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第2話 獣の兆し





「――おい、泥棒。あの婆さんから盗んだ荷物、渡してもらおうか」




 幼い、白髪の少女。

 クロバラが、堂々とした様子で2人に声をかける。


 それを見て。

 盗人コンビは、互いに目を見合わせた。




「なぁ、おい。まさかこのガキ、お前の言ってたやつか?」


「へ、へい。いやー、盗みは完璧だったと思うんですけどねぇ」




 クロバラを前にしても、2人の男はもちろん動じない。盗んだことも否定しない。なにせ相手は、圧倒的にひ弱な少女なのだから。

 完全に舐められている。その雰囲気は、クロバラにも感じ取れた。




「余裕綽々だな、お前ら。……もしもわたしが、魔法少女だと言ったらどうする?」


「な、な」




 魔法少女。その一言に、男たちの顔は一瞬で青ざめる。

 なぜなら魔法少女とは、この世界で唯一、兵器すら凌駕する生き物なのだから。




「ま、まて、落ち着け。冷静に考えてみろ。いくら魔法少女と言ったって、この幼さじゃ脅威じゃねぇぜ」



 大柄の男は、そうやって自分たちに言い聞かせる。




「知らねぇのか、嬢ちゃん。魔法少女って言ってもな、色々とレベルがあるんだよ。戦車を指1つで持ち上げるバケモンから、ちょっと力持ちな程度のザコまでな」




 そう話しながら。大柄の男は威圧するように、ゆっくりと立ち上がる。




「そんでもって。強い魔法少女ってのは、軍隊とかで厳しい訓練を受けてからなれるもんだ。嬢ちゃん程度の年齢からすると、まだ魔法少女になったばかりか。……それとも、ハッタリかぁ?」




 クロバラを、見下ろすような形で。

 両者の体格差は一目瞭然であった。


 厄介事に関わりたくないのか。他の乗客達は、見て見ぬふりをしている。

 その雰囲気に、大柄の男は笑みを浮かべた。




「おい、バカス。武器を見せてやりな」


「へい、アニキ」




 そう言って、赤ら顔の男が懐から取り出したのは。

 紛うことなき、一丁の拳銃。


 それを、クロバラに対して見せつけた。




「どうだ、嬢ちゃん。これを見た感想は。本当に魔法少女だって言うんなら、怖くはねぇよなぁ?」




 完全に、流れはこちらにあると判断し。

 男たちは、ニヤけた表情を隠せない。


 そんな彼らに対して、クロバラは。




「……イギリス製の銃。それも、質の悪い安物だな」




 何一つ、動じることなく。

 冷静に、男の持つ銃の種類を見定めていた。




「な、なにぃ」



 安物の銃と言われ、赤ら顔の男は怒りをあらわにする。




「40年近く前から出回ってるモデルだろう? 精度も悪くて、暴発率も高い。そんな銃を自慢気に振りかざすとは、バカなのか?」


「こ、このっ」




 言い返す言葉が出ないのか、赤ら顔の男は銃を握った腕を震わせる。

 だがしかし、もう一人の男は違った。




「なら嬢ちゃん。こいつは、どうだ」




 そう言って、大柄の男が取り出したのは。

 金ピカに輝く、一丁の拳銃。


 赤ら顔の男の物と比べ、明らかに品質が高く、サイズも大きく。


 その銃に対しては、クロバラも僅かに表情を変えた。




「驚いたか? この銃は――」


「デザートイーグル!! それに何だ、そのモデルは」




 怯えた様子は、微塵もなく。

 クロバラは食い入るように、男の持つ黄金の銃に目を輝かせる。




「ま、マーク19!? 10年前からどう進化してる? 口径はいくつだ?」




 もはや、何をしにここへやって来たのか。

 盗品のことなど忘れたかのように、クロバラは銃の虜になっていた。


 身長差ゆえに、銃に触れられることはないが。

 流石の態度に、大柄の男は鬱陶しさを感じる。




「口径なんて知るか! このクソガキ。少なくとも、てめぇの体を吹っ飛ばせるほどの威力があるんだよ!」




 そう言って。

 銃を持っていない方の手で、少女を押し飛ばそうとして。




「……あ?」




 男は、意味が分からないと困惑する。



 なぜなら、圧倒的な体格を持つ男の手を持ってしても。

 クロバラの体を、びくとも動かすことが出来なかったから。



 それはまるで、巨大な木を押そうとしているかのように。





「どうした、大男。見た目の割に、筋肉が足りないんじゃないか?」


「……そ、そんな」




 怯えた様子で、男は座席の方へと後ずさる。




「どうしたんです? アニキ」



 赤ら顔の男は、何も分かっていない様子だった。




「は、ハッタリじゃねぇ! こいつ、ガチの魔法少女だ!」




 恐怖から、体を震わせながら。

 大柄の男は、完全にクロバラに怖気づいていた。


 その様子に、クロバラはため息を。




「……本当に見かけ倒しだな。でかい図体に、立派な銃。心臓さえ撃ち抜けば、魔法少女だろうと殺せるだろうに」




 これ以上、彼らの反応を見るのは無駄だと判断したのか。

 クロバラは当初の目的である、老婆の宝石袋を取り返す。




「じゃあな、若造。絡む相手は選ぶんだな」




 可愛らしい顔で、しっかりと睨みを効かせて。

 クロバラは後方の車両へと戻っていく。


 盗人たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。















 鼻歌交じりに、クロバラは老婆の元へと戻っていく。

 結局、最初から最後まで、彼女は微塵も臆することがなかった。




「色はともかく、良い銃だった」




 考えるのは、そのことだけ。

 何一つ危険のない、平和な列車旅。


 そのはず、だったのだが。




「……何だ?」




 クロバラは、左目を。

 眼帯の下に隠された瞳を、押さえつける。


 そこからは、微かに青い光が漏れていた。

 まるで、何かに呼応するかのように。

















 唐突なブレーキ。

 強烈な衝撃によって、列車は混沌の渦に巻き込まれる。




「……大丈夫ですか、お婆さん」



 クロバラと老婆は、その体幹の強さから平気な部類であったが。




「あ、アニキ」



 その一方で、他の車両のチンピラ2人は、酷い様子で転がり回っていた。




「……ったく、最悪の旅だぜ」



 自分の重さに潰されながら、大柄の男は嘆く。








 唐突に止まった列車、その運転席にて。

 車掌の男は、窓から見える様子に呆然としていた。




「何だ、こりゃ」




 そこにあったのは、まさに異形な光景。

 大地が不自然に隆起し、線路がメチャクチャに壊れていた。


 地殻変動か、あるいは爆発でもあったのか。




 どうしたものかと。

 頭を抱えながら、車掌が外へ出ると。




「――なっ」




 視点が、唐突に逆転。

 正確には、回転していく。




 頭と胴体が2つに分かれて、車掌は地に倒れた。




 すると、ぞろぞろと、彼らがやって来る。

 静かに、それでも確かに。




 人を憎む真っ赤な瞳。


 魔性の獣たちが、戻ってきた。






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