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49.出動

 それにしても、エルフで呪術ときたか……!

 花子は鼻に皺を寄せて重い息を吐き出した。


 エルフは至極閉鎖的な種である。

 実際のところ、5年前に彼らへ与した北端侯の言がなくば、今なお彼らがエルバダ領内に住み着いていたなど知られていなかったはずだ。

 だが、実際には森へ隠れ潜むどころかこの王都の内――おそらくは城内へまで入り込んでいた。そうでなければあの迅速なる表明は不可能だ。

 そして。王者と勇者の決闘を見、義人という男の人となりを知り得ていなければ、こうも大がかりな仕掛けを実行するも不可能。


 ただし、ここでひとつ疑問が持ち上がる。

 エルフが呪師を秘匿してきたことは確かとして、それは少なくとも対王者の切り札ではなかったはずだ。

 育成には時を要するし、そも、義人のような単純バカがその座を継ぐなど予想できようはずはない。それ以前に、仕掛けの規模が大きすぎる。

 なのになぜ、当初の目的を放棄してまで呪師を投入した?

 急遽となれば呪師とて十全な働きはできまい。ましてや呪は決闘に求められる迅速性が皆無なのだ。

 いや、そのための騒動であると説かれればうなずかざるを得ないにせよ、大変更を余儀なくされた策は当然練り込まれたものとは成り得ない。対応策を用意できていたとしても、塞ぎきれぬ綻びがかならずある。

 それをエルフが見て見ぬ振りをしているのなら問題はない。

 ただ、それも織り込んでいるの策なんだとしたら……こっちも一手は置いておくべきか。


 花子は女王ならぬ人物へ術式で圧縮した言の葉を投げた。万が一途中で盗み聴かれても意味を解することはできまいが、聴かれたところで困らないような内容だ。

 この保険、当代の出来に期待して託させてもらうよ。


 花子は件の人物から意識を外し、息をつく。

 奇襲を決められ、後手へ回されたことは間違いないが、しかし。

「今からでも十二分に覆せるってことさ」

 と吐き捨てた、そのとき。


「押忍、俺行ってくるっす!」

 唐突に言い放ち、駆け出して行こうとする義人。

 花子はそれを竜化させた手で「押忍じゃない押忍じゃ」と押し返しつつ、

「だから君なんにもできないだろ? あ、できることがあるな。女王のことボディタッチ多めで応援してやれ。そしたら女王が覚醒して全部うまいことやってくれるかも」

「リゅうマドのォ!?」

 女王の動揺で結界が傾いだが、すぐに立て直されたのでよしとして。


「できることあるっすよ! エルフ見つけて俺が勝ったらみなさん治るっしょ!?」

「だぁかぁらっ」

「あ゛ぃ゛っ゛! アタマなくなるっす先輩ぃががががががが!!」

 アイアンクローに握り込んだ義人の頭へ染みこませるように言い聞かせる花子。

「君じゃ呪師は見つけられない。エルフの特徴は君も大好きな長い耳だけど、エルバダに紛れ込んでるってことはうまく隠してるんだろうしね」

 野生の勘でエルフを見分けられたとしても、呪師は無理だ。なんらかの術を遣う者の気配を嗅ぎ取り、見極めるにはその術へ相応に通じていなければならないのだから。

「エルフも呪師も、あたしだったら見つけられる。ただ、この綺麗すぎる結界の中じゃちょっと難しい。ほんとにやだけど外に出ないとなぁ」


 挑戦者はひとり。

 されどごまかす手はいくらでもある。それこそ女王がゴブリンを締め出し、人間ばかりで決闘の場を固めてみせたように。

 直接的であれ間接的であれ、数で圧倒することはそう難しくはない。実際、思考回路がかなり深刻に残念な王者はこうもあっさり誘き出されようとしているわけで。

 まあ、あたしだけだったらどうにでもできるんだけど、後輩くん庇いながらだと面倒すぎるしねぇ。

「先輩」

 思い悩む花子へ、義人が中腰にかがんで背中を差し出した。

「まさか、おぶされって?」

 汗まみれな後輩の背中を忌々しげに見やり、花子はかぶりを振り振り言う。

「押忍! 俺運びますんで、先輩は見つけんのに集中してください!」

 ずいずい後じさって迫り来る彼から1歩2歩と後じさって遠ざかり、

「嫌だ! 君があたしのこと好きでも、あたし実は君のこと好きじゃないし!」

「え!? 俺先輩に嫌われてました!?」

「早とちりするな!! 好きじゃないだけでぇ、嫌いじゃないぞぉ?」

「嫌われてねーやったー! で、いいんすかね?」

「いいに決まってるだろう。そうだとも、そういうことさ。でも絶対あたしは絶対君のそのきったない背中には絶対乗らない絶対に」

 力尽くで丸め込んでおいて、花子はちょちょいと編んだ術式をもって我が身を浮かせて言った。

「忘れてないか? さっきは走ったからあれだったけど、あたしは魔法使いなんだよ」

 そして魔力をアフターバーナーよろしく噴き出し、前へ。

「ついてこい! あたしがタイマンの相手見つけてやる!」

 こうなれば肚を据えるよりあるまい。

 どうせこの男は止まらない。せめて走るべき方向へ走らせてやらなければ。あと、その背中へ乗らずに済ませるためなら、魔力だって大量に無駄遣いしてやる。

「ちょま! 俺まだここに残ってまっす!! せんぱぁーい!?」

 ぶっ飛んでいく先輩を追い、後輩もまた急ぎ駆け出して行ったのだ。




 さて、取り残された女王はといえば。

 そうですか。わたくしへの応援は、ないのですか……しかも竜魔殿をその素肌に背負おうなど。随分と仲がよろしいのですね妬ましい。

 重いため息をついたところで、はたと気づいた。

 向こうのほうでこれみよがしにわななき、上下の歯をガチガチ打ち鳴らしては『これより恥も外聞もなく泣きわめきますぞぉ!!』と準備を押し進める北端侯の有様に。

 あの男は、やる。

 それも本気且つ全力でだ。

『ご心配なく!!』、言葉ならぬ念を返しておいて、彼女は表情を引き締めた。

 扉がまたも開き、患者が運び込まれてくる。王者と竜魔が呪師を押さえるまで、彼らを守らなければ。

「呪を祓う術はなくとも混乱を抑え、時を稼ぐはできましょう。総員、それこそがわたくし共の務めと心得なさい」

「その御言葉、我らが各治癒院へ伝えに参りましょうぞ!」

 即座に北端侯が女王の元へ参じ、膝をついて求める。

「つきましては陛下の対魔術式を賜りたく」

「わたくしの術では呪への対抗が……」

「なに。陛下の御心を込めていただけましたらば、ただそればかりで儂は如何様な術も毒も跳ね返してみせましょうぞ。それはもう! この儂に! 御心さえ! 込めていただけましたらばぁっ!!」

 出て行った王者に彼女が名残を見せたこと、彼はしっかりと恨んでいたのだ。

 いい歳をしてなんといじましい……慄く女王だったが、侯を始め北端の者たちは男女の別なく手練れ揃い。彼らならば、状況のまるで知れぬ都へも安心して送り出せる。

「頼みます」

 彼女がそれだけを告げれば、

「御意」

 彼もまたそれだけを返し、配下を供連れ広間から出て行った。




 一方、義人や花子よりも先に報せを受けたカラスナはといえば、即座に城から飛び出し、路上へ倒れた者の介抱と治癒にあたっていた。

 患者からすればまさに天の助けであったのだ。白き衣は聖女王候補の証。最高の癒師が今、救いの手を己へ伸べようとしているのだから。

 ああ、聖女だ。聖女が俺を見つけてくれたんだからもう大丈夫。

 その安心が当の聖女に打ち砕かれようとも知らず、彼は天に祈ったわけだが……


「生きたいですか!? それとも逝きたいですか!? ――わかりました、生きたいのですね!」

 聖具たるつけ爪を一気に患者の体内へと突き込み、症状の根源を探る。

「ぃぎゃああぁぁぁあぁぁぁああぁ!! しぬ……しぬうううぅうぅぅう!!」

「今さらただで死ねるものとは思わないでくださいね!? あなたには生きるを選んだ贖いをしていただきます!」

 激痛の余り絶叫した患者へ吼え返し、彼女は指先に返るものに集中。歪めた口の端を噛んで。

「病でも毒でもない。魔術の類でも、ありえない」

 痛みの余りぐったりと昏倒した患者は、それでも得体の知れぬ症状の進行を止められたことでいくらか顔色をよくしていた。

 が、それも時間の問題というものだろう。だから。

「閃牙様、この方を治癒院へお願いいたします! あたくしは一刻も早く、ひとりでも多くの方へ問い質さなければ!」

 言い様。ツッコみ気質の者が側にいたなら即言ってくれただろうが、残念ながらここにはなぜかカラスナと共に城を駆け出た犬がいるばかり。

「ぐぅ」

 不満を述べて目を逸らし、後じさって、犬は自分の鼻をぺろりと舐めた。

「……閃牙様、あなたは仮にも初代王者様へ従った伝説の魔獣であらせられましょう?」

「ぐう」

「透白の聖女たる初代聖女王様への義理は」

「ぐぅうう」

「竜魔ど」

「ぐうるるるう」

 あ、竜魔とは仲が悪いらしい。

 これ以上言い重ねても意味はなさそうだしあきらめて、カラスナは路へ彷徨い出てはひとり、またひとりと倒れゆく人々へと駆け出して、

「生きたいですか!? それとも逝きたいですか!?」

 あぎゃあぁああああぁあ!!

 えげへぇええぇえぇぇえ!!

 ぐひょおぉおおおぉおぉ!!

 王都を阿鼻叫喚地獄へと変じさせるが……さすがに気づかされずにいられなかった。

 倒れ伏しているのが男性ばかりで、カラスナの姿を認めて助けてほしいと訴えに来るのは女性ばかりだと。

 ……男性だけを苦しめるなにか? まるで思い当たらないのはあたくしが浅学だからなのでしょうか?

 新たな悲鳴を迸らせつつ思い悩むカラスナから数メートル離れ、犬は患者の隙間をうろついているばかりであった。




 各々が為すべきを為さんと己を急き立てる中、エルバダ王都全域をも巻き込んだタイマンがついに幕を開ける。


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