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九話 虚ろの女だけは絶対に殺さなければなりんせんッッ!

 大輔とウィオリナは少しばかり呆然としていた。


 二人としては、御輿みこしは比喩だと思っていた。普通に自分たちを中心にどんちゃん騒ぎでもされるんだろうと思っていた。いや、ウィオリナの場合は御輿の意味があまり理解できていなかったのもある。


 しかしながら、本当に御輿だった。


 大通り。


 担ぐ棒は漆黒で細やかな細工が施されている。人が乗るところは屋形やかたではなく、年季の入った木材の床。中央が一段だけ高くなっていて、そこに二つの座布団がある。広さは、大人十人が余裕で乗れるくらいには大きいだろう。


 そんな御輿の、正確には人間である大輔とウィオリナが乗るので輿こしの周りには巨漢の鬼が六人スタンバっていた。たぶん、担ぐ役だろう。


 そして大輔たちが呆然としていたせいで、今か今かと待機していた化生たちが我慢できず、突撃してくる。


「なぁ、眼鏡の化生かい。その服は外で流行っている服なのか?」

「それよか、酒飲むたい」

「お前ら馬鹿いいネ。彼はコウコウセイという生物ネ。お酒は飲めないし、その服はガクセイフクっていう生物を象徴する毛皮なんネ。烏天狗たちが着ているのと同じネ」

「おい、ヒノエンマ。本当なのか? 眼鏡の化生かいが微妙な表情をしてるがよ」

「異邦の姫様、外ではどんなアクセサリーがあるんですかっ!? これとか、男の人を魅了できますか?」

「服はどうなんどす? 今の殿方はどんな服に情欲を燃やすんどす?」

「これ、エンショウジョ。そのような下品な質問をするでない」

「じゃあ、じゃあ。現世ではどんな髪型が流行っているんでしょうっ?」


 高校生が所属ではなく、生物だと本気で思っている奥ゆかしく白の布で目から上を隠した妖艶な女性に顔を顰める大輔。


 着崩した着物が隠しているのは際どい部分だけ。それ以外は真っ白な肌を晒している幾人の女性に囲まれ、顔を赤くしているウィオリナ。


「お前ら、何してる!」


 遅れてやってきた酒呑童子が怒鳴る。足元にはウカがいて、やれやれと溜息を吐いていた。


 すれば、化生たちは一目散に消える。


「ったく、アイツら」


 酒呑童子が疲れたように顔を顰めた。


 それから、少し後悔している大輔に顔を向ける。


「すまねぇが、アイツらが暴走する前に御輿に乗ってくれ。さっさと、祭を始めねぇとお前さんたちも面倒だろ? 何かと」

「その暴走にもよりますけど」

「お前の想像している暴走だ」

「なら、面倒ですね」

「だろ?」


 うすら寒い空気が二人の間に漂う。


 向こうのお願いもあるが、あくまで大輔とウィオリナは観光としてここにいるだけ。ここにどんな異形がいて、どんな場所なぞ関係ない。あくまで観光地なのだ。


 そして観光地でその地元民に詐欺だったり暴力だったり、危害を加えられた場合、それに対処するのは当たり前だ。


 まぁここには警察のような機関があるわけでもなさそうなので、やるとしたら自衛。


 つまり、楽しい観光がバイオレンスパーティーへと様変わりするのは、両者とも分かっているのだ。


 二人の会話でそれを察したウィオリナは、直ぐに御輿に乗り込む。大輔もそれに続く。


 酒呑童子とウカも乗り込み、大輔とウィオリナに中央の座布団に座るように促す。


 そして酒呑童子が先頭に立ち、大声を張り上げる。


「お前らぁっ! 祭だぁっっ!!」

「うわっ」

「きゃっ」


 それと同時に輿が一気に担ぎ上げられ、思わず大輔もウィオリナも驚く。


 そして、


「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」」


 歓声と同時に、あらゆる場所で我慢していた数百を超える異形たちが押し寄せ押し寄せ、騒ぎ立てる。大輔たちの方を指さして興奮気味に話し込んだり、お酒を飲んだり。


 各々好き勝手に、けれど酒呑童子の指示に従ってゆっくり大通りを進んでいく輿と共に移動する。


 大輔とウィオリナは苦笑する。想定していたよりも結構、いやかなり恥ずかしいのだ。


 まぁ、それでも不可思議な街並みに目を奪われているが。


 大輔が少し柔らかな雰囲気のウカに尋ねる。


「ここは、昔の京都なのでしょうか?」

「昔を過去の全てと称すならば、はい、と答えます。ここに都が作られてから、今まで全てを。といっても現代はまだ反映できていませんが」

「なるほど」

「……どういう事です?」


 ウィオリナが首を傾げる。


「ええっと、建物ってその時代時代で変わるでしょ? たぶん、ここはそういうのを全て反映しているんだ。だから、場所ごとで建造物が違うし……」


 大輔は右手側を見る。その瞳は真っ白だった。遠くを見る“天心眼”の技巧アーツ、[千里眼]を発動させていた。


 そして大輔はやっぱり、と頷いた。


「僕が知ってる金閣寺と違う。剥げてる」

「剥げてる? 昨日見た時は金ぴかです?」

「焼けたんだよ。再建の時に金箔あとがあったとかで、創建時を再現したらしいんだけど……」

「はい。大輔さまが見ていらっしゃるのは焼ける直前のものです。そちらの方が想いが多いため、残っているのでしょう。創建から数百年の時を経た。それが歴史想いとして強いのです」

「つまり、金ぴかになるにはもうちょっと歴史想いを積み重ねないといけないんだね」

「左様でございます」


 少し理解が追いつかないのか、ウィオリナは目を回している。そもそもウィオリナは剥げた金閣寺が見えていないので、実感が湧きづらいのだろう。


 ただ、それでもある程度理解したのだろう。


「つまりここはいいとこどりの京都ってことです?」

「いいとこどりって……」


 大輔は苦笑する。ウカは優しく目を細め、遠くを見つめる。


「……そうですね。確かに妖魔界は現世の京都のいいとこどりをしているのかもしれません」

「……妖魔界、ね」


 大輔は和楽器などを持ち出して、踊ったり歌ったりしている異形たちを見渡す。種類は多種多様。伝承上の妖怪の殆どが集まっていると言われても過言ではないほど、色々な姿形をした存在がいた。


「失礼ながら、あなた方はどういった存在なのでしょうか? 私は化生かいなどと呼ばれていますが……」

「どうでもいいのでは?」

「無理にでも聞き出そうとするほどのものではない、というだけです」

「……なるほど」


 ウカは目の前で祭の指揮を取っている酒呑童子を一瞥した後、大輔たちに視線を戻す。どこからともなく巻物と筆を取り出し、筆を口に咥える。巻物に書く。


化生かいとは魔力を持った化生のことでございます。同様によう化生かいは妖力を持った化生。せん化生かいは仙力を持った化生の事です。日本では昔からよう化生かいの数が多いため、総称として化生を妖怪と呼んでいたりします」


 妖怪とよう化生かいって面倒だなと思ったり、妖力や仙力などというワードも気になったが、それよりも気になったのは化生。


「……化生は人間とは違うのでしょうか?」

「もちろんでございます。それは化生かいである大輔さまが一番分かっていると思いますが……」

「これでも人をやめたつもりはないんです。私は」


 大輔は苦笑する。化け物だと言われたのだから苦笑せざるを得えない。


 人をやめたつもりがない、と聞いてウカは不審に目を細めながらも続ける。


「化生と人間の違いは法、化生かいでいえば魔法を使うか否かです」

「……つまり、神和ぎ社にいる魔力持ちは人間じゃなくて化生かい―」

「何故、神和ぎ社をご存じで?」


 大輔がポツリと呟いた瞬間、極寒零度の声音が響き渡る。ウカから尋常でない威圧が噴き荒れ、全てが静寂に満たされる。酒呑童子は慌てて振り返る。


 叩き込まれた本能によりウィオリナは警戒態勢を取り、大輔はすまし顔でウカを見る。


「又聞きです。知り合いに魔法少女がいるのです」

「ッ!」


 瞬間、ウカの蒼穹の瞳が大きく見開かれ、それから放っていた威圧を解く。酒呑童子に頷く。酒呑童子は声を張り上げ、祭を再開させる。


 ウカは疲れた溜息を吐いた。


「つまるところ、大輔さまはDという事でしょうか?」

「……肯定したくないです」

「その返事だけで十分です」


 ウカははぁ、はぁ、はぁ、と溜息を吐く。その様子に多少の警戒を解いたウィオリナは、大輔の耳に顔を近づけてこそっと尋ねる。


「Dとは何です?」

「……名前を隠すためにそう名乗っただけ」

「ミスターDってことです?」

「なんかそれは嫌だからやめて」


 ウィオリナの吐息が当たり、仰け反っていた大輔は思わず顔を顰める。黒歴史をほじくり返されている気分だ。


 ウカは呆れを通り越して、ハハハと乾いた笑みを浮かべる。


「昔日本に来た化生かいなら兎も角、最近の迷い人異世界人……いや、迷い人異世界人でもありえない。アマヅキスメオオヒメムチガミさまが施した界孔かいこう変事封印が破られたことになる。つまり、帰り人異世界帰還者ですか。ハハ、アメウナ、分かるはずもありません。異国の化生かい変化へんげか憑依を疑っていたようですが、完全に誤算ですね。となると、先の魔力災害はあなた方でしたか。空間の編纂残滓は確かにありましたが、巨大魔力によって空間が歪んだだけだと思っていました……いや、確かにその可能性も考えていましたが……」


 乾いた笑みから一転、物凄く疲れた表情をしたウカは、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 大きく溜息を吐き、頭を横に振る。


「一人で納得しているところ申し訳ありませんが、こちらに事情を話して頂けませんか?」

「……そうですね」


 ウカは今日、何度目か分からない溜息を吐いた。


「拘束して即刻、神和ぎ社に届け送りたいところですが、やめておきます」

「それが得策だと思いますよ」

「ええ。私も自力で世界越えを為した存在を相手取るほど強くはありませんから。あくまで妖魔界の平穏こそが、私の責務ですし」

「そうですか」


 適当に相槌を打ちながら、少しばかり勘違いしているウカに突っ込むことなく、大輔は、今のところ無為な戦闘は避けられたかな、と安堵する。が、念のために警戒は張り巡らせておく。


「それで大輔さまは何を知りたいので?」

「まず、先ほどの続きです。神和ぎ社にいる魔力持ちは魔法を使っていました。であれば、彼らは化生かいなのでしょうか?」

「いえ、違います」


 アメウナは首を横に振った。


「彼らは魔法を使えません。使うのは魔術でございます」

「……何が違うので?」

「自力で発動できるか否――」


 ウカがそう述べようとした瞬間、


「ウィオリナっ!」

「大丈夫ですっ!」


 何者かが隕石のごとく大輔とウィオリナの頭上に落ちてきた。輿は轟音と共に壊され、担いでいた鬼たちが吹き飛ばされる。土煙が噴き上がる。


 もちろん、直樹もウィオリナもとも万が一の時の為に警戒は怠らなかったため、難なくそれを避ける。


 酒呑童子とウカも大輔たち同様に避けていて、周囲の化生たちを守るための結界を張っている。


 土煙が晴れる。


「お前っ!?」

「何があったのですかっ!?」


 そこにはボロボロの鬼女――紅葉もみじがいた。傷だらけで額からは血が流れている様子に、酒呑童子とウカが目を見開く。結界で守られている化生たちは怯えながらも、紅葉に心配そうな瞳を向ける。


 嵐の前の静けさのように静寂であった紅葉は、次の瞬間、


「酒呑童子、ウカっ! 扉を開くでありんすっっ!!」

「お、おいっ! 落ち着けっ! だいたい、それは規定違反――」

「どうでもいいでありんすっ!! あとで処罰されようが、死のうがどうでもいいでありんすっ!! だが、旦那様を傷つけたクソ女だけは!! 虚ろの女だけは絶対に殺さなければなりんせんッッ!!」

「静まってください、紅葉っ!」


 まさに鬼。怒気を振りまき、酒呑童子とウカに対して殴りかかる。二人は怒り狂う紅葉を落ち着かせようとするが、防戦一方。拘束すらできない。


 ウィオリナは突然のことに唖然としていて、紅葉もみじの魂魄を視て何かに気が付いた大輔は「気のせいだ。絶対に気のせいだ」と自らに言い聞かせている。


 そしてさらに、


「あん? 何でここにお前がいるんだよ?」

「ナオキさんっ!?」


 やけにボロボロの直樹が現れた。


 カオスだった。



 Φ



 時は早朝に戻る。


「ッ」


 直樹は感じた殺気に覚醒し、一瞬で臨戦態勢を取る。目の前の存在を睨み、へらりと嗤う。


「おいおい、ずいぶんな歓迎じゃねぇか」

「強引にお呼び立てしてしまし、申し訳ございません。しかしながら、こちらも切羽詰まっているものでして」


 そこには数百を超える異形と、巫女服姿の黒髪の少女――カガミヒメがいた。




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公開可能情報

“天心眼[千里眼]”:遠くまで見通す。“天心眼[透視]”と合わせれば、どんな障害物があろうと数十キロメートル先まで見通せる。

化生:この世ならざる存在。つまり異界からの来訪者を指す。異世界転移に耐えられるほどのものであるがゆえに、寿命等々も長かったりする。もちろん、人もおり、地球人と交わることのなかった者たちの子孫も指す。

 化生かい:化生の中でも魔力をもった存在。使うのは魔法。

 よう化生かい:化生の中でも妖力をもった存在。使うのは妖法である。日本にいる化生の中でもっとも数が多く、それゆえに日本では化生のことを総じて妖怪とも呼んだりする。

 せん化生かい:化生の中でも仙力を持った存在。使うのは仙法。日本にいる化生の中でも数が少なく、片手でも足りるほど。

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