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14.貴公

「俺、なにしたらいいんすか?」


 は?

 女王を含めたエルバダの者たち全員、予想外な義人の言葉に虚を突かれた。

 あのバカっぽい表情はまさに見たままの、“よくわかんねーんすけど顔”だった!? いや、決めつけるのはまだ早い。ここはひとつ冷静にならなければ。

「その、まあ、ええ。あなたにはご理解いただけませんでしょうが、わたくしどもにも、そう。面子というものがあるのですよ。それを立てていただけはしませんか」

 なんとか気持ちを立て直して語る女王。

 義人はこれ以上ない真剣な表情になって。

「なんか俺、なにしたらいいんすか?」

 はあっ?

 可能な限りわかりやすく遠回したというのに、まるで通じていない? もしやこの下賤、見た目によらず策士で、わたくしを弄しているのではありますまいか?

「勘ぐっても意味ないよ。彼、長い話と難しい話がわかんないし」

 花子のセリフに続いて義人が深々うなずいた。

「押忍。実は苦手っす」

 実はもなにも見たままでしょうに!! という憤りをぐっと噛み殺し、女王はあらためて。

「エルバダの騎士と闘いなさい」


 甲冑どもの間から、ひとりの巨漢が進み出た。

 鎧下というのだろうか、厚地のズボンをつけただけの裸体は太い骨に太い筋肉を盛りつけ、薄い脂肪をかぶせたプロレスラー然とした代物で。

「これが戦場で使い物になる体ってやつかよ」

 つぶやく義人へ、女王がまた言の葉を投げた。

「聞けば王者殿は武具を遣われず、衣服すらまとわずその手ばかりで闘われるとか。ならばわたくしどもも王者の掟を遵守させていただきましょう」

 これならば文句はありますまい? 言外にそうと含めた台詞に反応したのは義人でも花子でも、ましてや犬でもなく、なにも報されていなかったが故に呆然と事の成り行きを見ていたセルファンだった。

「母上お待ちください!! そもそも王者へ同胞たる人間が挑むなどいかなる記録にも前例はなく、しかもこのように陥れるなど言語道断!! 透白の聖女が嫡流たるエルバダの家名にもとりましょうし、そもそも云うではありませんか!? 北端侯は最大の敬意をもって王者を迎え、その心尽くしに心打たれた王者は詩人へそのことを事細かに――あっ、もう少しっ、せめて北端侯が王者と友誼を深めるくだりまではあぁあぁぁああっ!!」

 割って入ったセルファンは、またも余計な知識を挟もうとしている間に制服姿の男たちの津波にさらわれ、輪の外へと運び去られていく。

「あー、その、お疲れっした」

「まったくほんとに貴重な味方なんだけどねぇ」

 義人と花子は素直な感想を口にすることなく、王子の強制退場をただただ見送ったのだった。


 ともあれ1分を要さず場は元の緊迫を取り戻した。

 そのただ中、義人は遙か上方に在る巨漢の顔を見上げて。

「義理と人情、義人っす。どこの誰さんっすか?」

「エルバダ突貫騎士団九の槍。貴公への名乗りはこれで足りよう! 某は王者の御手を我ら正当なる後継の元へ取り戻すため、貴公へ挑むぞ! よもや拒みはすまいな!?」

 やけに四角い顔を上向け、口の端を笑みの形に歪めて吐きつける。

 他の甲冑どもよりふた回り以上太いその体を見れば、彼がその恵まれた体躯故に選抜された、つまりは選手であることが知れた。


 ――魔術も手の力も遣えない力勝負、そりゃあでかい奴が有利だし?

 花子は舌打ちを弾き出さないよう歯を食い締める。

 団長でもいちばんの遣い手でもない序列九番めの騎士を出してきたのは、武具を遣わない格闘の勝敗が体格で分けられるからこそ。

 勝った後には女王の指名する精鋭に継がせるのだろうが、それにしてもここまであからさまに仕掛けてこようとは。

 それだけ必死か。ほんと、あたしは甘く見てたよ。


「さあさあ! 返答やいかにっ!?」

 顔ひとつ分以上の高みから、下手をすれば倍近く太い男から勝負を迫られる。受ける義理などありはしないし、そもそも受けていいはずもない。だがしかし。逃げ出せる先などあるはずもなくて。

 女王は笑む。

 穏やかに、音も立てず、悲願を果たせる歓びを滴らせて。


 一応はまだ揉め事を起こさない方針を貫き中の花子だが、さすがにそろそろ投げ棄てたい気持ちにはなってきた。魔術が遣えたなら一発で全部ぶっ飛ばしてやれるのに……

 と、ここで義人が彼女を返り見て、唐突に問う。

「キコーってなんすか?」

「え? ああ、対等以下の男子のことさ」

 答える中で彼の靄めく心を見て取って、決めた。よし、君にとって今いちばん必要なものをご用意したげるよ。

「つまりは君を格下だって決めつけて」

 立てた親指の先で自分の喉をかっ斬ってみせて、


「舐めてるんだよ」


 これを聞いた義人は渾身にぐっと力を滾らせ、巨漢を睨み上げる。

 今も状況を正しく理解しているわけではない。だが、ここで為すべきことはわかりきっていた。

「キコーの挑戦、きっちり受けてやんよ」

 立てた両の親指で自分の不敵な表情を指し示し、継ぐ。

「キコーなんかにやんねーよ。この手は俺が連れてく。犬もいっしょに、えっと先輩も?」

 だからこそ舐められてなどいられない。

 大切な約束を果たすために。それからこの手と供連れへの義理を果たして、ついでにセルファンの無念を晴らすためにも。

 ってわけだからさ、俺は王者じゃなきゃいけねーんだよ。などと決め決めに口の端を吊り上げてみせた義人だったが。

「あたしは犬のついでかーい!」

 花子の平手がバシーっ! 彼の背中へ生々しい手形を刻み込んで。

「ぁいってェ!!」

「うるさいうるさい。さっさとぶっ倒して、王者が誰かきっちりわからせてこい」

 尻を蹴りつけて送り出し、彼女はふんと鼻息を噴いて自分へ気合を入れた。

 こうなってしまえば逃げるにも盛大に跡を濁してしまう。つまりはやるしかないのだ。

 それに、この世界を去る以前に残しておいた仕掛けが起動されたことは感知しているから。それを生かすためにも義人にはどんな形であれ勝ってもらわなければ。

 待ってる間にこっちはこっちでやっとくことあるしね。


 一方、巨漢の前へ蹴り出された義人はすぐさま表情を引き締める。

「言っとくぜ」

 ゆるく握った両手をもたげ、左を顔の前方へ、右を頬の脇へ据えた彼は一歩を踏み出して、吸い込んだ息全部を声音に換えて吼えた。

「キコーの腹2回ぶん殴るっ!!」

 あのバカ、毎度毎度なんで言っちゃうんだろうね? 花子は毎度のごとく思ったものだが、なにはともあれ“タイマン”の幕が開く。

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