「――おい、泥棒。あの婆さんから盗んだ荷物、渡してもらおうか」
幼い、白髪の少女。
クロバラが、堂々とした様子で2人に声をかける。
それを見て。
盗人コンビは、互いに目を見合わせた。
「なぁ、おい。まさかこのガキ、お前の言ってたやつか?」
「へ、へい。いやー、盗みは完璧だったと思うんですけどねぇ」
クロバラを前にしても、2人の男はもちろん動じない。盗んだことも否定しない。なにせ相手は、圧倒的にひ弱な少女なのだから。
完全に舐められている。その雰囲気は、クロバラにも感じ取れた。
「余裕綽々だな、お前ら。……もしもわたしが、魔法少女だと言ったらどうする?」
「な、な」
魔法少女。その一言に、男たちの顔は一瞬で青ざめる。
なぜなら魔法少女とは、この世界で唯一、兵器すら凌駕する生き物なのだから。
「ま、まて、落ち着け。冷静に考えてみろ。いくら魔法少女と言ったって、この幼さじゃ脅威じゃねぇぜ」
大柄の男は、そうやって自分たちに言い聞かせる。
「知らねぇのか、嬢ちゃん。魔法少女って言ってもな、色々とレベルがあるんだよ。戦車を指1つで持ち上げるバケモンから、ちょっと力持ちな程度のザコまでな」
そう話しながら。大柄の男は威圧するように、ゆっくりと立ち上がる。
「そんでもって。強い魔法少女ってのは、軍隊とかで厳しい訓練を受けてからなれるもんだ。嬢ちゃん程度の年齢からすると、まだ魔法少女になったばかりか。……それとも、ハッタリかぁ?」
クロバラを、見下ろすような形で。
両者の体格差は一目瞭然であった。
厄介事に関わりたくないのか。他の乗客達は、見て見ぬふりをしている。
その雰囲気に、大柄の男は笑みを浮かべた。
「おい、バカス。武器を見せてやりな」
「へい、アニキ」
そう言って、赤ら顔の男が懐から取り出したのは。
紛うことなき、一丁の拳銃。
それを、クロバラに対して見せつけた。
「どうだ、嬢ちゃん。これを見た感想は。本当に魔法少女だって言うんなら、怖くはねぇよなぁ?」
完全に、流れはこちらにあると判断し。
男たちは、ニヤけた表情を隠せない。
そんな彼らに対して、クロバラは。
「……イギリス製の銃。それも、質の悪い安物だな」
何一つ、動じることなく。
冷静に、男の持つ銃の種類を見定めていた。
「な、なにぃ」
安物の銃と言われ、赤ら顔の男は怒りをあらわにする。
「40年近く前から出回ってるモデルだろう? 精度も悪くて、暴発率も高い。そんな銃を自慢気に振りかざすとは、バカなのか?」
「こ、このっ」
言い返す言葉が出ないのか、赤ら顔の男は銃を握った腕を震わせる。
だがしかし、もう一人の男は違った。
「なら嬢ちゃん。こいつは、どうだ」
そう言って、大柄の男が取り出したのは。
金ピカに輝く、一丁の拳銃。
赤ら顔の男の物と比べ、明らかに品質が高く、サイズも大きく。
その銃に対しては、クロバラも僅かに表情を変えた。
「驚いたか? この銃は――」
「デザートイーグル!! それに何だ、そのモデルは」
怯えた様子は、微塵もなく。
クロバラは食い入るように、男の持つ黄金の銃に目を輝かせる。
「ま、マーク19!? 10年前からどう進化してる? 口径はいくつだ?」
もはや、何をしにここへやって来たのか。
盗品のことなど忘れたかのように、クロバラは銃の虜になっていた。
身長差ゆえに、銃に触れられることはないが。
流石の態度に、大柄の男は鬱陶しさを感じる。
「口径なんて知るか! このクソガキ。少なくとも、てめぇの体を吹っ飛ばせるほどの威力があるんだよ!」
そう言って。
銃を持っていない方の手で、少女を押し飛ばそうとして。
「……あ?」
男は、意味が分からないと困惑する。
なぜなら、圧倒的な体格を持つ男の手を持ってしても。
クロバラの体を、びくとも動かすことが出来なかったから。
それはまるで、巨大な木を押そうとしているかのように。
「どうした、大男。見た目の割に、筋肉が足りないんじゃないか?」
「……そ、そんな」
怯えた様子で、男は座席の方へと後ずさる。
「どうしたんです? アニキ」
赤ら顔の男は、何も分かっていない様子だった。
「は、ハッタリじゃねぇ! こいつ、ガチの魔法少女だ!」
恐怖から、体を震わせながら。
大柄の男は、完全にクロバラに怖気づいていた。
その様子に、クロバラはため息を。
「……本当に見かけ倒しだな。でかい図体に、立派な銃。心臓さえ撃ち抜けば、魔法少女だろうと殺せるだろうに」
これ以上、彼らの反応を見るのは無駄だと判断したのか。
クロバラは当初の目的である、老婆の宝石袋を取り返す。
「じゃあな、若造。絡む相手は選ぶんだな」
可愛らしい顔で、しっかりと睨みを効かせて。
クロバラは後方の車両へと戻っていく。
盗人たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
◇
鼻歌交じりに、クロバラは老婆の元へと戻っていく。
結局、最初から最後まで、彼女は微塵も臆することがなかった。
「色はともかく、良い銃だった」
考えるのは、そのことだけ。
何一つ危険のない、平和な列車旅。
そのはず、だったのだが。
「……何だ?」
クロバラは、左目を。
眼帯の下に隠された瞳を、押さえつける。
そこからは、微かに青い光が漏れていた。
まるで、何かに呼応するかのように。
◇
唐突なブレーキ。
強烈な衝撃によって、列車は混沌の渦に巻き込まれる。
「……大丈夫ですか、お婆さん」
クロバラと老婆は、その体幹の強さから平気な部類であったが。
「あ、アニキ」
その一方で、他の車両のチンピラ2人は、酷い様子で転がり回っていた。
「……ったく、最悪の旅だぜ」
自分の重さに潰されながら、大柄の男は嘆く。
唐突に止まった列車、その運転席にて。
車掌の男は、窓から見える様子に呆然としていた。
「何だ、こりゃ」
そこにあったのは、まさに異形な光景。
大地が不自然に隆起し、線路がメチャクチャに壊れていた。
地殻変動か、あるいは爆発でもあったのか。
どうしたものかと。
頭を抱えながら、車掌が外へ出ると。
「――なっ」
視点が、唐突に逆転。
正確には、回転していく。
頭と胴体が2つに分かれて、車掌は地に倒れた。
すると、ぞろぞろと、彼らがやって来る。
静かに、それでも確かに。
人を憎む真っ赤な瞳。
魔性の獣たちが、戻ってきた。