな」
クロバラは冷静に、敵の体を観察する。
「強度と運動性に特化した結果、再生能力が退化している? 進化といっても、万能ではないか」
敵はすでに、手負いの獣。
クロバラは気を緩めることなく、敵を仕留める準備へと入る。
だが魔獣も、生存を諦めるつもりはないようで。
威嚇するようなポーズをすると、渾身の力を振り絞って跳躍。
クロバラめがけて、重量を武器に突進してくる。
しかしそんな単純な行動に、クロバラは表情の1つも変えず。
冷静に、デザートイーグルを握りしめる。
「愚かだな。自らの利点を活かせない、空中へ飛び出すとは」
左手をかざし、魔力障壁を展開。しかし今度の目的は、敵の攻撃を防ぐことではなく。
その巨大な図体を、受け止めること。
大きな花に包みこまれるように、魔獣は空中で身動きが取れなくなる。
足を失い、宙吊りになったクモなど、もはや脅威とは呼べない。
クロバラは冷静に、銃を構えて、狙いを定める。
魔獣の腹部には大量の花が咲いていたが、青く輝く左目は、たった1つの本物を見抜いていた。
「……こういうときに限って、タバコが恋しくなるのはどうしてだ?」
ため息を吐きながらも、その瞳はしっかりと敵の即死点を捉えており。
引き金に、指をかける。
「一応、感謝しよう。お前の不意打ちのおかげで、俺は魔法少女に適合できた」
捨て台詞は、それくらいに。
重い銃声が、一発鳴り響く。
怪物同士の戦いは、クロバラの勝利という形で終結した。